第19話 試験開始!
「いよいよですね」
「うん」
「緊張されているのですか?」
「うん……でも、大丈夫」
見渡す限り全てが青々としていた。本で読んだことのある世界だ。大陸を超えたはるか先には、雪のない草や木が生い茂った国があるという。まさに、そんな感じで、足先には緑色のピンと伸びた草がまとわりつき、なんだかくすぐったい。視線を上げれば、立派な葉っぱを身につけた大きな木々がまばらにそびえ立っていた。時折訪れる強力な暖風が、草木を揺らした。その度に、まるで呼吸をしているみたいにざぁ、と空間全体がざわめいて心地のいい音が耳に入ってくる。
「素晴らしいですわね。噂には聞いてますが、こんなところがあったなんて」
アミーシャもどこか興奮しているみたいだ。髪が乱れるのを嫌って両手で頭を押さえながらも、せわしなく辺りを見回している。
「カフカ塔は、訓練のために階ごとに形が違うって聞いてたけど、こういうことだったんだね。まさか、建物の中にこんな……草原って言うの? が、あるとは思わなかったよ!」
「まさしく、その通りね。火の魔法で常時温度を一定に保つことで、この環境を維持しているのでしょうけど、塔の中に別世界をつくってしまうこの発想。さすがとしか言いようがないわ」
「ほう……まさか、あのアミーシャ様が素直にお褒めになるとは」
背負った鞄の中からタイゼンがぼそっと呟いた。
「相変わらず嫌味な魔導書ですわね。私は、いつもきちんと評価しています」
「なるほど。それでは、ナナキ様が魔法を習得するたびに『まだまだです』とか『当然です』だの、冷たい言葉を投げ掛けていたのは、あれはなんだったんでしょうか」
「そ、それは! ……一種の褒め言葉です。下手に褒めてしまって満足されては先に進めないですからね。どこかの記憶が曖昧な魔法使いのように」
「どこにそんな魔法使いが? 雷と火の魔法しか教えられない魔法使いなら私も知っていますが──」
はぁ……。これまたあれだよ。ケンカの始まりだよ。私の背中越しにケンカしないでほしいんだけど、それも魔導書状態で。
「誰が、雷と火の魔法しか教えられないですって!?」
「自覚があるのですか? 私はどなたか名前を挙げているわけではないのに」
仕方ない。止めるか。
「もう、やめてよ! 2人とも、試験の直前なんだよ!」
ピシャリと会話が止まった。アミーシャは少しの間、鞄の中にいるタイゼンをにらみつけていたけど、視線を変えて腕を組む。ここ3日間ずっと一緒だったからなんとなくアミーシャのことがわかってきたけど、感情を抑えるときにアミーシャは腕を組むクセがあるのだ。だから、もう大丈夫。
「少し取り乱してしまったみたい。ごめんなさい」
「ううん。いつものことだから、気にしてないよ」
「む……ナナキさんまでそんなことを」
また風が吹いてアミーシャは顔を赤らめながらまた髪を押さえた。微笑みを返すと、改めて試験会場へと視線を戻す。普段は、モンスターが配置されているだけあって、ゴーレムが何十体いても余裕のありそうなくらいに広い。塔の中だから、もちろん壁はあるけどそれとわからないように壁一面も木のツルで覆われていた。続く草原は、なだらかな坂道となってカーブを描き、次の階の入口まで、つまり試験のゴールまで繋がっている。
「あ、いたいた。アミーシャ。なに、またナナキさんのこといじめてるの? かわいそうだからやめなよ〜」
「最後の景色に見とれてるんだからさ、邪魔しちゃだめだって!」
クスクスと人を小馬鹿にするような笑い声が聞こえた。振り向かなくてもわかる。アミーシャといつも一緒にいたデニサとボフミラだ。
「……ごきげんよう」
アミーシャは、張り詰めた弦のように硬い声で挨拶を交わした。それだけで、どこか居心地の悪さを感じる。
「ほら〜ナナキさん何も言えなくなってるじゃない。アミーシャ、行こう。私の両親を紹介したいの」
「あっ、ちょっと待ってよ。私の方が先! わざわざヴァーサ国から来てるんだから!」
「……ちょっと、落ち着いていただけませんか?」
戸惑うアミーシャの声にやっと私は振り返った。アミーシャが困り顔を浮かべているにも関わらず、2人は全く気づいていないのかアミーシャの腕を引っ張り、連れていこうとする。
「あの、すみません……」
アミーシャの視線が交互に私と2人の間を行き来する。アミーシャは、デニサとボフミラといつも一緒にいる。それは、3人ともに貴族階級の出身だからだ。私は知らなかった。アミーシャは、好きで一緒にいるんだと思っていた。だけど、こうして顔を上げれば3人の間に温度差があるのは明らかだ。
「行っていいよ」
「……ナナキさん」
小さく頷く。2人は私になんて興味がないんだろう。少しでも早くアミーシャといるところをアピールしようと、試験の観覧席となっている上の階に向けて手を振るのに夢中だ。
