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36件の子供






「おかえりアンジェ! 領地の件、すべてを任せてしまって悪かったね」

「ただいま戻りました、お父様。わがままを言って領地のことを任せてくださってありがとうございます。ほとんど解消致しました。あとは領主代行に任せて参りましたので、舞い戻ってきた次第ですわ」

「王子殿下、ティアラ嬢も、娘に付いて領地までご足労頂き感謝の言葉もありません」

「とても良い経験ができた。こちらからも感謝するよ、ドラローシュ公」


 という社交辞令というかなんというかを聞きながら、さっきからわたしの視界はずっと自分の足である。頭を下げて膝をちょっと落として、スカートの裾をちょんと持ち上げた姿勢のままキープ。地味にきついですねこれ。

 公爵さまからお声掛けいただいたのだから返事すべきか迷うところですけれど、これってほとんどロックスさまに向けられた言葉なのでわたしは沈黙を貫くまでである。

 で、お姉さまたち、というか、お父上はというと。

 笑顔を浮かべながらなんかすっごく冷や汗をかいていた。

 そんなに奴隷が重荷になっているのか、どう切り出したもんか探っているというか、そんな空気をひしひしと感じます。

 そのおかげで、わたし含め同行したメイドのエミリーさん、お姉さまのお迎えに集まった使用人のみなさん、ずっとお辞儀の姿勢を強いられているのであった。


「そ、さ、ええと」

「ごほん」


 かける言葉のボキャブラリーもなくなってきたらしいお父上に、さっさと本題に入れとばかりに執事さんが咳払いをする。

 ……このひと、お姉さまのお父さんだし公式設定で仕事ができるお方なんだけれど、どうも尻に敷かれるタイプっぽいんですよね。ちらりと表情を盗み見ると、なんかもう可哀想なくらい顔色が悪かった。


「……帰路、長旅で疲れただろう……今日はもう……」


 休んで明日また話そう。

 そう言って問題を先延ばしにしようとし出した。

 というかそう言おうとして、お姉さまの顔を見て言葉をなくしていた。


(あーあー……可哀想……)


 領地でもやってましたね、アンジェリーナさまによく似たかんばせでにっこり笑うやつ。わたしたちも何度か拝見したけれど、この笑顔すっごい威圧感あるんです。

 これ、下手に癇癪起こして喚き散らしたり怒鳴り散らかしたりするよりよっぽど怖い。しょうじき幼女がやっていい顔ではないと思う。

 わたしたちにとっても怖いのだから、アンジェリーナさまの理不尽に晒されてきたお父上にとってはもっと怖いのではないだろうか。


「三ヶ月と少し、領地でたくさんのことがありましたのよ。ぜひお父様に聞いていただきたいわ。爺、お茶の用意を。ろ……王子殿下とティアラも一緒に、わたくしたちとおはなししましょう。いいでしょう? お父様」


 埒があかないと思ったのか、場所を変えるぞ、という指示をし出した。

 執事さんが深々とお辞儀して、いつもの応接間に案内される。使用人さんたちも流れで解散である。よかったね。

 そしてぱたんと扉が閉じて、広い部屋のなかにいつもの面子とお姉さまのお父上の四人だけになったのを確認してから、お姉さまはこっそりとため息を吐き出した。


「あの、えっと、アンジェ、あの」

「……奴隷を譲渡されたと伺っております。今は爺に預けて部屋に軟禁しているとか」

「なんでそれを」

「お父様。わたくしたちは行楽で領地に向かったわけではありません。そしてお父様も領地の問題に構っていられる状況ではなかったでしょう。近況を報告し合うのは当然では」


 でもお父上が知らないということは、執事のほうとやりとりしていたに決まっているだろう、と。先ほどとは打って変わって低い声で淡々と暴露した。お父上のほうは汗をかいたり青くなったりとお顔が忙しない。


