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第2話 「不可」の二文字

 珍しく雨が、降っていた。窓辺から見る限りは雨粒が見えるほどの大量の雨で、クラスメートの中には物珍しさに手を叩いて喜んでいる子もいた。ただ、そんなこととは何の関係もなく──。


「絶対に、嫌だ!」


「大丈夫だよ〜。今回の試験は結構難しいって言っていたし。ナナキ以外にもクリアできなかった人がいるかも」


「いや、カルルカ! それは励ましているようで励ましていないからね! 私は落ちる前提になってるよ、そうなんでしょ!」


「あら?」


「『あら?』じゃないよ、もう、天然なんだから〜あはは、かわいい〜じゃなくて!」


 試験の結果は今朝のホームルームで発表されると言われていた。つまり、今、今だ。こんな日に限ってお腹が痛くなるどころか気持ち良く起きれるし、朝のシャワーで鼻歌なんか歌ったくらいにして、サンドイッチと紅茶なんていうこれ以上ないくらいの優雅な朝食を済ませてしまったりなんかして、なんて絶好調な朝を迎えてしまったんだ。


「カルルカ! 記憶を消す魔法とか!」


「ん〜、ないよ!」


「じゃあ! ほら、時間をすっ飛ばす魔法とか!」


「ないね!」


「じゃあ、ほら、ほら、あの、なんていうか──」


「全部ない! もし、ナナキが試験を無いものにしたいのだったら、ナナキを無くすしかないよね〜」


「な、無くす?」


「そう! 私の魔法でナナキの身体を粉々にするの! そしたら、もう試験のことなんて気にしないでいられるでしょ?」


 なんて恐ろしい提案を……。キラキラな笑顔で言ってのけるようなことじゃないぞきっと。かわいいけど。爽やかなブルーの、そして大きな瞳がニコってかわいいけど。


「あはは、それじゃ、この世界からいなくなっちゃうからね〜やめとくかな〜」


「そう、残念!」


 冗談だよね。そうだよね。ときどきこうやってカルルカのことが全然わからなくなる瞬間があるけど、たぶん、そうきっと冗談に違いない。だけど、この素敵な笑顔はもしかして──。


「はいはい、席について」


 ──などとカルルカの真意を探り切る前に、会話は中断させられた。ドアを後ろ手にしめた先生が教壇に上っていく。


「それじゃあね。ナナキ、きっと大丈夫だよ。ナナキみたいにクリアできなかった人がいるよ」


「いや、だからね、それは……まあ、いっか」


 カルルカとバイバイして一番後ろの窓に面した自分の席へと向かう。振り向いた途端に不躾な視線をぶつけられたのは、きっと勘違いじゃない。


 私が席に着くのを見計らったみたいに、先生は両手でバンっと、教壇を叩いた。試験の発表や試験の発表や試験の発表などのときに、生徒の気合を入れるために叩いているのではないかと推察しているのだけど、果たして?


「それでは、みんなお待ちかねの試験結果を公表します」


 誰も待ってなんかいないのだけど、と気付かれないように息を吐いた先にカーキ色の小さな頭があった。先生の小間使いのちびゴーレムだ。ゴーレムの試験で、これみよがしにゴーレムを使役するなんて意地が悪いのか抜けているのか。たぶん、後者だ。


 なにせ私たちの担任のマハーチェ教授は、ゴーレムの変態……じゃなくてゴーレム研究の第一人者と称されている先生だ。ゴーレムが仕事でもあり趣味でもある、まさにゴーレムに人生を捧げたような先生。最近は、顔の方もゴーレムに似てきたと噂されているようで、寒いのに左右の髪を刈り上げるあのヘアスタイルに頬張った四角い顔は、薄目で片目をつぶって横目で見れば、確かにゴーレムに見えなくないこともないかもしれないかもしれない。


「ギィイ……」


 ちびゴーレムは、なかなか紙を受け取ろうとしない私に抗議したいのか、歯車が回るような声を出した。いやいや、そんな悲しそうな声を出すなよ。そんなかわいいつぶらな瞳で見つめるなよ。受け取ってしまうじゃないか、紙を。いや、試験結果を。


「先生」


 しびれを切らしたのだろう。よく通る声が教室の空気を裂いた。抵抗しても、もうムダか。


「ありがとう。ちびゴーレム」


 滑らかな岩石で構成された赤ちゃんみたいな小さな手足がちょこちょこと去っていく。そのかわいらしい後ろ姿がドアの外まで出ていくのを見送ったあとに、先生は口を開いた。話し始める前にこっちを見るな。結果がわかっちゃうじゃないか。もう、わかっているけれど。


「え〜それでは、今回のゴーレム創造初級試験の結果について発表する──」


 丁寧に二つ折りされた用紙には、薄く文字が印字されていた。


「みんなよく頑張った。今回創ったゴーレムは、まだ『土器(かわらけ)』の状態で記憶装置は入っていないが、どのゴーレムも今にも動き出しそうな臨場感を持っていた。次の段階でも──」


