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第31話 アミーシャとバイト

 ヴィダムコーヒーは、世界一だ。甘い味、芳醇な香り、爽やかな風味。全てがバランスよく備わったそのコーヒーは、ヴァーサのこの地に春の訪れを告げるという。


 ……とか言って飲んだことないからわからないけど。


「ペトラさん! ヴィダム、ヴィダム、全部ヴィダム! もちろんストレートで!!」


「ストレートとかわざわざ言わなくてもわかってるわ! もう用意してるからどんどん運んじゃって!!」


「はい!!!」


 魔女の宴は朝から満席御礼の大盛況だった。カウンターから2枚の絵が飾られた正面の壁から、テーブル一つひとつにヴィダムの文字が踊る。店頭には、この日のために特注したヴィダムコーヒーの大看板が立て掛けられている。


 今日から始まったヴィダムフェスタ。カニャさんが以前のタイゼンとアミーシャのトラブルの際に、「ヴィダムコーヒー半額」を約束したこともあって、お客さんの列は途切れることなくどんどん膨らんでいく。


 目が回る忙しさとはきっとこのことを言うに違いない。ヴィダム、ヴィダム、ヴィダムの文字が目からも耳からも押し寄せてきて頭の中がヴィダムに侵略されつつあった。だから、ときどきヴィダム以外の注文が寄せられたら間違えてしまうんだ。


「ナナキさん、ちょっと!! こちらのお客様、ヴィダムじゃなくていつものブレンドとおっしゃっています!」


「す、すいません!!!」


 「さすがに人手が足りなくなりそうだから〜臨時のスタッフ募集するね〜」とカニャさんは言っていたのに、いざフェスタ当日を迎えて来たのは一人だけだった。それも、アミーシャだ。


 過去にいろいろなことがあったのはカニャさんから聞いていたけれど、アミーシャは貴族階級の出身。それもヴァーサ国ということで、働いた経験はないんじゃ……と思っていたけど、そこはさすがアミーシャと言うべきかすぐに仕事を覚えてパーフェクトスマイルでテキパキと接客をこなす姿は完璧だった。


 それに比べて私は──。


「店員さん。ヴィダムコーヒーを飲んでみたいんですが、どんな味なんでしょうか? 私、あまりコーヒー飲んだことなくて」


 振り返れば、私とさほど年の変わらなそうな黒髪の女性が申し訳なさそうな笑顔を浮かべていた。黒髪もそうだけど、羽織っている鮮やかなブルーのマントが異国風の雰囲気を漂わせていた。


「えっと。ヴィダムコーヒーは、世界一の味です。甘くて……芳醇な香りで……」


 説明を付け足すたびに困惑の表情が増えていく。やっぱり、全然伝わっていない。


「えぇっと……」


「ヴィダムコーヒーは、非常に飲みやすい味です。苦味も酸味もほどよく、変なクセもなく後味は爽やか。コーヒーを飲み慣れていない方でもおすすめです」


 助け舟を出してくれたのはアミーシャだった。お客さんは曇っていた表情をぱあっと明るくして、ヴィダムコーヒーを注文した。


 アミーシャは初日。私は何カ月も経つのに満足に接客すらできないんだ。


 短時間と言えども休憩に入れたのは、もうランチの時間をとっくに過ぎた辺りだった。


「お疲れ様です」


「おつかれ、おつかれ〜。アミーシャちゃん、本当に助かったよ〜これから毎日でもお願いしたいくらい──」


 ──なんていう会話を繰り広げながら、アミーシャはカウンターの後ろの休憩室兼倉庫兼カニャさんのおしゃべり部屋の扉を開けて入ってきた。


 入ってくるなり、私の顔に目を止めたアミーシャ。お客さんの前では浮かんでいたスマイルが一気に仏頂面に変わった。


「はぁ。疲れますわね」


「ははは……お疲れ」


「いろんな人に声をかけられましたわ。こっちが丁寧にコーヒーの味を説明しているのに、『学生なの?』とか『どこに住んでるの?』とかプライベートのことばかり聞いてきて、いったい何のつもりなんでしょうか」


「それはたぶん目立つからだよ。ほら、アミーシャはきれいだしオーラもすごいし、接客もテキパキとできて笑顔も素敵で──」


 私とは全然違う。ミスばかりで怒られてばかりでコーヒーの味も上手く説明できないような私とは。


「何か、ありましたか?」


「え?」


「どこか、落ち込んでいるように見えましたから」


 落ち込んでいた……そうか、またマイナスなことを。


「ごめんね。せっかくの休憩なのに。気にしないで大丈夫だから」


 カニャさんに作ってもらったハムのサンドイッチを紅茶で流し込む。アミーシャは、私の斜め向かいに座ると、持ってきたコーヒーを静かにすすった。


「……こういうとき、あの暴走魔導書ならなんて言うんでしょうかね」


 暴走魔導書……タイゼンのことか。


「ナナキ様、落ち込んでいる場合ではありません。まだまだお客様は来られるのですから、とか? まあ、今のあれはもっと乱暴な言葉遣いになっていると思いますが」


 アミーシャは腕を組んで澄んだ青色の瞳を天井に向けた。コーヒーの湯気がその後を追ってゆらゆらと上っていく。


「私は上手く言えないのです。あの魔導書とか、カニャさんみたいに。言葉を探しているのですが見つからない。でも……正直に言うのであれば、気にしないでと言われると、逆に気になってしまいます」


 真っ直ぐ斜めに視線が下ろされる。鋭い瞳が突き刺すように私の瞳に対して向けられた。前は、ほんの少し前まではこの瞳が苦手だったのに。今は落ち着いて見ていられる。


 アミーシャは、私が思っていたような人ではなかったからだ。


「ごめん。確かに落ち込んでたかもしれない」

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