「隣国との問題が一段落したことも爺から報告を受けております」

「はつみみ……」

「言っておりませんでしたからな」


 がちゃり、と執事さんが入ってきて、テーブルに人数分のお茶を用意してくれた。そして椅子を引いて、まずロックスさまに座るように促す。


「レイブン……おまえ……」

「お嬢様のほうを気になさっている場合ではなかったもので、報告を控えておりました」

「因みにだがドラローシュ公、僕たちは知っていたよ。その執事が公に報告してないこともね」

「なんですって……」


 衝撃の事実の連発で前後不覚になっているお父上を最後に座らせて、執事さんは斜め後ろに立つ。

 なんだろうな、ほんとうに可哀想。ここまで仲間外れにしなくてもいいのに。

 とは思うが、この反応を見る限り順当な扱いのような気もしてくる。このひと公爵さまなのに、執事にもいじめられているようだし。


「まあ過ぎたことです。このまま残った問題も片付けてしまいましょう。言っておきますけど、購入したわけでもないものを頭ごなしに怒ったりしませんわ」

「聞いた限り、不可抗力だろうことは僕らもわかっているよ。下手に断ったら国際問題だ。そうなったら公の沽券にも関わるだろう」


 外務大臣としての手腕とかそういうのに関わってくる。奴隷ひとり受け取るだけで波風立てないでいられるならば、それに越したことはない。

 アンジェお姉さまがちゃんと理解してくれていることにあからさまにほっとした顔をして、お父上はようやく肩の力を抜いた。


「……レイブン、子供をここに。私は契約書を持ってくる」

「畏まりました」


 ようやく進展しそうでなによりである。目上のひとがいなくなったことを見計らって、わたしは急いでお茶に口をつけた。


「おいしいー……」

「ティアラもお疲れ。黙ってるだけもしんどいよねえ」

「それもあるんですけど、公爵さまがここまで……なんというか、優柔不断なのも驚きといいますか……」

「母に逆らえなかった弊害だな」


 そのお母上似のお顔で公爵さまを威圧したお姉さまがなんかおっしゃってます。お茶菓子までもりもり食べて一息ついた瞬間に、がちゃんと扉が開いて執事さんが戻ってきました。


「お待たせいたしました……おや、旦那さまがまだでしたか」

「その子が件の奴隷なんだね、めっちゃ痩せてる」


 そんでまたずいぶん傷だらけですね。しかしカラーリングをみる限り、まちがいなく攻略キャラのジョンさまです。

 くすみがかった緑の髪に、真っ赤な瞳。


「吸血鬼の亜人か」


 ひとめ見て、お姉さまが珍しそうに言う。

 そうなの? わたしはじめて知りました。


「そのようですな。奴隷商が珍しいのだとかなんとか、嬉嬉として話しておりました」

「公爵が初耳みたいな顔してるけど」


 ロックスさまが明後日の方向を見た。その先には丸めた紙を持ったお父上がいらっしゃる。


「旦那様が奴隷商から聞いた話のはずですがな」


 さしもの執事さんも呆れた顔を隠しきれないようだ。ロックスさまだけはお父上の表情から事情を察したらしく、なんかなま暖かい顔をしているけれども。


「まあ、あの、はい……これが契約書だよ……」


 そう言いながら、お父上が机に紙を広げる。奴隷になるひとの署名だけがすでに済まされた契約書だ。

 名前は、「ジョン・ドウ」

 その隣に、掠れた血のあとがあった。血判である。

 まるで無理矢理押させたような掠れかただった。

 お姉さまが紙切れに指を這わせながらまじまじと観察している横で、ロックスさまがお父上に無邪気な質問を投げかけていた。


「なんで公は自分の名前を書かなかったんだ?」

「ちょっと奴隷商が言っていたことが気になりまして……」


 なんか思っていた切り口と違うな?

 わたしもロックスさまたちの方へ意識を向けた。ロックスさまもちょっとそう思ったようで、少し面食らったような顔をしている。


「あの子供はアンジェと歳が近いから、アンジェにどうか、と言われたのです。どうも……アンジェならこの奴隷を気に入ると自信満々の様子で」


 そしておそらく、原作アンジェお姉さまなら確実に気に入っていた。ペットポジションに据えて、常に持ち歩いていたくらいなのだから。


「もちろん、アンジェがいらないと言うならば私が主人になるほかないでしょうけど……一応アンジェを通そうと思いまして。ただ……」

「ただ?」

「……レイブンがアンジェに伝えていたことを知らなかったので……どう話を切り出したものかと……」


 そして話の持って行き方によっては、アンジェお姉さまにブチ切れられるであろうと思って勝手に怯えていたわけである。

 確かに、喜ぶと思って隣国からもらっといたよー、みたいな言いかたでもしようものなら、お姉さまも静かにキレ散らかしていたかもしれない。

 そうなっていた場合、このお父上ではちゃんと誤解を解くことはできないだろう。


「なんというか……杞憂で済んでよかったね……?」

「全くです……」


 執事さんが「私が報告していたおかげですな」みたいな顔をしてらっしゃるけれど、もとはと言えば執事さんがアンジェお姉さまと文通してることを報告しなかったせいでもあるんですよね。

