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8あの日のアンジェリカさまが見ていたもの




「あの場に集っていた子供たちとティアラさんは、見た目がまるで違っていてね。自身から溢れ出す魔力の色が、この世界特有のものと「他の色」が混ざっているんだ。不思議な見た目であると同時に、おそらく客観的に見ると私も同じように見えるのだろう」


 それは本来視認できるものではない。けれどアンジェリカには人間からあふれ出る魔力の色が、まるでオーラを纏っているように見えていた。

 アンジェリカが「アンジェリカとして生まれてくる前」には見えていなかった世界である。おそらくこれは前世の記憶があるからどうこうではなく、おそらくアンジェリカ・ドゥ・ドラローシュという少女が先天的に生まれ持った能力なのだろう。

 一応常に見えてはいるが、魔力の色に集中するとかなり鮮やかに見ることができた。

 あふれ出るオーラが大きければ相応に魔力量も多いのでは、という認識だが、まだ実際に確認する術がないのが現状である。自分のことも自分の手とか足とか見える範囲でしか確認できない上に、鏡越しだと色を見ることはできない。

 だいたいの人間が大小はあれ同じ色彩をしているのに対して、あの日、アンジェリカに駆け寄ってきた少女は違った。

 水の中に絵の具を混ぜたような色。それは決して汚らしい色合いではない。少女が潜在的に持つ魔力量が多いのか異常なほど広範囲に広がり、輝いて見えるそれはある種の芸術のようである。

 そしてそれは、自分の手から見える範囲で溢れる色と、似たような混ざり方をしていたのだ。

 その少女はアンジェリカに近づくなりこう言った。


「アンジェリカさまとお見受けします」


 と。

 その少女が誰なのか、そのときはまだアンジェリカは知らない。でも知らない誰かがアンジェリカの名前を知っていたとなると話は違ってくる。

 母か、父と交友のある貴族の娘? ならば今大半がアンジェリカのそばに居る。そうでなくとも両親いずれかと近しい人物の子供ならば、子供に着せるドレスに妥協などするはずない。

 そこまでを瞬時に考えて、ドレスが違和感しかないことに気付いた。型落ちならかわいいものだ。そもそもサイズが合っていない。

 となると次に思い浮かぶのは、虐待を受けている子供かどうか。しかしそういった所見はない。露出した顔、首、腕などに怪我、痣、それを隠すような化粧もしていなさそうだ。

 そもそも子供を虐待している親ならこの場に連れてこないか、もしくはドレスだけはごてごてに飾りたててくるはずである。なぜなら貴族は見栄を張りたがる生き物だから。形だけでも取り繕ってくるであろうことは目に見えている。

 では、次に思い至るのは「旅費補助対象」の貴族たち。名簿を確認した際に王都までたどり着けない可能性のある金銭難の家が、ざっと見ただけで十数件はあった。領主の浪費癖、不作、資金繰りが下手など理由はさまざま。

 それでもパーティに着てくるドレスの工面もできないのかと疑問は残るが、それは端に置いておこう。そういった補助対象の家は総じて、ドラローシュ家と面識がない、ということが重要なのだ。

 アンジェリカは社交の経験がこの第三王子の誕生パーティが初めてだが、アンジェリカの母は生前しょっちゅう夜会を開いたり出向いたりしていたので顔は広いほうである。けれども性格がアレだったもので、母が関わるパーティに金銭難の貴族を招待したことがないのだ。

 ではなぜこの少女は、アンジェリカのことを知っていたか?


「前世で「私」のことを知る機会があったなら簡単な話だろう?」


 様々な可能性を排除して、自分と同じ境遇であるのだと仮定して。

 ならば実際に会って、ギャラリーのいない場所で長く会話をしてみたいと思った。

 そうして少女と話をしてみて、確信に変わる。

 例えば歴史書だとか、例えば物語の中だとか。少なくともアンジェリカはこの世界のことを知らないが、この少女はアンジェリカのことを知っている世界線、もしくは時間軸から来たということなのだろう。

 そもそもティアラはおそらく、自分と同じくこの世界にとって異物である。それはティアラから溢れる魔力の色が、自分と同様であることで説明がつく。

 アンジェリカが元居た世界は今より科学技術が発展していたわけであるし、ティアラが元居た世界がこの世界の未来だったとしても不思議ではない。




「はえ……」


 アンジェリカさまのお話を聞いて、開口一番わたしの口から飛び出たのはなんともまあ、頭の悪い鳴き声だった。

 アンジェリカさまのことだから、わたしのその、オーラ? の色が見えた時点でわたしとアンジェリカさまが同類だとわかっていた。その上でわたしが虐待を受けていないかまで考えてくれて、且つ「もしかしたら自分は歴史上の人物か、またはフィクションの人物」で、わたしがそれを知っているというところまで考えていたのだ。

