第12話 ゴーレム研究者、マハーチェ教授
マハーチェ教授に促されるままにゴーレムの横を通り過ぎて研究室の中へと入っていくと、驚いた。部屋中が突風でも起こったかのように散乱している。よくよく見れば、精密に組み立てられた構造物のように、本や大小の岩石、木材、雪に砂利、器具類──いろんな物が積み重ねられているのがわかるけど……。
汚過ぎじゃない?
「ちょっと散らかっていてすまない。こっちだ」
「ちょっとでは、ありません」
ゴーレムが私の気持ちと同じつっこみをしてくれたことに感謝しつつ、マハーチェ教授の背中を追って先へ向かう。
「壁には気をつけてください。ケガをする危険性が高いです」
無機質な声に言われて無意識に手を付こうとしていた壁に注意を向けると、床に散らばっていた構造物が一部、壁にも連なっていることがわかった。もし、不用意に触れて倒れてしまえば、天井につくほど積み上がった研究道具に簡単に潰されてしまう。
「なかなかなトラップですね」
「冗談言ってる場合じゃないよ!」
学生を罠にはめてどうするんだ。一歩一歩慎重に足を進めていった先にはこれまた驚きの光景が。
「……これは!」
優雅な足取りで歩いていたタイゼンも、息を呑むほどの光景。4体の巨体が中央の木机と長椅子を取り囲むように立っていた。それも天井を支えるようにどんな大木よりも厚い両の腕を掲げたまま。それぞれのタイプが違うのか、焔のようなオレンジに近い赤色に、海をイメージさせる深い水色、豊かな風が浮かぶ軽やかな緑色、そして、土の黄色が全身にペイントされていた。
「先生、これは……?」
中央の机の前に腕組みをして立つマハーチェ教授のブラウンの瞳がキラリと輝く。
「これは、今度の試験のために造っている新作だよ」
新作? じゃあ、部屋が足の踏み場もないくらい乱雑としていたのは、このゴーレム達をつくるために。
「ですが、新作の製作と部屋の汚さは関係ありません。教授はちょっとと言っていましたが、これがノーマルです」
違った。マハーチェ教授は、また恥ずかしそうに咳払いを一つして話を続ける。
「余計なことを……。まあ、アボットはサポートシステムを組み込んでいるから仕方ない。実際、助けてもらっていることも多いしね」
想像してみる。たぶん、マハーチェ教授だけだと研究に没頭し過ぎて倒れてしまうんじゃないだろうか。
「アボットと違って、この新作は完全に戦闘用のゴーレムなんだ。あっと、タイゼンくんに簡単にゴーレムの歴史について説明をすると、元々戦闘要員としてカッシェロ・アルバーノによって産み出されたゴーレム、01タイプは、その後、主に運搬用、工事用など非戦闘タイプ02が開発されて、一般市民にも普及していく過程で用途に応じて様々な型が造られるようになっていったんだ。アボットは、元々02ーCタイプだったものにBタイプとSタイプを合わせた型なんだけど、今回の新作は、アボットで培った技術を元にその上に立った新しい戦闘用のゴーレム。タイプ03型にできればと思っている」
01とか、02とか、いきなりそんな説明をされてもタイゼンだってちんぷんかんぷんなんじゃ。横目でタイゼンの表情を窺うも、びっくりするくらい黄色い目がガッと開いてキラキラ輝いていた。
「その区分は、用途による分け方ですよね。私の時代はゴーレムに意思なんてありませんでしたが、タイプを改良していくごとに意思も形成されていったのですか?」
「おぉ! 鋭い観点だ! さすが生きた魔導書! 結論から言うと、僕はまだゴーレムに明確な意思は宿っていないと考えている」
「こんなに、しっかりと受け答えしてくれるのにですか?」
「そう。『荒土』はもちろん知ってるね? 簡易的な記憶装置をゴーレムに埋め込む魔法だ。たとえば、土器で造ったゴーレムに荒土を入れるだけで簡単な命令をこなすことができる。それから、ブランジェン・アビークが開発した『磁土』でより並列思考を組み立てることができるようになり、複雑な命令もこなすことができるようになった」
「となるとつまり、同時にいくつもの作業をこなすことができるようになったということですね? 話ながらドアを開けたり、人の行動の先を予測して注意を促すような」
「そう。だけど、果たしてそこにゴーレムの意思は宿るのか。今のところ、我々は磁土の魔法の範囲内でただその能力を上げているにしか過ぎない。性能が上がれば、まるで人のそれのように振る舞うことができるが、ゴーレム自身の意思や感情──つまり心が行動を選んでいるのかどうか──」
「ギエッタ・マハーチェ教授」
地鳴りのようにぐわんぐわんと身体に響く声が、二人の会話を止めてくれた。よかった。このまま、延々とゴーレム研究の話が続くのかと思ってしまった。マハーチェ教授のゴーレム熱は嫌いじゃないけど、今はそれどころじゃない。
「先生、それで話ってなんですか?」
「すまない。試験まで時間がないんだったな」
コホン、と咳払いをしたマハーチェ教授は手先を開いて私たちに座るよう促した。ニスを塗ったばかりのような光沢のあるつるつるとした手触りの長椅子へタイゼンとともに腰掛ける。
「コーヒーと紅茶、どちらになさいますか?」
