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第17話 いきなりの決闘

 ……私は今、演習場にいた。魔法の演習として使われる広いだけの何も置かれていないホール。昔は、舞踏会やら何やらで使われていたらしいけど、そんなことはどうでもいい。


「なんで、私はここにいるんだろう……」


「何か言った? ナナキさん」


 ステンドグラスから注がれる赤い夕陽に照らされた金色の髪が華麗に揺れて、アミーシャが振り返った。お店にいたときとは全然違う自信に満ち満ちたいつもの表情。背筋がピンと伸びて、同じ制服のローブなのになぜか高級品に見えてしまう。対して、私は……。


「なんでもない、よ」


 引きつって見えないように笑顔をつくった。何がなんだかわからないけど、戦わないといけない。


 アミーシャは、ゆっくりとした足取りで私の目の前まで進んできた。その間、唯一覚えた魔法の名を、間違えないように何度も心の中で呟く。


「いい? ルールは簡単。どちらかが負けを認めるか、戦闘不能になるか」


「せ、戦闘不能?」


 変な声が出てしまった。アミーシャが呆れたように首を振って息を吐く。


「講義で一度やったわよね。魔法演習。たとえ深い傷を負わせなくても、戦闘不能にさせる手段はいくらでもある」


 そうだ。やった。やったけど、私は魔法を使えないからそもそも演習に参加することができなかったんだ。みんなの視線から逃げたくてずっと真っ白な床を眺めているだけだった。


「たとえば、雷属性の魔法は、対象を痺れさせることができる。土属性の魔法なら動けなくさせることも、火属性なら燃やし続けることもできる。ただ敵を倒すのではなくて、これらの効果も考えながら戦うのが魔法使い」


 そう言い切り、アミーシャは右手の平を突き出した。戦いの合図は、2人の掌が合わさること。5本の指が合わさり、互いの手を握ると戦いの火蓋は切られる。


「さあ、ナナキさん」


 掌を合わせる。ゴクリと喉が鳴った。


「ナナキちゃん〜無理しないでね〜」


 小指を合わせる。心音が高鳴る。


「ナナキ様! 相手をよく見てください!」


 薬指を合わせる。足先が震える。


 中指……人差し指……親指……そして──。


 ぐっと互いの手を握り締める。手を離すとすぐにその手を前に向けて、私は叫んでいた。


「光球!!」


 赤色に染まった演習場が白い閃光に包まれる。ステンドグラスも何もかもが、輝く太陽の光に塗り潰されたように白が覆っていく。


「甘いわよ」


 突然、真横から声が聴こえた。


「感電!」


 伸ばされた手の先が音を立てながら明滅した。


「きゃあああ!!」


 気がつけば身体が宙を舞っていた。固い床に叩きつけられたあとに、全身を何かが突き抜けていく。痛い、痛い、痛い、痛い! 痛くて息もできなくて、転がったまま痛みが引いていくのを待つしかできなかった。


「ナナキ様! くっ……!!」


「タイゼンちゃん、まだよ。まだ、勝負はついていない」


「しかし!」


 冷たい床に高い足音が響く。その音は私の前まで来ると唐突に止まった。


「ナナキさん。なんて無様な格好で寝転がっているの? 痛みは、とっくに引いているでしょう? 手加減したはずだもの」


 手加減って、これで……?


「さあ立って。これくらいじゃ、まだ戦闘不能とは認められないわ。それとも、もう降参する?」


「うぅうぅう……」


 目を開くと、冷厳な碧の瞳が見下ろしていた。馬鹿にするでもなく、ただ見つめている。その瞳の色には、何の、何の感情も感じられなかった。


「ナナキ様! どうか立ってください! 貴方の力はこんなものではない! 自分を信じて、立ち向かってください!」


 タイゼン……無理だよ。こんなに、こんなにさ……。


 なぜかおかしくて、おかしすぎて笑いが込み上げてきた。タイゼンが心配そうな声を上げた。


「ナナキ……様……」 


 笑いが止まらない。何の感情も沸いてこない。こんなにも、こんなにも力の差があるんだ。たかが魔法1つ、光球1つ使えるだけで魔法が使える気になっていた。もしかしたら、万が一にでも勝てるかもしれないと思ってしまった。でも、勝てない。きっと500回、5000回戦ったってアミーシャに勝てるわけがないんだ。


