第十五話 もう遅い。
握手会も遂に後半に入った。
後半からは、裏方作業はほとんどなく、あるとしてもお土産を裏に運ぶ仕事ぐらいだった。
「何時ぐらいに終わりそうですか?」
「予定通りに行けば、19時には終わるから、その後どう?」
「どうって?」
「お姉さんと、どう?って話!」
「俺はそういうのいいんで」
「連れないな〜お姉さんが、和也くんの初めてを貰ってもいい気がするんだけどな〜」
「そういうの、マジでやめてください!冗談になりませんから!」
ゲラゲラと笑う有闇に対し「またやってんな〜」と、少し慣れた目線を向けてくるスタッフ達。
もしかして、セクハラ常習犯!?
そんな、当たって欲しくない予想は的中していたようで、後から聞くと、みんなに言って回ってるらしい。
「今日の飲み、全員参加だよね?」
「そうですね」
俺と1番歳が近い大学生の【八橋 町尾】。
普通に優しいお兄さん。
いつも俺と話してくれる、俺にとって、3人目のお友達。
「先週、酒で失敗してるから、セーブしないとなぁ、、、。まぁ、全部先輩が強引に飲ませてくるのが悪いんだけど」
「大学生も大変ですねぇ、、、。付き合いとか大変でしょ」
「いやぁ、付き合いがどうとかじゃなくて、無駄に友達ばっかり作ると、合コンに誘われたりで、金が無限に溶けていく一方だし。それで、彼女なんてできたら嬉しいけど、、、現実そう上手くはいかないしな〜」
話を聞いている感じ、俺は幸せなんだなと、再び実感した。
超有名配信者であり、顔も可愛い、そして内面もデレデレで可愛くて、胸もある。
最後の一つは、我ながら最低だなと思うが、それはどうでもいい。
とにかく、俺が環境的に恵まれているのは知っていたが、ここまでとは。
この時、スマホを取り出して、Tmitterを見ると、フォロワーが30万人を突破していた。
「感謝、、、!」
そう、独り言で呟いた声は、誰にも届かなかったが、Tmitterでの呟きは、前例のないほどの反響を記録した。
10万いいね、、、か、、、。
自分がどんどん、有名人になっていくのに、実感が湧かない自分がいたのであった。
★☆★☆★☆★☆★
握手会も終了時間の1時間前になった。
待機室でのスタッフは、半分ゾンビのような状態で、中にはエナドリを飲んで耐えている人もいた。
「うわぁ、、、地獄絵図だ、、、」
ゴミ箱には【エナドリ専用】と書かれた物まで設置されていた。
その中には、大量の空のエナドリが捨てられており、その量は時間が経つたびに、増えていく一方であった。
「頑張ってるんですね、、、!お疲れ様です!」
俺の後ろには、先ほどの元気を失った有闇が立っており、若干老けたような顔つきをしていた。
疲労って怖、、、。
「あ、八橋さんもお疲れ様です」
「お疲れ〜そこにあるエナドリ取って〜」
「今日、何本目ですか?」
「3本目」
「流石にもうダメです」
「え〜」
机にうつ伏せになる八橋、他のスタッフも倒れている。
俺はこの後、外のスタッフの仕事を手伝い、10人で行うはずのことを一人でこなした。
我ながら、偉すぎる。
「なぜこんなに、みなさん倒れこんでいるんですか!?」
「昨日の夜から準備していた人が大半だからね〜」
「なぜそこまで、、、」
「みんな、この握手会を成功させたかったんだよ」
短い人生だが、初めてここまで人の為に尽くしている人達を見た。
心の中と目頭がじんわりと熱くなっているのが自分でも分かった。
「終了しました!!!!!」
「「「「「「「やったぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!」」」」」」
突然の美鶴の声に、歓喜の声を上げるスタッフ一同。
俺はこの現場の空気が好きだ。このスタッフ達が大好きだ。
だから、、、これからも。
「次も頑張りましょうね!!!」
「もちろん!!!!!」
「気合い入ってきたぜ!!!」
「頑張ろ〜!!!」
運動系の部活動に入っていない俺は、こんな経験をしたのが初めてだった。
この場にいる全員が、一致団結して、助け合い、何かを成功させる。
達成感に他ならない気持ちで溢れかえった。
これからもこのメンバーで、頑張っていけたらいいな。
そう思う自分が、表に出たのは今日が初めてだった。
★☆★☆★☆★
「彼氏、、、いや、違うよね!」
握手会終わり、19時。
グッズなどを買い漁っていたら、こんな時間になってしまった。
彼女があの時みた光景は、脳裏に焼き付けられた。
金沢夏美はこの時、何かを見失ったかのように、全ての力が体から抜け落ちそうだった。
この時、夏美のスマホに一通の電話が届いた。
「ユージ君からだ」
彼女の彼氏である、波沼悠太。
和也から夏美を寝取った人物である。
『あ、もしもし?あのさ、突然だけど、別れてくれない?w』
『今さ、好きな人が突然できて、その子が付き合ってくれるっていうからさw』
『え?いや、突然は、、、』
電話にはその彼女である人の声もはっきり入っていた。
後ろでゲラゲラと電話を聞いて笑っているようだ。
『んじゃ、そんなわけだから』
『いや!ちょっと待って!』
プツッ。
何もかも、全てが途切れたかのような音を立てながら、電話は切れた。
夏美は途方に暮れた。
推しも信用できない。たった今、大好きだった彼氏も失った。
「あ」
帰り道、とある居酒屋の隣を通った。
中から楽しそうな声が聞こえる。
窓から覗くと、そこには元彼である和也の姿が。
そう、彼は変わった。
もう届かない場所にいる。簡単には戻ってこない、残酷に振ってしまった和也の姿が。
ーーーもう遅い。
その言葉が脳に浮かんだ瞬間、夏美は再び、駅に向かって歩き出した。
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