表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
6/38

6推しのおうち




 さて、約三十分ほどの空の旅の感想ですが。

 めっっちゃくちゃ楽しかったです。

 現場からは以上です。

 貴族に限らず高所恐怖症っていうのはあるもので、お馬さん程度の高さも怖がる人は怖がるらしい。男の子は馬に乗れることが剣を扱えることの次にステータスだったりするから、ベルチェット男爵家くらい貧乏でもない限りは幼いうちから教養として馬に乗る。馬程度の高さならばたとえ高所恐怖症だとしても克服できるであろう。

 しかし下手をすると死ぬ高さで恐怖を感じるか否かは、やはり素質が重要になるのだと思います。

 わたしは高いところはわりかし平気だし、他でもないパイロット(?)である執事さんが「安全」だと言っていたのだ。

 言うなれば、ジェットコースターの安全バーがちゃんと下がっていて、身体をしっかりと固定されているようなものなのだ。

 ドラローシュ公爵家が誇る騎乗竜、というだけあり、飛行中の安定感も抜群であった。上昇と着陸のときにちょっと圧力が掛かったが、飛行中はかなりの速度で景色が流れているのにも関わらず、ほとんど風を感じることはなかったのである。

 執事さん曰く、騎乗竜は風の魔力を自在に操ることができるので、搭乗者に風の抵抗をほとんど感じさせないようにできるのだという。めっちゃお利口。すごい。

 という具合に、あらゆることにテンションブチ上がりの貧乏男爵家の娘がすごいすごいと喜んでいるうちに、ドラローシュのお屋敷にあっという間にたどり着いたのであった。

 ちなみにだが、道中きゃっきゃと竜の背中で喜ぶわたしに、終始微笑ましそうにしていた執事さんである。わたしくらいの年齢のお孫さんでもいらっしゃるのかしら。だとしたらアンジェリカさまも同じくらいだと思うけれど。


「長らくお待たせ致しました。ドラローシュ公爵家に到着でございます」

「えっ! もう着いたんですか!? すごい!!」

「ほっほっほ、喜んでいただけて何より。騎乗竜もティアラ様を乗せることができて喜んでおりますよ。さて、着陸時少々揺れますのでお気をつけください」


 と、ここまでがわたしの初ファンタジー体験だった。回想おわり。

 騎乗竜から降ろしてもらって、お次の衝撃にわたしは呆然とつぶやいていた。


「でっか……」


 推しのおうちが、もんのすごくでっかい。

 お城を見上げたときを思い出したほどである。一家族が住むにしては大きすぎるどころではない。

 そしてわたしにはアンジェリカさまの事前情報があるわけで。


(アンジェリカさまは五つの頃にお母さんを亡くしてて、このお屋敷にはお父さんと二人暮らしのはずだよね……? でも、原作のアンジェリカとわたしを招いてくれたアンジェリカさまってもはや別人だし、お母さんは生きてるかもしれないのか。それにしたってでかくない? こんなに土地面積いらなくない?)


 王都の屋敷でこの大きさなら、領地にある屋敷はどれくらい大きくなっちゃうんだろう。

 ちなみにだが、ドラローシュ現公爵が城での仕事に忙殺されており、地方にあるドラローシュ公爵領はまた別の人間が管理している、らしい。

 ……という、ふわっとしたのが公式設定である。

 ということは祖父母はすでに他界していると考えていいだろうか。少なくとも、領地があるのに前公爵と王都の屋敷で同居する意味はない。


(ま、公爵くらい爵位の高い貴族になれば、王都の屋敷に二人暮らしで使用人が数百人いたって不思議じゃないか)


 つい屋敷の大きさに気圧されて思考の海に逃避してしまったが、よくよく考えなくてもそういうことだろう。騎乗竜は外で作業していた使用人さんに引き渡し、一仕事終えた竜はなんだか誇らしそうな顔をして使用人さんの後についてのしのしと歩いて行ってしまった。

 そして入り口の扉が開き屋敷の中へと案内される。

 そういえばわたし、こういうときのお作法とかなにも知らない。


「お、おじゃましまーす……?」

「そう畏まらなくても構いませんよ、ティアラ様」


 急に不安になってしまったが、ベルチェット家のことをよく分かってくださっているのか、わたしがまだ五つということを考慮してくれているのか。どうぞこちらへ、と言って、広いお部屋に案内してくれた。

 大きな丸テーブルがひとつに、椅子が二脚。そのほかには季節の花や調度品が室内を飾っている。急な訪問なので、アンジェリカさまはこのお部屋にはいらっしゃらないようだ。

 執事さんが椅子を引いてくれて、促されるまま腰掛ける。すっごいふかふか。クッションの手触りもすごい。これはあれだ、ただでさえ頭がいいほうではないのに、さらに語彙が溶けていくやつだ。


「アンジェリカお嬢様をお呼びして参ります」


 執事さんが一歩下がって一礼し、そのまま部屋を出て行ってしまった。とたんにしんと静まりかえり、なんとなく居心地が悪くてあたりに視線を泳がせた。


(なんだろうな……なんか……、静かすぎない……?)


 公爵家といえば、すごくお金持ちというイメージが強い。そう、この居心地の悪さはおそらく「違和感」だ。

 ベルチェット男爵家は、言うなればほんのちょっとだけ裕福な庶民とほとんど変わらない。住んでいる屋敷が庶民の家よりちょっと大きくて、一応、毎日三食ご飯が食べられる。おなかいっぱい食べられるかと問われたらそうでもない。ただそれだけなのだ。

 なぜならベルチェット男爵家は、一応領地持ちの貴族なのに、貧乏だから。

 という大前提で、貧乏人の考える大貴族さまとは。おうちが広くて、お抱えの使用人がすごくいっぱいいるのだろうな。そんなものではないだろうか。

 ところが、だ。

 まだ幼いとは言え公爵令嬢が招いた客人というのが、今のわたしだ。

 それが誰もいない部屋の中で、お嬢様が来るのを一人待たされている。

 この待遇に不満を持ったわけではない。わたしにしてみれば、貧乏男爵家の小娘なんです、接待とか必要ないです構わないでくださいお願いします、とこちらからお願いしたいところなので、この現状はむしろありがたい。

 けれど、公爵家にとってはどうだろう。客人を放置するなんてことを、客が許しても主人が許さないのではないだろうか。


(そもそも、人の気配がなさすぎる)


 この部屋に案内されるまでに、たった一人にもすれ違っていないのだ。

 使用人が客人の目に触れないように? わたしが、人を雇えない貧乏男爵家の娘だから考慮して? そういう気遣いでは、おそらく、ない。

 人の往来がほとんどない故の、耳が痛いほどの静寂。

 ほんとうに、この屋敷の中に人がいないのだ。


(なのに、調度品はとても豪華)


 むしろ嫌みなほどにごてごてとしていて、あまり上品とは言い難い。見た目も統一感がなく、生けられた花より目立つ花瓶代わりの陶磁器、凝った意匠のキャビネット、使用用途不明の豪華な黄金のオブジェ、でっかい金と銀の聖杯、などなど。ひとつひとつは確かに高価だろうが、とにかく見た目がうるさい。


(なんというか、ちぐはぐだ)


 たしかに。

 わたしが知っているドラローシュ公爵家の「公式設定」では、アンジェリカの浪費癖で、現公爵は毎日忙しくしている。

 そして公式サイトで公開されていた「裏設定」では、アンジェリカの母親も浪費家だった。

 もしかして、それが原因で人を雇えないとか。


 そんな無礼なことを考えていたら、がちゃりと少し乱暴な音と共に、少女が扉の向こうから現れた。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