 ……諦めよう。負けを認めればカニャさんは、お店を休んでいいって言ってくれた。もっと練習しないと、魔法を覚えないと、試験なんて絶対突破できない。


「アミーシャ……」


「諦めるのですか?」


「えっ?」


 アミーシャの瞳に色が浮かんだ。悲しみのような、怒りのような、不思議な感情の色が。


「貴方はいつもそうやって、何も言わずにヘラヘラと笑って。それでいいの? さっきだってそう。理不尽な暴言をクラスメートから浴びせられて、大丈夫な振りをしていた。悔しくないの?」


 何を言われているのかわからなかった。というよりも、なんでアミーシャがそんなことを言うのかわからなかった。だって、アミーシャは私のことを──。


「それとも、本当に何も感じていないのかしら。そんなはずはないですよね。エターテ・メメルを馬鹿にされたとき、貴方は確かに怒っていた。あんなに怒って、教室を飛び出すなんて大胆な行動に、私は感心したんです」


 感心した? アミーシャが私のことを? いったいどういうこと?


 アミーシャは、わずかに眉根を寄せて瞳を閉じると、踵を返した。


「手を引きます。やっぱり、私の見込み違いだったのかもしれません。あの大勢の前でエターテ・メ──」


「エターテ・メメルは、思い出なの。そして、大事な大事な約束。何がなんだかわからないけど、馬鹿にされるわけには、もういかない」


 気付けばそんなことを言ってしまっていた。そして、私は、立ち上がると同時にもう一度、魔法の言葉を口にする。エターテ・メメルのように。


「光球!!」


 眩い光が部屋全体を突き抜けた。ステンドグラスがぐわんぐわんと割れそうなくらい大きくたわむ。ヒビ一つ入らないのは、たぶん部屋全体に魔法障壁がかけられているから。


「まぶしい! ちょっと、タイゼンちゃん! これじゃ、なんにも見えないわ!」


「マスターキャンダル。これがナナキ様の力なのです。これでもまだ力をセーブしていますが。ご存知でしょう? 光属性は、相手の目をくらませることができる。ただ、さすがにアミーシャ・ジブール。そんなことは予想していたようですが」


 靴音が聞こえる。右横から真っ直ぐに。音が、飛んだ。


「立ち上がったのは褒めてあげる。だけど、同じ手。目くらましは私には効かないわ!」


「違うよ」


 右手を真横に向けて、掌を広げる。光属性に目くらましの効果があるなんて知らない。私の狙いは最初から、この瞬間。魔法障壁が使えない(・・・・)私に本気を出せないアミーシャが、近づくこの瞬間。


「なっ」


 アミーシャはすでに手を伸ばしていた。次の動作に移る前に攻撃すれば、回避することはおそらくできない。何百回と紡いだその言葉を私の口が結ぶと、ほっそりとした白手が私の体に届く前に、光が放出された。


「やった! 最大出力! あの距離ならいくらジブールと言えども──」


「いえ、まだよ」


 光は夕陽を朝陽に変えた。ただ一点を除いては。アミーシャの周りを覆う球体の紫色の透き通った空間が、光の帯を通過していく。


「魔法障壁!?」


「そう。魔法障壁! 咄嗟に攻撃魔法をキャンセルすることはできなかったけど、光球に右手が弾き飛ばされる瞬間に発動したのよ」


 アミーシャの顔が笑顔に変わる。余裕に満ちた笑顔。だけど、それ以上に楽しそうな笑顔。


「わわわっ!」


 掌から光が消えていく。次の魔法を出現させるためには、もう一度魔言を唱えなければいけない。そのほんのわずかの隙を、アミーシャの言葉が縫って入ってくる。


雷鳴(らいめい)!!」


 轟きが聞こえた。音の方向へ首を上げると、シャンデリアを黒雲が覆い尽くしていた。その中を稲光が左に右に疾走る。


「今の不意打ちは、驚きました。実践は初めてなのに、あんなに動けるとは。ですが、魔法にも様々な特徴があります。属性の違いももちろんですが、同じ属性でも、たとえば発動してから効果が現れるまでにスピードが違うものがあります。その差異を利用すればたとえば──」


「!!」


 アミーシャが右手を掲げた。上空からの魔法に注意を払ってしまっていたために、反応が大幅に鈍る。


稲光(いなびかり)


 放たれたのは紫色の電撃。なんとか避けるために後ろへと下がった。そのとき。


 耳をつんざくような爆音が身体を貫いていった。目の前が白くなり、足の感覚がなくなる。


「──ナナキ様!!!!」


 タイゼンの叫び声が、意識の奥深くに響いていった。

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