ゴーレム──じゃなかったアボットが顔を覗き込むようにして注文を伺う。磨かれた平べったい顔に取り付けられた2つの大きな黒の宝玉は、なかなか寝付けない夜の闇みたいに奥底が見えなくて吸い込まれてしまいそうだった。接客という意味では、確かにまだ人間には叶わないのかもしれない。
「紅茶を」「コーヒーを」
「ナナキ様が紅茶、タイゼン様がコーヒーですね」
「おーもうすでに私の名前を覚えている!」
タイゼンが子どもみたいにはしゃいで手を叩いた。イメージと違うくしゃっとした無邪気な笑顔が、目に止まる。こんなときでも美形はずるい。
「データ入力は得意なのです。もし、登録名が気に入らなければ別の名称を上書きすることもできますが」
「いえいえ、タイゼンで構いません。マスターがつけてくれた重要な名前ですからね。よろしくお願いします」
「それでは、紅茶とコーヒーの用意をいたします」
お辞儀のように重そうな頭を少しだけ下げると、足元を揺らしながらアボットは部屋へと戻っていった。
「さて。話は、わかっていると思うが、今回の試験のことについてだ。時間もないので単刀直入に言う。この試験は、レッシュベルを退学させるために仕組まれたものだ」
柔らかなブラウンの一人掛けの椅子に腰掛けたマハーチェ教授は、一息で言い切るとふぅ、と疲れたように息を吐いた。心なしかその口調には怒りが滲んでいるような気がする。
「今朝方、緊急に教授会が招集されてその場で決定された。ものの数分のことだ。私は担任として反対したが、圧倒的な賛成で勝ち目はなかった。生徒会ですら事前に賛成していたというのだから、裏で方向性が決まっていたのは明らかだ。数の力でいけると見て、強行に押し通したんだろう。表向きは、学院生の質を高めるためと言っていたが、だったらもっと教育に力を入れればいいだけのこと。進級、卒業試験を厳しくするとかな。試験に落ちた者を退学、魔法兵科へ転科など乱暴な手に出たのは、明らかにレッシュベル。君を学院から追放することを狙ったものだ」
わかっていた。突然の話だし、私が授業から逃げ出したすぐ次の日の話だし、何よりクラスのみんなもその意図に気づいていた。わかってはいたけど、直接言われると頭がクラクラする。だって、ようするに──。
邪魔なんだ。魔法の使えない私は。
「大丈夫ですよ。ナナキ様。私がついています」
泣きたくなるような優しい言葉が降ってくる。また、ぐるぐると頭の中を回るネガティブな言葉が、薄れていく気がした。
「そう、だよね……先生、私はもう魔法が使えるんです。とは言っても光球だけですが。タイゼンもいてくれるし、不安は山のようにあるけど試験は戦えます」
芳ばしい香りが部屋の奥から漂ってきた。コーヒーの香りが強いけど、その奥からほのかに私の好きな甘い紅茶の香りが漂ってくる。この香りをかぐと、体がムズムズするのはもはや職業病と言えるかもしれない。
「そうなんだ! それなんだよ。今、まさに生きた魔導書が現れて、しかもそれがレッシュベルの元にあるということで、学院側も教授陣も動揺している。図書館で本を借りているときに学院長直々に尋ねられたよ。『レッシュベルは、本当に魔法を使えるようになったのかね?』と」
「なるほど、あからさまですね。わざわざ、聞きに来るとは」
ククク、っと喉を鳴らすようにタイゼンは笑った。でも、その目は笑っていない。動物が敵を威嚇するような冷たい色が宿っていた。
「ますます試験が楽しみです。試験までナナキ様を鍛え上げて、ナナキ様を侮蔑する者全員を震え上がらせて差し上げますよ」
「いや──」
「頼もしいね。さすがは生きた魔導書。それなら、試験は正々堂々正面突破を狙うと、その方向でいいんだね?」
「ええ。向こうが強権的に来るのであれば、こちらも強行突破するだけです。ええと、なんて言いましたっけ。そう、『燎原の火が迫るならば、盾ではなく槍を突き立てよ』でしたっけ?」
「そんな格言ないって! それより、そんな恐ろしい魔法は使わないからね!」
だいたい、震え上がらせてどうするんだ? みんな同じ学院の関係者なのに。
「いえ、安心してください。例えですよ、例え。ナナキ様のご意思に反して無理強いするようなことは絶対にありませんから。ただ、最悪の場合は──」
「コーヒーと紅茶をお持ちしました」
部屋の入口に銀のトレイを持ったアボットが立っていた。トレイの上では何かの動物の絵が描かれたコーヒーカップから、美味しそうな湯気が出ている。一段と香りが強くなった。
「ありがとう」
直接、私の顔ほどはあるゴツゴツした手から手渡されたカップは温かった。一口飲むと、ほろ苦さのあとに独特の甘い香りがやってくる。たぶん、これは。
「アクアリッカ?」
「正解です。さすが、ナナキ様は『魔女の宴』に勤めているだけありますね」
アボットの黒い瞳が交互に輝いた。感情的なものを現すシステムも搭載されているのかもしれない。
「ナナキ様、魔女の宴とは?」
「カフェだよ」
「カフェ……? さきほど説明のあったギルドの一種ですか?」
「えっ!」
何かの冗談かと思って横を向けば、当たり前のように首を傾げる顔がそこにあった。




