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34五百年前のはなし






 その悪魔がこの世界に呼び出されたのは、隣国とドラグロードが戦争していた時代で、特に過激だった頃である。

 当時からドラグロードは高い武力を有しており、故に他国からの干渉がほぼない国だった。

 戦争なんて仕掛けてくるのは、隣国くらいしかなかったのである。

 さらに前時代のドラグロードは、領土拡張のため侵略戦争などよくあることだったけれど、ここ最近ではそういうこともない。また、件のお隣さん以外の国からも戦争を仕掛けられるようなこともなかった。

 それくらい大国だったのである。

 それなのにどうして何度負けても再びドラグロードに突っかかってきたのか。

 それでもまだ、勝算があったからだ。

 お隣さんは、ドラグロードよりも武力ではなく魔術で優れていた。

 質の良い魔法使いは、一人で戦車一台くらいの戦力があった。

 それを何人も揃えていたお隣さんは、何度戦争に敗れてもまだ「ワンチャンある」と信じていたのである。

 その当時、お隣さんはある計画を練っていた。

 悪魔を軍事兵器にすること、である。

 お隣さんは魔術が盛んで、魔力の多い者がたくさんいた。

 悪魔を飼い慣らせると本気で信じていた。

 そして、長い努力の甲斐あって、ついに悪魔を一体召喚することに成功したのだ。


 それが、いま、アンジェリカたちの前にいる「封印されていた悪魔」である。


 そのことにお隣さんの王様は大歓喜。まずは力を示せと傲慢な態度で命令する。喚び出された悪魔も、低い姿勢でにこにこしながら、その王様のご命令を聞いてやった。

 そして最前線に赴くと、ドラグロードとお隣さんの兵士を一瞬で壊滅させてしまったのだ。

 悪魔には自国と敵国の兵士の区別なんてついていなかった。

 自国の兵士も大量に殺されたというのに、たった一体で核兵器並の威力を誇るその強大さのほうに喜んだ王様は、ますます調子に乗ってしまう。

 そのまま、ドラグロードを滅ぼせと命令したのである。

 ところが。

 悪魔は狡猾な生き物である。最初の「小手調べ」の時点で、悪魔へのお願い事はもう果たされたと解釈したのだ。

 まず王様の身体を依代として乗っ取り、お城の中にいた人間を殺して回ることにした。

 悪魔にとって人間はおもちゃとそう大差ない。突けば壊れるお人形。

 ひと月ほどかけて国中を一通り蹂躙してから、生き残りとかそんなの気にもせず「そういえば依代が、ドラグロードを滅ぼせとか言っていたな」と思い出したので、次の目的地を決めた。

 そのころには前線で戦っていたドラグロードの兵士の生き残りが、自国に戻りこの脅威のことをしっかりと国王に伝えていたのである。

 だからってどうにもできないほど強大な力であることは間違いないのだが、国境付近の国民の避難等はできていた。

 そして、偶然その国境付近の人里で、強い光属性の魔力を持つ女が見つかったのである。

 そんなことはつゆ知らず意気揚々とドラグロードにやってきた悪魔は、ドラグロード王国の全面的バックアップもあり、貴族階級でもない一人の女によって倒された。

 そこに至るまでたくさんの犠牲があったはずだが、後生の世に語り継がれてはいない。

 お隣さんの王様の皮を被っていた悪魔は、光属性の魔法によりその生皮を剥がされ一冊の本に封じ込められることになる。

 その本は教会で保管されていた、元々は濃い魔素溜まりを浄化するための詠唱文を記した、古い古い本だった。

 これにより悪魔の脅威は去り、当時のドラグロード王はその女の名誉を讃えた。

 王子と結婚することを許し、悪魔を封印した地を領地として与えることにしたのだ。

 それが、ドラローシュ公爵家の興りである。


 で、その悪魔はというと。

 アンジェお姉さまの前で土下座をしながら、歴史を説いているところであった。


「へえ」

「あ、お姉さま興味なさそう」

「毛ほども興味ない。ところで遺言はそのくらいでいいか?」


 結局どう転んでも、諸悪の根元に代わりはないのだ。

 アンジェお姉さまが指先に魔力をこめるのを見て、悪魔は焦って声を上げた。


『お待ちください! まって、お役に立ちます! ほんとに』


 必死に命乞いをしている。ロックスさまもわたしも、可哀想なものをみる目を向けているが構っていられないようだ。


『それにそれに、悪魔は強い者には逆らいません! 決して貴女様を裏切るような真似はいたしません!』

「嘘くさ~い」

「ほんとかなあ」


 わたしたち、というかロックスさまもすっかり調子を取り戻しており、ちょっと離れた位置から茶々を入れる。


「だって五百年前に負けて封印されたのに、ドラローシュを呪うようなことをしてまで自力脱出しようとしてたんでしょ? 封印解いたあとはどうするつもりだったの? アンジェに悪意を向けてたってことは、報復する気満々だったんじゃないの?」

