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第23話 エターテ・メメルのように

 メイズリーのことは気にかかるけど、躊躇している場合じゃない。タイゼンなら上手くやれるはず。なんたって、魔法大全。生きた魔導書。諦めかけた私を奮い立たせてくれたんだから。──それに。今は、私一人でやるしかない。誰かを気にかけてる余裕なんて、あるわけない。


 ゴーレムとの距離が縮まっていく。とっくにこっちの存在には気づいているのだろう。焦げた薪のようなゴツゴツした黒い腕が、大きな顔の前を交差する。


 ぶつけるのは、今使える最大威力の魔法。ゴーレムには避けるつもりがないから、好都合だ。


『──この魔法は、単純だからこそ避けられやすい。だけど、まず間違いなく相手が動かないのだとしたら、とても大きな威力を発揮できる。試験対策にはピッタリね』


 アミーシャはそう言っていた。たとえ自分が使えない魔法でも、アミーシャはしっかり記憶しているんだ。魔法を知らないと、戦えない。逆に言えば、魔法を知っているからこそ、アミーシャは堂々と戦える。


 だったら、私も。使える魔法を、知ってる魔法を増やせばいい。


 距離に入った。何百回と練習を重ねてきた得意な距離。ここからの動きは、もう身体が覚えている。


 地を蹴って、飛び上がる。風が、赤い髪をなびかせる。


「熱源!!」


 身体の周りを白い光が覆い始める。カーテンのようにヒラヒラと。感覚としては、魔法障壁に似ているかもしれない。外と自分との間に境界をつくるんだ。だけど違うのは、熱源は攻撃魔法だということ。守る壁ではなく、攻める壁。光は熱を発し、熱は周囲を燃やす。近づくものは、高熱にさらされる。


 太陽だ。熱が凝縮された小さな、小さな太陽。小さいけどそれは、ゴーレムの腕を突き破る火球になる。


 岩壁が砕けるような音が耳奥を殴りつけた。衝撃が、体全体に響いていく。まるで自分が一つの弦楽器になったようだった。暗闇が迫り、目を瞑りたくなる。だけど、その先に光が見えた。確かな、光が。


「うわぁぁぁぁ!!!!」


 体中が叫んだ。頬に当たる熱風は涼しく、青い草原の匂いが鼻につく。ゴールに辿り着いたみんなの顔顔顔が──驚きの顔が──飛び込んできた。


 地面へ投げ出された身体がくるくると回った。何回転したのかわからない。やっと止まったそのときに、目を開けば観客席が映っていた。マハーチェ教授が走りながら何かを叫んでいる。


 やった、やったんだ。私は魔法でゴーレムを倒したんだ。これで──。


 キーン、とうるさい耳鳴りが急に止まった。


「レッシュベル! 危ない!!」


 え?


 突然、黒い影が視界を覆った。


 ゴーレムは、攻撃しない。そういうルールだったはずだ。


 『ゴーレムは動き回り、防御は行うが襲ってこない』──そう、フリツ教授は強調していた。それなのに。


「……うぁっ……」


 黒い拳が地面を割った。咄嗟に身体をひねって直撃は避けたけど、右腕が動かない。というよりも、感覚が、な、い?


 頭を起こして視線を走らせる。真っ赤な血が噴き出していた。


「……ウソでしょ?」


 皮膚が破れ、潰れた箇所からドクドクと血が流れ落ちていく。規則正しく、一定のリズムで。


「うわぁぁあ!!」


 瞬間。痛みが駆け巡る。


「ナナキさん、逃げて!!」「ナナキ!」


 ふわっと体が急に軽くなった。痛みは持続する。苦く、重い痛みが、弾けた。


「レッシュベル!!!」


 マハーチェ教授の慌てたような声が響く……顔の周りを風が巻きつき、下へ下へと落ちていく……痛みが、どうしようもない痛みが、全身を貫いた。


 草の匂いが一気に入ってきた。咳は出るのに息ができない。苦しい……痛い……ああ……!


 どうして、なんで、攻撃はしないって言ったのに。こんなの、こんなの! 勝てるわけない……勝てる、わけ……。


「ナナキさん! ナナキさん!! 立って──ナナ──」


 ──泣いていた。間違いなく涙は、黄色の瞳から流れ落ちていた。天から降り落ちる大粒の雨は誰もいなくなった地面を跳ね、赤く染まった大地を浄化するようにその色を溶かしていく。雨音だけが響き渡る静謐な空間で、その涙だけが別の音を発していた。それは、悪魔だ。背中に黒い羽が生えた、頭に黒い角が生えた、それは、悪魔だ。闇をもたらし、闇を支配する、それは、悪魔だ。悪魔だ。悪魔だ。悪魔だ。悪魔だ。悪魔だ。悪魔だ──


 誰なの? あなたは、誰? 独りぼっちで泣いているあなたは、いったい誰なの?


「──願いだから、お願いだから! 立ちなさい!! ナナキ・レッシュベル!!!」


 ハッと目が開いた。アミーシャが泣きそうな声で怒ってる。私は?


「ナナキ!!!」


 カルルカの甲高い声が耳に届いた。私は……そうだ私は、まだ戦っていた。


 岩山のような上級ゴーレムが目の前に立ち塞がる。砕いた片手の拳を握ったまま垂直に振りかぶる。ゴールの先から、上階から、ざわめきが沸き起こる。


「おいおい、まさか!?」「なんで? 攻撃されてるの?」「逃げて」


 グギギギ…と、軋むような音とともに、私の顔よりも遥かに大きい拳が振り下ろされた。風圧に髪が逆立つ。


『諦めるのですか?』


 左腕が上がった。


『ナナキは、エターテ・メメルみたいになるんでしょ?』


 掌を広げる。


『ナナキ様! 相手をよく見てください!』


 ありったけの力を掌に込める。


『全ての基本魔法は実は最も実用的な魔法なのです』『思いっ切り放ってください』『大丈夫ですよ、ナナキ様』


 いけ。


「光球!」  

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