合わせ鏡の中の由香里
「合わせ鏡の中の由香里」
「大輝、合わせ鏡って知ってる?」
学校の帰り道、由香里がふいにそんなことを言い出した。
「知ってるけど、あれって不吉なものだって聞いたことがあるぞ。夜中に覗くと何か良くないものが映るとか」
僕は軽い気持ちで答えた。でも、由香里は真剣な顔で続ける。
「違うよ、本当は未来の自分が見えるんだって」
由香里の瞳が不思議な輝きを帯びる。いつもの彼女とは違う、どこか幻想的な雰囲気だ。
「信じられないだろうけど、昨日の夜、私見ちゃったんだ。合わせ鏡に映る“未来の私”を」
「未来の由香里?」
思わず聞き返す僕に、彼女はうなずいた。
「未来の私は、髪型を変えてたの。ポニーテールじゃなくて、ショートカットになってた。それが何を意味するのかは分からないけど……大輝、もし明日私の髪型が変わってたら、これが本当だって信じてくれる?」
正直、半信半疑だった。でも、由香里がそんなに真剣なら、ただの冗談とも思えない。
「わかった。明日、髪型が変わってたら信じるよ」
それが僕らの約束だった。
翌日、由香里が教室に入ってきた瞬間、僕の目は釘付けになった。
「おはよう、大輝!」
そこに立っていたのは、昨日までのポニーテールの由香里ではない。短く切りそろえられたショートカットが、彼女の明るい笑顔をさらに引き立てていた。
「どう?似合うかな?」
言葉が出なかった。合わせ鏡の未来が現実になったのだ。
「…本当に見えたんだな、未来が」
「うん。でもね、大輝。鏡の中の私は、ただ髪型が変わってただけじゃなかったんだよ」
由香里は少し俯きながら、静かに言った。
「合わせ鏡に映る未来は果実みたいなものなんだって。熟したら甘くて美味しいけど、放っておくと腐っちゃうの。だから、その未来がいいものになるかどうかは、私たち次第なんだよ」
僕は由香里の言葉を反芻しながら、目の前にいる彼女の姿をしっかりと焼き付けた。未来なんて曖昧なものかもしれない。でも、彼女の言葉と新しい髪型に、少しだけ希望を感じたんだ。
「由香里、その髪型、すごく似合ってるよ」
彼女は恥ずかしそうに微笑んだ。合わせ鏡の中の未来は、まだ続いている。僕たちがどう作るかによって。