第21話 正しい戦い方
首がヒリヒリと熱い。咄嗟に魔法障壁を展開したからダメージはほとんど受けなかったけど、使えなければ鞄が、鞄だけじゃない背中が焼けていたかもしれない。
それにしても、私がいるのに気づかなかったの? いったい、誰が。
「ありがとう。ナナキさん!」
「!! デニサ!?」
「お陰でゴーレムを一体倒すことができましたわ。私、光魔法は得意ではないのですが、さすがナナキさん。エターテ・メメルを目指しているだけあって、光魔法がお得意なのですね。ゴーレムにちょっとだけダメージを与えられたみたいですもの」
「待って。どういうこと? 今の魔法はデニサが? 私が、いたよね?」
「魔法障壁を使って無傷だったではありませんか。あんな高等魔法も使えるようになっていたんですね! さすがですわ!」
「いや、あの。ガードできなかったら、私今ごろ──」
「あら! これ以上お話してたら、チームだと思われてしまいます! それでは、失礼しますね!」
「あっ、ちょっ!!!」
デニサは一方的にまくし立てて走り去っていった。去り際に、にやにやと笑いながら。その態度で疑念が確信へとハッキリと変わる。デニサはわざと魔法を使ったんだ。私を巻き込んでも構わないと、むしろ私に当てようと。そんなこと──。
上の階を見る。マハーチェ教授が校長に抗議をしていた。でも、すぐに校長は首を横に振る。今の行為は見られていたはずだ。なのに……。
そのとき、私は初めて気がついた。観客の目が冷たい目だということを。まるで、異物でも見るように感情が見えない大勢の冷たい目が、私を見下ろしていた。
「ナナキ様。進むしかありません。今はただ、試験に集中してください」
「タイゼン。また、私の心を読んだの?」
「いいえ。同じ気持ちなだけです。……そうですね。率直に申し上げて、この塔全体をぶち壊したい気分です、が」
くぐもったタイゼンの声が怒りに震えていた。我慢しているんだ。狭い鞄の中で、魔導書の姿のままで。
「そうだね。前へ進むしかないよね。たとえ」
たとえ、周りが敵だらけだとしても。
「行こう! タイゼン! まだまだゴーレムはたくさんいる!」
四肢がバラバラになったゴーレムを横目に通り過ぎていく。前方ではすでに戦闘が繰り広げられていた。色とりどりの魔法が飛び交う様は、1年に1度の狩猟祭のときに似ていた。笑い声が溢れて賑やかで。誰もが関係なく喜び合う。
だけど、今は違う。ここは戦場だ。本物の戦場ではないけど、フィールドを覆い尽くす魔法の渦は、全てが攻撃に満ち満ちている。対象はゴーレムだけじゃない。デニサが私を攻撃していたのを見ていたのか、クラスメートがいようがいまいが関係なく、魔法が連発される。木々は倒され、草原は燃やされ、ツタは吹き飛ばされていく。
思わず、足が止まってしまった。完全に出遅れたのはわかっているけど、足が進んでくれない。これが試験なの? こんなのが、本当に試験なの?
「無様ね。これじゃただの殴り合いと変わらないじゃない」
いつの間にか、アミーシャが横にいた。
「戦いとは、こういうものです。アミーシャ。勝つためならば、生き残るためならば何をしても構わない。むしろ、あらゆる手段を総動員して敵を討つ。戦いとは、醜いものなのです」
タイゼンがやけにハッキリと言った。そんな風に言ったらまたケンカになるんじゃないかと思ったけど。
「そうね。そうかもしれない」
案外、アミーシャはタイゼンの言葉を素直に受け入れた。
「だけど、私はね。こんな戦いを望まない。なりふり構わず利権をかざして戦うなんてことは好きじゃない。ねえ、ナナキさん。さっき生徒会長は言ったわよね。『誰かの光を照らす。それが光の魔法の真髄』と。エターテ・メメルなら、どうすると思う?」
「そんなの決まってるよ。こんな争いは止める!」
アミーシャは、なぜかくすっと小さく笑うと、「そうね」とうなずいた。
「なら、光を満たしましょう。この草原に。みんなが目が眩むような光をね」
「なるほど、その手があったか」
「あら。魔法大全ともあろう人が、気が付かなかったのですか?」
からかうような視線を背中に投げ掛けるアミーシャ。
「ちょ、ちょっと! なに、二人だけでわかってるの?」
「簡単なことです。目を眩ませるのは、光魔法の得意とするところ。アミーシャとの戦いの中で、ナナキ様が無自覚にその性質を利用したように」
「わからない? あるじゃない。今日まで習得した魔法の中で、その効果を最大限まで活かせる魔法を。エターテ・メメルが開発した魔法の一つ。敵を撹乱させる」
「そうか! 『閃光』!!」
強烈な光を空間で発散させる魔法。攻撃には向かないけど、少しの間敵の動きを止めることができる。この魔法を使えば、一時的に戦いを止めることができるかもしれない。……でも、そのあとは?