 わたしなんて、アンジェリカさまお優しかったな~、わたしの知ってる「アンジェリカ」とは違ったけど、くらいしか考えていなかった。

 そっか、アンジェリカさまも前世の記憶があるんだ。納得。


「アンジェリカさまの仰るとおり、あの、わたしアンジェリカさまのこと知ってました。でもそのことを思い出したのってアンジェリカさまを初めて見たあのときだったんです」


 そして突撃してから気付く。アンジェリカ・ドゥ・ドラローシュという人物は、わたしがやってた乙女ゲームの悪役ポジションのご令嬢だった、と。


「わたしが知ってるアンジェリカさまは、強い差別主義者っていうか。貧乏人丸出しな貴族とか平民とかにすごい攻撃的な女の子なんです。だからわたし、衝動的にお近付きになりたくて話しかけたはいいんだけど、「おともだち」とかそういう対等な関係は蹴られると思って」


 咄嗟に飛び出たのが「侍女になりたい」だ。けれどもこれも悪手だったと気付いたときには、口から飛び出した後だった。


「ああ、なるほど」


 アンジェリカさまはなんだか納得したらしい。どうやら、あのときのわたしもずいぶんな百面相をしていたみたいである。


「道理で、やっちまった、みたいな顔してると思った」

「うえっ、やっぱり顔に出てました!?」

「すごく出てた。顔色まで悪くなっていたし。気の毒なことをしたな」


 そういってくすくすと笑う。そう、わたしの知るアンジェリカさまは、こんなに穏やかに笑う女性じゃないのだ。


「アンジェリカさまも転生者だったんですね」

「そうだな」

「そうだったんだあ~~」


 なんだかいろんなことに納得した。やっぱりちょっと緊張というか、責められてるわけではないんだけど、そういうような雰囲気だったのだ。間違ったことをしゃべれば叱られそうな、というか。

 まあそんなつもりはなかっただろうけれど。


「驚いた?」

「それはもう! あ、ならアンジェリカさまも、このファンタジーな世界に戸惑ったりとかあったんですか?」

「うん? ファンタジー?」

「魔物が居たりとか、魔法が使えることとか! わたしにもオーラ? が見えるってことは、いつか使えるってことですよね! なんか楽しみだなあ」

「うん……うん……?」


 ん? なんか不思議そうな顔をしているな。

 わたしは何か変なことを言っただろうか。


「もしかしてティアラさんは、魔法が使えない世界線から来たのかな」


 うん??


「私は元々魔法使いだったよ。世界観としてはこの世界がもっと進歩したような感じかな」

「ほえあ……」

「元は軍人でね。この世界で言うところの魔物のような生物を掃討したり、治安維持が主立った仕事だった。冒険者と騎士を統合したような組織といえばイメージしやすいだろうか」

「アンジェリカさまは、もとからファンタジー世界の住人だった……? ていうか、ぐんじん……? えっ、じゃあ……」


 もしかして、軍のお仕事で殉職しちゃったってこと?

 さすがにドストレートに訊ねるのがはばかられて、声が小さくなってしまったが、アンジェリカさまは気にしていないようで、緩く頭を振った。


「ところが、趣味に没頭しすぎてね。寝食惜しんで作業をしていたら突然死してしまったんだ。まあ自業自得だな」


 わあ、コメントしづらい!

 けれども腑に落ちたというかなんというか。お父様がアンジェリカさまとわたしの会話に横槍を入れたときに感じた威圧感は、やっぱり上官とかそういう立場だったからこそだったのかもしれない。


「因みに、結構偉い人だったりしたんです……?」

「まあ部下を持つ立場ではあったかな。一応階級は少尉……一般兵よりは偉くて、上官の立場の中では下のほうだな」

「しょうい」


 軍隊の階級とか役割とかってよくわからないけど、尉官って確か結構上じゃない?


「そうご大層な立場じゃない、中間管理職のようなものだよ」

「でも、軍隊みたいな大きい組織の中間管理職って結構偉いんじゃ」

「まあ、一応小隊率いて戦場には出れる立場だったから、私には合ってたかな。それ以外にも結構好き勝手やらせてもらっていた」


 懐かしむような目で微笑んでいる。アンジェリカさまにとって、前世は過ごしやすい環境だったのかもしれない。


「わたしは……、わたしは実は前世のことあんまり覚えてなくて。この世界……というか、この間の王子殿下の誕生パーティのことは、わたしが好きだったゲームの公式エピソードを読んで知っていたんです」

「ほう、ゲーム……」


 アンジェリカさまの目の色が、わかりやすく変わった。

 めっちゃ興味持ってるじゃん。


「そう、この世界。わたしの記憶が正しければ、乙女ゲームの世界観と酷似してるんです」


 わたしは意を決して、わたしの知っていることについて話し始めた。



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