狂言癖
女の子はどこにでもいるような普通の女の子、ですがこの女の子には小さいころから特別な力がありました。それは「物語の世界に相手を引き込むこと」。紙に絵を描いたり、言葉を書いたりすると、不思議なくらいにその世界へ人を引きこむ力があったのです。彼女の物語を聞いた人たちは空想に耽り、女の子と物語を通じて感覚を共有したり、まさしく、世界と一体になる感覚をえるのです。
ですが、中学生になるころから、女の子の悪い噂が広がりました、彼女の「物語へ相手を引き込む力」は強すぎたのです、好奇心が強く、想像力も高い幼年期は全く問題はなかったのですが、時が経つにつれ、彼女の力をみんなが恐れるようになったのです。今まで人気ものだった女の子はクラスで孤立し、独りぼっちになってしまいました。女の子は、なぜ自分が一人になっていくのか全く分かりませんでした。女の子はいつもと同じように、みんなを楽しませようと、物語を考えていただけなのです。ですが、女の子の周りからはひとが離れていき、もやもやとした暗い感情が積みあがっていくのがわかりました。
それを皮切りに今までは楽しく明るく、聞くものを楽しくさせていた物語は女の子の状況に共鳴するかの如く、暗く、悲しい出来事が多くなっていきました。
それから彼女が話す物語は、人が苦しんだり、絶望が広がったりするような怖い内容ばかり。はじめは彼女のことを哀れみ話を聞いていてくれたクラスメイトたちもだんだん、「なんだか気持ち悪い」「こわい」と言って離れていきました。そうなると、彼女はますます孤独を感じ、さらに自分の作った物語の世界に逃げるようになります。そうするとだんだんと、現実よりも自分でつくる空想のほうが大事になってしまいました。
学校の教室にはたくさんの子どもがいますが、誰も彼女のそばに来ません。まるで見えない壁があるかのように、みんな距離をおきたがります。先生が声をかけても、なんとなく言葉がかみ合わず、すぐに会話が終わってしまう。それは、彼女が頭の中で考えていることが、あまりにも「別の世界」だからかもしれません。
彼女は休み時間ずっとノートに向かい、悲しくて怖ろしい物語を書きつづけました。周りのクラスメイトは、そんな姿を見るとますますこわくて近づけません。こうして、女の子は現実の仲間からどんどん離れてしまったのです。
ある雨の日、彼女は今まででいちばん恐ろしくて、救いのない話を思いついてしまいました。ノートに広がるのは、崩れたビルの破片が散乱し、どこまでも続く暗い雲の下、乾いた血のにおいが立ちこめている道。その先には、誰の気配もなく、風が吹き抜ける音だけが響いていた。。そこを歩くのは、また別の“少女”です。その子は必死に助けをさがしているのに、誰も手を差しのべてくれません。やがて力つきて、ひとりぼっちで座りこむ……そんな暗い、暗い物語でした。
女の子は、この物語を読みかえすたびに、まるで自分自身がその悲しい街をさまよっているような気がします。そうしてページを閉じたとき、彼女の心は重く苦しく、でも同時に「これでいいな」という不思議な気持ちもわいていました。
その日の放課後、女の子はとうとう..........をこえてしまいました。雨ふりの道を一人で歩きながら「孤独と言う絶望」を感じていたのです。彼女は雨の降る日の夜、流れの激しい川に向かって歩きました。とぼとぼ歩きながら、彼女が感じ取るのは孤独だけでした。
女の子の頭の中には、最狂最悪の最高傑作が浮かんできます。そのとき、彼女は自分と物語の主人公が同じだと思えてしまいました。激しい雨が彼女の頬を打つ。冷たい水の感触も、激しい川の流れも、今の彼女には遠く感じられた。ただ、自分の頭の中に浮かぶ物語が、現実のすべてを覆い尽くしていました、そしてすべての悲しみを消すように、そして物語を現実に重ねるように、彼女はそのまま川の向こうへ身を投げてしまったのです、川の流れは、激しく彼女の背負ってきた苦しみや悲しみをすべて洗いなおしてくれるようでした。
こうして、女の子は自分が作り出した暗い物語に飲みこまれ、命を絶ってしまいました。彼女がもし自分の物語に取りつかれていなかったら、もしかすると違う結末になっていたかもしれません。
しかし、物語をつくること自体は悪いことではありません。私たちはお話を読むことで、希望や楽しさ、やさしさを見つけることもできます。問題は、もし自分が孤独や悲しみに苦しんだとき、空想だけに逃げ込まないことです。そして、誰かが苦しんでいるときには、その気持ちを聞いてあげることが大切なのです。あなたの空想力なそんな困っている人たちの助けになるかもしれません。
このお話の女の子は、自分の物語の世界に深く入ってしまい、現実を見失ってしまいました。物語は人を結びつける力を持っています。しかし、孤独に囚われたとき、空想は時に私たちを閉じ込めてしまうこともあるのです。だからこそ、孤独な声に耳を傾け、お互いを支え合うことが必要なのです。