『うぐう』


 ロックスさまに言われて、ぐうの音は出たようだ。


『あ、あの時は忌々しいあの女、王国の魔導師と兵士どもと我が遊んでいる隙を突いて、我を倒せぬから封印などという姑息な手段に出たのだ!』

「遊んでるほうが悪くないですか? 慢心してたらやられちゃったってことでしょ。超自業自得じゃん」


 まあ、そうは言うけれど気持ちがわからなくもない。確かに悪魔にとって、人間は何人束になろうと負けるはずのない下等生物だ。

 封印を破ったばかりだからといって、たったひとりの人間に悪魔が負けるなんてことあってはならないのだ。


『ううう……そもそも、そこな二人の魔力は相当強いし、片方は光属性の魔力持ちではないか……。受肉していない我がいまここで暴れたとて、ぼこぼこにされるのが関の山だということはわかっているのだぞ……。というか、ほんとに、ねえ。どうやって我を凌駕したのだ、ですか。そんな魔力量で……』


 アンジェお姉さまの方をちらちらと見ながら、悪魔は言う。わたしたちもアンジェお姉さまを見た。


『ドラローシュはその……大変むかつくので、子孫は年々魔力が枯渇しろ~~って思ってはいて、なんか、その通りになっていったようなんですけど……』


 お姉さま、前に「自分のスペックは高くない」とかおっしゃってませんでしたっけ。


「失礼な。これでも増えたほうだぞ」

『いえその、貴女様の魔力量で我に勝つとか、その、ぜったいむり、なんです、けど……』


 だからこそ、この悪魔はお姉さまに対して攻撃的な態度を取っていたのだろう。本来ならこの領地に来て一週間も滞在すれば、お姉さまの性格は醜く歪んでいたかもしれないし、ここに来ようなんて思わなかったかもしれない。そもそも悪魔から向けられる魔素から身を守れないからだ。


「あーんじぇ」


 どゆこと? とまぶしい笑顔でロックスさま。


「魔素で代用しているからだ」

「そんなんできるの?」

「もともとそういう研究をしていた」


 お姉さまは答えながら、面倒くさいことを口走るな、という目で悪魔を見据えている。

 でもお姉さまの性格上、魔力が少ないというのはコンプレックスにはならないだろう。なぜ説明を嫌がる、というか、面倒くさがるのだろうか。

 ついじっと見つめてしまったら、お姉さまはわたしの意図を読んだらしい。


「そもそも「能なし」という言葉を社交界で聞かなくなったのは、おそらく母かさらに前の当主が意図的に消したからだろう。そもそも「これ」は母のコンプレックスだった。ならば、それ以前の当主にとってもコンプレックスだったことだろうな」


 低い位の貴族を指して、能なしと馬鹿にするだけだったらよかったのかもしれない。

 けれど、その能なしが公爵家ほどの大貴族だったなら話は違ってくる。


「なるほど」


 そしてわたしの中でもひとつ合点が入った。

 アンジェお姉さまは「他人の魔力を可視する」スキルを持っている。

 ということはつまり、本編のアンジェリカも、自分の魔力が異様に少ないことを知っていたということだ。

 だから、王子殿下の誕生パーティで初対面の主人公に、あそこまでキツく当たったのだろう、ということ。

 アンジェリカエンカウントは、別にわざわざ待ち伏せしていたわけではないのだろう、ということ。

 悪魔目線でも主人公と王子殿下の魔力は高いのだ。アンジェお姉さまの視点において、わたしたちは天に届くほどのオーラをまとっているように見えても不思議ではない。

 きっと、いやでも目に入ってしまう。

 ほんとうにゲームのなかのアンジェリカは、主人公のことが嫌いで嫌いで憎たらしかったのだ。

 でもそれを知らない、ただ悪役令嬢がツンデレなのではないかと思っていたいちプレイヤーだった「私」に、アンジェお姉さまは配慮してくれたというだけなのだ。

 知ってしまったいまは、確かにちょっぴり物悲しい。


「さて、与太話はこんなものでいいだろうか」

『ああああお待ちください後生ですから!!』


 そして振り出しに戻ってしまう。


「でもほんとに信用ならないんですよ。もう五百年もこっちの世界にいたんだからもうよくない? そろそろ成仏しましょうよ」

『その五百年を我は本に封じられていたのだが!!?』

「でもさあ~、五百年前の王国の脅威なわけだし、このまま見逃すとかできないんだよねえ」

『も、もうしないもん! 我もうそんなことしないもん!!』


 すごい必死。逆におもしろくなってきた。

 でも悪魔は精神生命体である。こちらに留まるためには依代がないといけない。

 じゃあ依代がなければどうなるのか。ここから逃げて、なにか適当な依代を見つけて代用するか、この場の誰かと契約して身体を乗っ取るか。もしくは悪魔の世界に帰るか、だ。


「どれもわたしたちにメリットないですよね」

『それは後で見出せば良いではないか!!』

「必死だなあ」


 どっちにしろ、ここで殺さなかったとしてこいつを監視しておくためには、やはりなにか入れ物が必要になる。


「どうするアンジェ」

「面倒だな……」


 結局、ほこりに頭をこすりつけて土下座し続ける悪魔は殺さないことになった。悪魔の言葉が、今のところは本心である、とロックスさまがおっしゃるからきっとそうなのだろう。

 で、入れ物なのだが。


「スライムかなんかでよくないですか」

『すっ!? スライム!? あんな雑魚……あ、いえなんでもないです』

「ダンジョンでも湧くし湿地帯にもいるし、下手な魔物持ってくるよりお手軽かもねえ」

「ギドに頼んで採集クエストとして発注しておこう。それまではまた本に縛っておく」

『ああああああ』


 これにて一件落着である。

 ……たぶん。



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