「そのあとは、私に任せて。なんとかするから」
自信に溢れた笑顔。強気なアミーシャほど、説得力のあるものはない。私達は目を合わせると、すぐに行動に移した。
「ナナキ様。加減する必要はありません。この魔法で誰かが傷つくことはない。思いっきり、全てを放出してください」
「わかった!」
両手を掲げる。対象は空間全体。塔を丸ごと、光の中に包んでやる!
「閃光!!!!」
太陽が射出される。雲一つない晴れ渡った空にギラギラと輝く太陽のように、強烈な光が弾ける。光は、塔全体を──ゴーレムとみんなを、上階の教授陣も観客も全てを真っ白な空間の中へと呑み込んでいく。真っ白な雪と氷が光を反射するみたいに。
あちこちで悲鳴が上がる中、目を瞑っていたアミーシャが魔法を唱えた。
「火流」
突き出したアミーシャの腕の先から、火炎が噴き出した。それは渦をつくり、草の上ギリギリを低空で疾駆する。白い光が解けたとき、誰もがその光景に動きを止めた。草原の真ん中を、そこだけ綺麗に刈り取ったかのように直線の道ができていた。
大地が露わになる。雪原ではない、土の大地だ。雪起しをしてやっとの思いで出てくる硬い土ではなく、柔らかな土。命の匂いが吹き付けられた温風によって運ばれた。
「『この試験は、未来の魔法使いをつくる歴史あるシューレスタット学院に真にふさわしい生徒を選別するための試験である』。このシューレスタットのギュルヴィ国王陛下がそうおっしゃいました。……こんな争いが、シューレスタット学院にふさわしい生徒の戦い方なのですか?」
誰もがアミーシャを見ていた。痛いほど注がれたあの視線が、堂々と背筋を伸ばし、腕を汲んだアミーシャに集まっている。
「アミーシャ! いったい何を!?」「そ、そうだよ! いきなり火流を放つなんて危ないじゃない!」
抗議するデニサとボフミラを一睨みすると、腕組みを解いてアミーシャはゆっくりと前へと進んでいく。黄金色の髪が強い風に吹かれる。
「危ない? どの口がそんな言葉を発しているのですか? 味方ごと敵を撃つなんて卑怯なことを私がするとでも?」
注がれていた視線が一斉に逸れる。空気が重苦しくなっていくのがわかる。命令に従うゴーレムだけが、空気を気にせず動き回っていた。
「ほう。なかなか皮肉の効いた演説だ」
……いや、もう一人だけ動じない人間がすぐ後ろにいた。
「私達は今まで何を学んできたのでしょうか。誰かを陥れる策でも学んできたのですか? 違うでしょう。国を守るため、誰かを守るための魔法の力を学んできたのではないのですか? これは、その力を試すための試験。だったら、正々堂々と自分の力を示す必要があるはず。違いますか?」
不意に立ち止まると、アミーシャはぐるりとみんなを見回した。そして、最後に後ろにポツリと立つ私に微笑みかけると、また前を向く。
「それでは、私は先に行かせていただきます。みなさん、何してるんですか? 制限時間があるのをお忘れでは?」
ん? どういうことだ?
ざわめきが戻る。数瞬後、全員が同じタイミングで「あっ!」と声を上げた。
「あのアミーシャ。なかなかに策士だな」
遠く離れた広葉樹の側で水色のゴーレムが一体倒れていた。大きさから言って、おそらくきっと上級ゴーレム。アミーシャはどさくさに紛れて、ゴーレムを倒したんだ。
「アミーシャ!!」
「魔法にはいろんな使い方があるんです。じゃあ、ナナキさん。絶対に勝ち上がってくださいね」




