第35話 再開されたイースト調査
「確かに落ち着きますね」
「ああ、やっぱカニャのコーヒーが一番だな!」
「…………やっぱり人が良すぎますね」
「それが変わらず良いところなのよ〜」
「ん? なんだよ、2人とも」
アレクサさんはなんでもないと言いたげに首を横に振ると、カップを置いて頬杖をついた。
「危険性は伝えました。ですが、あなた方の意志は固いようです。どうするか、今決断するのは酷でしょう。でも、実際に危険は迫っている。ところで、このヴィダムコーヒーは最上の味ですね」
コーヒーを口に含むと、アレクサさんの声が小さくなった。
「そのヴィダム豆の大量輸送と合わせて、エレオノーラからギルド員が多数、この街へ訪れたという情報が流れています。どうぞ、お気をつけて」
アレクサさんは立ち上がるとコートを羽織って店の外へと出ていった。ドアの辺りで振り返りざまに優しそうな笑顔を浮かべて。
扉が、パタンと静かに閉められた。店内に喧騒が戻る。
「み、見た? あのお顔!」「すごい素敵だった……。あー本当に天使みたい!」「うわぁ! 見惚れてる場合じゃなかった!! サインもらえばよかった!!!」
みんな、アレクサさんに夢中で話の中身は聞いていない様子。それは、それでよかった、けど。
「……うるさいわね。でも、この方が話が続けやすいですわね。テレザさん」
「そうだな。あいつ、勝手なこと言って帰っていきやがって!」
「さすがフグレイクといったところね〜」
敵とか、エレオノーラとか、ギルド員とか……気になる単語をつなぎ合わせると、恐ろしい想像が巡る。でも、今は、まさか、そんな……。
「聞いていいですか? もしかして、もしかしてですけど、アレクサさんが言っているのは、エレオノーラが……タイゼン、を……?」
「あくまでも仮の話だ。だが……」
コーヒーを大量に飲み込むと、テレザさんは腕を組んで頭を捻った。「うーん」とときおり唸り声を出しながら、考え事を続ける。その間にカニャさんが飲み終わったコーヒーカップをトレイごとテーブルに置いて、空いた席に座った。
「いいわよ。話をしても。私が保障してあげる」
急に静まり返った気がした。違うことはわかっている。お客さんの賑やかな話し声は続いているし、ペトラさんが忙しく動き回る音も聞こえてくる。暖炉の炎は勢いよく燃え続け、ドアが開閉する。静かなのは、私達のテーブルだけ。
「カニャが言うなら話をするか。ただ、これは不確かな情報だ。鵜呑みにしないでくれ。実はな、何者かが東の国へと向かったという情報が入っている」
テレザさんはちらりと横目でカウンターの方へ視線を向けた。視線の先にいるステラさんは、背中を向けたままゆっくりとコーヒーを味わっていた。
「イーストは、シューレスタットの許可がなければ入れないはずでしたが」
アミーシャが聞いた。過去の戦争で滅んだイーストは、その後何度も戦いの舞台となったこともあり、国による調査・研究以外の目的の立ち入りを禁止している。イーストの隣のシューレスタットがその取り締まりを担っている、はずなんだけど。
「抜け道はいくらでもある。もちろんバレたら牢獄行きだからそれなりの覚悟は必要だけどな。逆に言えば、それほどの危険をおかして侵入した者がいるということだ」
「目的は、失われた魔導書かしらね」
イーストには、かつての戦争で使われたと言われている魔導書が瓦礫の下にたくさん眠っているらしい。瓦礫の下に眠るのは、それだけじゃないみたいだけど。
「ああ、おそらくはカニャの言う通りだろう。ただ、なぜこの時期に、というのが気になるわけだ。なにせ、あの第5次イースト調査の後から十数年は経っているわけだからな」
テレザさんの一言に誰もが沈黙した。それで自分の言ったことに気がついたのか、テレザさんは苦々しく咳払いをすると、「すまない」と口にする。
「悪気があったわけじゃねぇ。ただその、客観的な事実を当てはめていただけなんだ」
「わかっています。テレザさんはそこまで頭が回るタイプではなさそうですから」
「アミーシャ……お前、けっこうキツイな!」
「ええ。よく言われます。そこまでストレートに言われたのは、初めてですけれども」
アミーシャはクスッと笑うと、テーブルに視線を這わせて私を見た。きっと、話していいか、という確認。私は、その瞳を見つめながらゆっくりとうなずいた。
「第5次調査は、みなさんご承知の通り、私の出身国であるヴァーサ神皇国をも巻き込んだ戦乱に発展しました。多くの命を失った結果としてエレオノーラとシューレスタットの間に休戦協定が結ばれた。仮に今回の侵入が事実だとすれば、休戦協定を、過去の歴史を覆すほどの何かが起こった……そう理解していいのでしょうか」
「ああそうだ。そして、いいか。もう一度言うがこれはなんの確証もない憶測なんだ。そこのところをきちんと押さえた上で聞いてくれ」
テレザさんが頭を傾けて、私の瞳を覗き込んだ。そっとカニャさんが手を伸ばして私の肩に触れてくれていた。ごくり、と喉が鳴る。
「調査の理由は、おそらく生きた魔導書が見つかったことだ」