 まあでも、ふつうに友達同士の手紙のやりとりみたいな文通をしていたので、伝えなくて正解だと思いますけども。

 ダンジョンに遊びに行ったとか、領地の地下に悪魔が封印されてたとかそういうやつ。


「心外ですな。私は「お嬢様から改善傾向にあると報告があった」と旦那様にお伝えしていたのですが……」

「あ~、そのときにもうちょっと問いただしておけば、執事とアンジェが文通してたことに気づけてたかもねえ」

「えっ……文通……? 報告ではなく……?」

「あれは文通だったよ」


 もう終わったことなのでぶっちゃけ放題である。ついに娘の婚約者にもいじめられるようになっちゃったけど大丈夫だろうか。

 この喧噪にお姉さまは呆れかえったような顔をしてらっしゃるけれど、奴隷少年のほうは耳に入っていないのか理解ができていないのか、くすりともしなければ、連れてこられたときのままの格好で、立たされた位置のまま斜め下を向いているだけだった。


「アンジェからの手紙をあとで私にも見せるように」

「それはもっと早くおっしゃるべきでしたな。機密に触れる内容が多々あった故、読んだらすぐに焼却処分いたしました」

「因みにこちらで受け取った手紙もすべて処分済みです。過ぎたはなしはもういいでしょう」


 お姉さまがぴしゃりと言い放って、このおはなしはおしまいである。ようやく本題のジョンさまに全員の意識が向く。


「私は執事から、奴隷を譲渡されたとしか聞いておりませんでした。健康状態があまりよくないのと、ずいぶん裂傷が多いようですが」

「ああ……、これでも商人が連れてきたときより幾分かマシになったほうだよ。半月前は傷が膿んでいたし清潔でもなかった。食事だが……」


 そう言って、言いづらそうに執事さんを見る。


「侍女が促したらパンと水を少し口に入れたくらいで、自発的に食事をすることはほぼありませんな。与えたものもほぼ残っているそうです」


 さきほど吸血鬼の亜人と言っていたし、もしかしたらわたしたちと食事が違うのかもしれない。未だ考察の域を出ませんが。

 本編のジョンさまもずいぶんと痩せていて背丈も低いのだ。見た目は完全にショタ。

 公式でのキャラクター説明では、アンジェお姉さまの奴隷で食事もろくにとらせてもらえないため、栄養失調だから背も低いみたいなことが書いてあった気がする。

 でもそれって、「吸血鬼だから」が一因なのだとしたら。


「亜人についての理解がドラグロードにはあんまりないからね。もしかしたら食事が僕たちとは違うのかもしれないね」


 わたしのこういう思考はすべてロックスさまに筒抜けなので、わたしの顔をみたロックスさまがわたしに代わって発言してくれる。


「……って思ったけど、そうではないみたいだね」


 そしてロックスさまがすぐ否定した。目線はジョンさまに向いている。

 と、いうことはですよ。このなにも考えていなさそうなお人形は、ちゃんと思考ができているということだ。


「なら食事をとらない理由はなにかな」


 ロックスさまの問いかけには答えない。ロックスさまも、困った顔をして首を傾げた。


「う~ん、わかんないなあ」


 理解ができないのではなくて、読みとれないといった感じである。


「自分の思っていることを形にするのが苦手みたい」


 だから、食べ物が違うの? って言われたら「違う」って心の中で思えたけれど、なんで食べないの? って言われたらどう表現していいのかわからなくなっているようだ。

 YESかNOかで答えられる質問のほうがいいのかもしれない。

 まあ、どちらにしろ発言をしてくれないので、ロックスさましかわからないだろうけれど。


「ええと、殿下……、彼はなにかしゃべっていましたか?」

「いいや? 僕は他人よりちょっとだけ洞察力がいいだけだよ」


 そういうスキルがあるのかもしれない、と言ったところでお父上には通じませんからね。下手したら「スキルってなに?」って言われてしまうかもしれない。概念がないものを説明するのは難しいものです。

 そもそも実際にそういうスキルがあるということも、持ってることも確認できたわけではないのでね。

 そんなロックスさまたちの会話をききながら、お姉さまは契約書を手にとってジョンさまに近づいていく。


「生命力がずいぶん希薄だ。この子供はきっと死にたがっているだけ」


 そう言って、お姉さまがジョンさまの前でしゃがみ込んだ。下から見上げるように顔をのぞき込む。この光景にお父上は絶句して、ロックスさまに片手で制されていた。


「私の名前はアンジェリカ。おまえの名前を教えてくれるかな」







ロメオ「そ(れで)、さ(て)、ええと(もう言葉がない)」


執事「ごほん(はよせえ)」


アンジェ:にっこり(はよせえ)

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