第37話 最強の秘書官
「ステラ! お前、今の話聞いてたのか!?」
「あれだけ大声で騒いでいたら聞こえますよ。もう少し場所をわきまえたらどうですか? お2人とも」
「大丈夫〜ここは、私のお店だから〜」
うんざり、という思いが伝わってくる深いため息を一つ吐くと、ステラさんは手に持っていたコーヒーカップをソーサーごと、トレイの上へと置いた。
「問題を起こすのはいつも貴方たち。尻拭いをするのは、いつも私」
「おいおい! 今のは私のせいじゃないだろうが! ナナキとアミーシャが──」
「そもそも上手く勧誘できない貴方が悪いんです。それにペラペラと情報を提供してどうするんですか?」
「うぐ、それは──」
「まあまあ。テレザだって頑張ってるんだから! 文句は言っちゃだめよ〜」
ステラさんは、また息を漏らした。……えっと、どういうことだ? 答えを求めてアミーシャの顔を見ても、アミーシャは首を横に振るばかり。
「あっと。すみません。どういうことか、説明しますね。こんなのに構っている時間はなさそうですから」
「! またお前、こんなのって! お前!」
「こんなの、ですよ。いいですか。私もこの学園都市で守りに入るのには賛成できません。なぜなら、それこそが敵の狙いかもしれないですから」
「はぁ!?」
どういうこと!? エレオノーラは、イーストへ向かっているんじゃ……。
「ことの発端は、ナナキさんの元にある生きた魔導書が見つかったこと、ですよね。だとすれば敵は、その魔導書こそを求めているはずです。わざわざ危険をおかして、あるかないかわからないイーストを探索するよりも、存在が確定している生きた魔導書を強奪する方が遥かに早い」
「そ、それはそうだけどよ」
「カニャ。貴方ならどうしますか?」
カニャさんは「うーん」と、わざとらしく天井を眺めると「ああっ!」とかわいらしい声を出した。絶対最初から何を言おうか決めていたに違いない。
「ナナキちゃんを一人ぼっちにする。ただでさえ力の未知数なタイゼンちゃんにナナキちゃんと戦わなきゃいけないんだから、守る者が少なければ奪いやすいじゃない?」
「そう。だから、イーストへ向かった。その情報が入れば、協定を一方的に破られたことになり、こちらは動かざるをえない。その分、ナナキさんの守りは薄くなる。その隙を狙えばナナキさんから魔導書を奪うことは容易」
「ちょっと待てよ! そんなこと、他の誰も予想してなかったぞ! だいたい、そんなの」
「普通じゃない? ずっとそうだったはずです。戦争は、普通じゃない。だったらこちらも普通じゃない行動を取らなければいけません。普通は、ナナキさんを戦場へは送らない。だとすれば、それと逆のことをするべきです。イーストへ、ナナキさんを向かわせます」
ステラさんの赤茶色の瞳が細くなる。こんな緊迫した話をしているのに、この人は、なんて明るい笑顔を浮かべられるんだ。
「もちろん、戦力はアップさせなければいけません。それも含めて、私へお預けいただけますか?」
「もちろん!」とカニャさんが、そしてテレザさんも渋々了承してくれた。
「じゃ、じゃあ!」
「ええ。お2人はイーストへ。ただし、条件はあります。私を負かしてみてください」
ステラさんは、微笑んだ。
*
カフカ塔へ訪れたのは、きっかり1時間後だった。入口の長椅子に座って書類に目を通しながら待っていたステラさんの後ろについて、上っていった先は5階だ。
そこは一面、雪の絨毯が敷き詰められていた。見上げればもう突き抜けた夕焼け空が見える。たぶん5階は雪のフロア。自然に降り積もる雪をならしてつくられた訓練場なんだろう。
「はあ」
と、おもむろに白い息を吐いたステラさんは、首を回すと「ここにもエレベーターを付けるべきですね」と言った。
「エレベーター?」
「わざわざ階段を上らなくとも上階に移動できる機械ですね。王宮には設置されているのですが、まだまだ導入率は低いと聞きます。ま、その方面は私は専門家ではないので文句を言うくらいしか、できないのですけど」
「失礼かもしれませんが、ステラさんはどのような役割を? ヴァーサ国では行政も含めて貴族院が握っていますが、シューレスタットは一応、行政は独立していると聞いています。第一秘書官とはいったい……」
分厚い濃赤のコートの中に首をすっぽりと沈めながら、アミーシャは疑問を口にした。確かに言われてみればどんな人なのかまだわからない。
「すみません。私としたことが、きちんと自己紹介をしていませんでしたね」
ステラさんはスラッと背の高い格好に似合うブラウンのコートのポケットから、黒革の手袋を取り出した。指先をぴっちりと合わせながらスラスラと自己紹介をする。
「私の名前は、ステラ・ディーチェ。ヴァーサ国第一秘書官。簡単に言ってしまえば国王の側近ですね。やることは様々、代理出席から調査から交渉から、多岐に渡ります。今回の件も、先程王宮へと手紙を送って王の判断を待っています。ことは急を要します。なぜなら、生きた魔導書の案件ですからね。趣味は美味しいコーヒーを飲みながら、小説を読むこと。好きなジャンルは秘密。特技はソリティア。魔法は雷属性を得意とし、手の甲に仕込んだ暗器で攻撃します。あーそうそう。ビジネスとプライベートはきっちり分けたい派なのですが、世の中上手くいきませんよね。今回も、プライベートを中断して貴方達を訓練します。それでは──」
両手に手袋をはめたと思った、そのときだった。ステラさんの姿が目の前から消えた。
間髪入れずに後ろから、雪を散らす雷の音が聞こえた。
「私は王の側近。いざとなれば王の盾となる役割です。言い忘れていましたが、私は強いですよ」
反応することすらままならずに、粉雪が頭に降りかかる。




