表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
6/8

六.その男、時を有して


 ――冬。

 年の瀬特有の気もそぞろな気配を、近頃はあちらこちらからと感ずる時期になった。

 男はいつものように岩の上に座し、のんびりと冬の夜空を見上げていた。

 この雑木林に街灯などはなく、寂れた商店街から伸びる明かりが僅かに届くのみ。

 ほおと吐く息は白い。

 懐手にしている手を出すと、手の平を上向かせて焔を揺らめかす。

 そこへ息吹を吹き込み、蛍火を灯した。

 男の一吹きで蛍火は幾つも灯り、彼の周囲を飛び始める。

 蛍火が淡く照らす男の顔が、懐かしむように緩く笑っていた。

 この風景はまるで。


「――わあっ! 蛍が飛び交ってるみたいじゃんっ!」


 そう、かつてのこの地の風景を思い起こさせた。

 男の金の瞳がやって来たてんへ向けられると、意を汲んだのか、蛍火が迎え入れるように天の傍へと飛んでいく。

 その蛍火に誘われながら、天は蛍火の飛び交う光景に目を輝かせた。


「ねぇねぇ、蛍の名所って呼ばれてた頃ってさ、こんな感じだったりしたの?」


 だとしたら、名所と呼ばれるのも頷けるなと、天が岩上の男を見上げる。

 厚手のコートに手袋とマフラーと、冬の装いの彼女だが、髪からはみ出した耳先が寒さからかほんのりと赤い。

 それに気付いた男は僅かに眉をひそめると、袖口から手を抜き、軽く払う仕草をした。

 すると、瞬きの間もなく、男と天の周囲だけあたたかな空気に包まれる。

 天がほっと緩い息を吐き出した。

 その吐息も白く染まらない。


「……あったかいじゃん。ありがと」


 マフラーに口元を埋め、天が小さく礼を口にする。

 男はふんっと鼻を鳴らすと、また手を袖口に差し入れた。


「私は火の性質ゆえ、熱をるなど造作ない」


「……うん、そだね」


「そもそもだが、こんな夜更けに外を出歩くでない。危ないではないか」


「え、あたしのこと心配してくれるの?」


 天がマフラーに埋めていた顔を上げる。

 その瞳が丸くなって男を凝視していた。


「阿呆。お主でなく、運悪く遭遇してしまった小妖ぞ。夜は妖らの領域。うっかりお主の精気を喰ろうてみろ、陽の気にあてられ消滅してしまう」


 男の顔が夏の出来事を思い出し、苦々しく歪む。


「私程度にもなれば、腹を壊し数日伸びるだけで済むものだが、小妖ならば一口でも致命的ゆえ。――ほんに劇薬ぞ」


「でも、その劇薬のおかげで、あんたはここまでの力を取り戻せたんじゃないんですかぁー??」


 むっ、と。口をへの字にした天が男をめつけた。


「お腹壊すへまは二度とせぬっ! って、ちょっとずつ私の精気を喰らうために、私は学校とお師さんの手伝いの合間を見つけては、わざわざここへ通ってあげてたんですけどねぇー??」


 天がぷくぅと頬を膨らせる。


「それって、あたしの努力のおかげだと思うんですけど、違うんですかねぇー??」


 男は天へ視線を投じる。

 やがてその表情をふっと緩め、くっくと喉奥で笑った。


「否定はせぬな」


 男はゆっくり立ち上がると、懐手をしたまま、着物を尾ひれのようになびかせつつ、ふわりと岩上から跳び下りた。

 それは実に軽やかで、重さをも感じさせぬ動きであったから、男が人ならざる者なのだなと天は改めて感じた。

 胸内に、雪でも降ったかのような寂寥を抱いたのはどうしてだろう。

 天はうつむいた。たぶん、それを追いかけてはいけない気がした。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