 恐る恐る紙を開く。右上には、残念ながらしっかりとシューレスタット魔法学院の印章とマハーチェ先生のサインが走り書きされており、本物だと証明している。


「実に個性的なゴーレム達だった。個性的な、な。ただ、その〜残念ながらナナキ・レッシュベルは──」


 【不可】。その2文字が目に突き刺さる。優でも良でも可でもなく不可。つまり、私だけ試験に落ちたということだ。


 前の方の席に座るカルルカが心配そうにこっちを見ている。ありがとうカルルカ。だけど、釣られてみんなが私を見るんだ。馬鹿にするような、嘲るような目で。中でも射抜くような目で私を睨むのは、アミーシャ・ジブール。


「ま、まあ。残念だったが、追試をパスすれば問題ない。魔法にはそれぞれ得手不得手があるからな、ゴーレム創造はナナキには向いてなかったんじゃ──」


「先生。その慰めは聞き飽きました」


 アミーシャはテーブルを叩くと、勢いよく立ち上がった。


「今まで何度も何度も。集水に発火、起風、土塊、感電、光球、暗闇、怪力。どの属性の基本魔法でさえ使えないばかりか、全ての基礎となる(バレット)貫通(スピア)も使えなかった。どれもシューレスタット学院に入学できる魔力の持ち主なら、当たり前にクリアできるものばかりです。それを、今期の最優秀特待生として、いえ、学院創立以来の強大な魔力の持ち主として破格の待遇を受けたナナキさんが一つも使えないというのは、どういうことなんですか」


 何も言い返す言葉はない。アミーシャの言い分はもっともだったから。みんなの視線が集まっていると思うと、うつむいて机の木目を眺めていることしかできなかった。


「その言い方はよくないぞ、ジブール。レッシュベルだって努力をしていないわけではない。今回の試験だって──」


「ナナキさんは、努力をしているとそうおっしゃるのですか? 噂によればナナキさんはいまだに魔導書を一冊も読むことができないとか。努力をしていると言うのであればもう、才能がないとしか言えないのではないのですか? 魔法も使えず、魔導書も読めず、それはもう魔法使いではありません」


「何か原因があるんだ。魔力測定で規格外の数値を出したのは間違いがない。ジブールだってその目で見たはずだ。レッシュベルの魔力が計測不能を記録したことを」


 もういい。


「計測器が間違えたのではないのですか。そもそも計測不能ということ自体がおかしなこと」


「無論、何度も計測している。それに計測不能はこれまでの歴史の中でも何度か出てきた数値だ」


 もういいです。先生。それ以上かばわなくても。そうじゃないと、せっかくふざけて構えた心が壊れてしまう。


 アミーシャが言うように、何度も何度も試験に落ちてきた。追試も含めて全ての試験をクリアすることができない。特待生に選ばれて期待に胸を膨らませていたのに、どう頑張ったって魔導書一つ読むことができないんだ。


「ことは、ナナキさん個人の問題に留まりません。この際言わせてもらいますが、先生がナナキさんを庇う度に士気が下がるのです。わかっていますか? このクラスの雰囲気を」


 先生は何も言えなくなったのか黙り込んでしまった。だけど、それでいいんだ。それで。もうこれ以上私のためにみんなに無駄な時間を使ってほしくない。


 聞こえないようにコソコソとしゃべる声が聞こえる。聞きたくなくても聞こえてくるのはなんでだろう。


「明らかにナナキさんは、足を引っ張っています。私達には時間がないんです。早く実戦で通じるよう、強く強くならなければならない。今のナナキさんでは邪魔なだけです」


 きゅっと机の下で手を握る。邪魔──そうだ、邪魔なんだ私は。


「ちょっと〜アミーシャ、言い過ぎだよ。いくら事実だとしてもさ〜」


 別の声が割り込んでくる。合わせたようにもう一つの声が。


「新入生の挨拶の時さ、私、『エターテ・メメル』のようになりたいって、言ってたよね。恥ずかしい。魔導書も読めないのに、光の女神になれるわけないじゃない」


 ピクリと体が震えるのがわかった。


「お前ら! いい加減にしろ!」


「しかし先生。これが、このクラスの雰囲気です」


 珍しく怒号が響いても、アミーシャはピシャリと言ってのける。彼女はそれだけの実力があるし、権利もあった。……だけど、エターテ・メメルのことだけは、それだけは馬鹿にされるわけにはいかない。


 エターテ・メメルは記憶だ。大切な約束だ。汚されるわけにはいかない。


「だいたい、ナナキさんもなぜ黙ったままでいるんですか。悔しくないんですか? それとも認めていらっしゃる? それならここへいる理由はないはずです。今すぐ──」


「私のことは何を言ってもいいよ! だけど、エターテ・メメルのことは馬鹿にしないで! 何が悪いの!? たとえ実力がなくたって、魔導書が読めなくたって、諦めたくないものはあるんだよ!」


 ぶちまけてしまった。ついに。


 みんなの驚いたような視線が一斉に注がれる。いても立ってもいられなくなって、気がつけばドアを開けていた。


「まて! レッシュベル! ナナキ・レッシュベル!!」

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