「行かなきゃいけないんでしょ? 私は大丈夫。この3日間、みっちりアミーシャに鍛えられたからね」
私が笑うと、アミーシャもいつもの強気な笑顔を見せた。
「そうですね。私が、ここまで協力するなんてこと、めったにないことなんですから。絶対に、試験を勝ち抜いてください。負けたら、承知しません」
「もちろんだよ。絶対に、負けないから」
私とアミーシャの間に突風が巻き起こる。頬を撫でる風は、今まで感じたことのないくらいに熱かった。
「それでは、行きますわよ。まずは、ボフミラさんのご両親のところへ案内していただけますか?」
3人の後ろ姿を見送っていると、鞄がもぞもぞと動く。
「いいのですか? 魔法であの2人を叩きのめすこともできましたが」
「いいんだよ。貴族ともあれば、親同士のつながりとかいろんなしがらみがあるんでしょ、きっと。……っていうか、今、サラッと恐ろしいことを言ったよね?」
「はて、なんのことでしょうか。基本的に私は平和主義者なのですよ。コーヒーを飲んでゆっくりしているのが好きなのです」
「はいはい、そうですか」
すぐに手を出そうとするのは、タイゼンじゃないか。魔法の行使で解決しようとする。でも、まあ、そのおかげでアミーシャのことも知れたからいいか? ……今回だけは。
「ありがとう、タイゼン」
「いえいえ。私など何も……ところで、カルルカ様が来たようですが」
「えっ!? カルルカ!?」
また後ろを向けば、カルルカ。青い髪にブルーの瞳のカルルカ。カルルカが神妙そうな表情で上階を見つめていた。
「カルルカ!!」
「っあた! マスター、そんなに急がずとも! 鞄の中は狭いのです。そんなに走ったら、いっつ!!」
そんなこと言っても、久しぶりだもん。ゆっくりなんて行けるわけがない!
「カルルカ〜!! 久しぶりっ!!!」
「きゃあ! ナナキ!」
「……イタタタ、ごめん、大丈夫?」
勢い余って慣れない草むらで滑って転んでしまった。なんとも言えない鮮やかな香りが鼻腔を刺激する。
「大丈夫だよ。ほら、立って」
カルルカが差し伸べてくれた手を取る。柔らかくてぷにぷにしていて気持ちいい。
「この感触も久しぶり。ずっとつかんでいたくなっちゃう」
「どうしたの? この前授業終わりに会ったばかりだよ」
少しはにかんだ笑顔もキュートだ。思わず抱きしめたくなってしまう。というか、抱きしめたい。
「ダメですよ。ナナキ様」
私の心を読むな。いくら魔言空間に何日間もいたからって。こっちの世界では干渉されないフリーダムなんだ──などと思っている間にも、タイゼンはカルルカに私の側から離れた方がいいなんていうアドバイスを始め出した。
「えっ? えっ?」
「ですから、魔言空間に長時間いたことによって、時間の感覚がズレているのです。側にいればいつも以上に過剰なスキンシップが──」
口を挟む前にうるさい口が閉ざされた。巨大な地響きがフロア全体を覆ったからだ。ゴーレムが、上階から一体ずつ降ってくる。草木が悲鳴を上げるみたいに一斉にざわめいた。
「……いよいよ始まるね」
数十体のゴーレムは、それぞれカラフルだ。マハーチェ教授の部屋で見せてもらった赤、青、緑、黃の4色だけじゃなく、雷の紫に白、黒、そしてノーマルの4色が追加されている。
「さすがはマハーチェ教授。この短期間で全ての属性のゴーレムを創り上げましたか」
「頑張り過ぎだよ。……まあ、たぶん本人は嬉々として取り組んでいたんだろうけど」
カルルカが小さな笑い声を上げた。
「目に浮かぶね。作ったあとに後悔してそうだけど」
本当にありありと光景が浮かぶ。さらに汚くなっているであろうあの部屋でゴーレムに囲まれたマハーチェ教授に、アボットがつらつらと苦言を述べるんだ。
「ナナキ」
「うん?」
想像から引き戻された私の顔先で、カルルカの大きな瞳が見つめていた。さざ波が聞こえてきそうなほどに澄んだ青い瞳に、息をするのも忘れて引き寄せられる。
「アミーシャに何か言われてたみたいだけど、大丈夫……なんだよね?」
真剣な眼差し。こんなときにもカルルカは、私の心配をしてくれる。だけどね、もう大丈夫なんだ。安心してもらいたくて、カルルカの頭をそっと撫でた。
「もちろん、大丈夫だよ! アミーシャはね、なんていうか、友達になったんだ。この試験に向けて私の特訓に付き合ってくれた」
カルルカのその瞳が丸くなる。驚くそんな表情もかわいい。
「ナナキ様」
「わかってるよ」
カルルカの頭から手を離す。まだ、会話を続けたかったけど、試験のアナウンスが始まった。
「それでは、これからシューレスタット魔法学院魔導士科一年生対象特別試験を始めます」




