32地下にあるもの
不穏回その2
ちょっとこわい表現あるのでご注意
領地の問題が落ち着いてきて、そろそろ王都に戻れるかな? という段階まできた。だからってわたしたちの年齢ではまだ社交界に出るわけじゃないから、そんなに急いで帰る必要ないんですけどね。
まあ、まだもうちょっと雑務はあるので帰らないんですけど、でも忙しすぎてやばい時期は過ぎたのも確かです。
ちょっと暇ができたから、こっちの屋敷の探検したいな。そんなことを言い出した。他でもないお姉さまが、である。
「アンジェそういうの興味ないんだと思ってた」
「基本は興味ないかな。でも地下に書物庫があるのが気になっていて」
「書物庫?」
ふつう、地下に書物ってあんまり置かない気がします。換気が利かない場所と本は相性が悪いから。虫干しとかしてるわけもないだろうし、だめになっている書物は多いだろう。
もったいない。
「読める本あると思う?」
「ほぼ絶望的だろうな。でも私が気になっているのはそこではない。以前ドラローシュ領は魔素が濃いと言ったことがあっただろう」
「あったねえ。だからダンジョンも多いんだって」
「その魔素が最も濃いのが、この屋敷の地下なんだよ」
そう言って、紅茶を一口。
「初耳なんですけど!?」
「言ってなかったからな」
「なんで言わないのさ」
「言ったら気になってお仕事にならなかっただろう?」
わたしたちが矢継ぎ早に疑問を投げつけたが、けろりとした様子のお姉さまにそう言われて言葉に詰まる。
それはそう。ごもっともだからだ。
でもですよ、ドラローシュ領の魔素が濃い要因がそこにあって、しかもわたしたちそこでふつうに寝泊まりしてるんですよ。
まあ、お姉さまも落ち着き払っているのだし、たぶん人体に悪影響はないんでしょうけれども。
「この魔素に悪意が滲んでいるのがどうも気になっているんだ。まるで何かを呪っているように。そう、たとえば。長く当てられれば性格くらいなら歪ませることができそうなほど」
「いや悪影響あるんかい! お姉さまそういうの後出しするのほんと勘弁してくださいよ!」
「全体に広がっていた悪意の感情が、屋敷に踏み込んだときからひとつに収束したように私に刺さってきている。きっとドラローシュの血に何かあるんだろう。だからたぶん、私がいればおまえたちにはなにもないと思って」
その、得体の知れないクソデカ感情の避雷針になっていた、ということだ。
三ヶ月も、わたしたちに黙って?
聞き流せないはなしである。それはロックスさまも同じだったらしい。
だってそれって、アンジェお姉さまが少なからず現在進行形で危険に晒されているということだ。それに対して、当事者が一番けろっとしているのはなんなのか。
なんだろうこの、どこに向ければいいのかわからない感情は。
「アンジェ? ちょっとは気にしよう?」
「あんまり酷かったら考えていた。でもほんとうに、ちょっと不快なだけで害はないよ。今はな」
わたしたちはちょっと、そういうことを言いたいのではなくてですね。
でもなんて言葉にすればいいのか。
だってお姉さまは強すぎて、故に気にしないのだ。ドラゴンに襲われるようなことがあってもぜんぜん気にしてくれない。だってなんとでもできるから。
強者故の余裕が、わたしたちを振り回している。
「はなしを戻すが、ここの使用人たちはずいぶんと質が悪かっただろう。王都の屋敷も、母に近しい者たちはずいぶん性格が歪んでいたな。魔力を帯びた悪意は伝染する。私に視覚できないほど薄くても、長く一緒に行動したりすれば、確実に蓄積していく」
だが、お姉さまがここに来てから使用人さんたちの性格は柔和していった、ような気がする。
というのも、お姉さまが忙しくしている間、実はわたしは部屋を抜けて使用人さんたちとお話する機会が多かったのである。使用人さんたちのアンジェリーナさまの愚痴を聞きまくった。
けれども、会話自体はふつうでした。内容にはどん引きしたけれど。
「いまなんともないのって、お姉さまがぜんぶ引き受けてるから?」
「大いにあり得るだろうな」
「まって、おれアンジェの親戚」
ロックスさまはかなり薄いだろうが、ドラローシュの血が混じっているだろう。血になにかあるならば、ロックスさまも危険に晒されていたのではないか。
まあ、さすがにそこに気づかないお姉さまではなかった。
「実はロックスには少し刺さるかもしれないと思って、少し障壁を張って様子を見ていた。今は絶対防御の魔石を渡したし、解いているけれど。だが、ロックスのほうに意識が向くようなことはなかったな」
「ねえ、初耳」
「いま言った」
逆に言えば、お姉さまだからそよ風程度にしか感じていないのだ。ここでも格の違いを見せつけていく。
しかしそれはお姉さまだからであって、おそらく実際に過去の領主の性格は歪まされている。
ではその、性格が歪むかもしれないほどの悪意によって、なにが起きたか。
まさしくいま、お姉さまが領地にくる理由を、長年かけて作ってきていたではないか。
ここ何代かのドラローシュは、必要な資金をケチってまで豪遊したり、権力に異常なまで固執していたり。
アンジェリーナさまに至っては、ドラローシュの財産をただ食い散らしていた上、庶民、というか冒険者たちへ支払うべきものを蹴っていた。
使用人さんから聞いたはなしだが、まるで世界で一番偉いのは自分であると錯覚しているのではないか、というような振る舞いも多々あったらしい。
使用人さんたちのことも人間扱いしていなかったようで、それなら領民なんて虫けらと変わらなかったことだろう。
「な、気になるだろう?」
お姉さまは、わたしが思考の海から抜け出したのを見計らったかのように、そう言う。
ドラローシュを衰退させたい何かが、この屋敷の地下にあると確信しているから。
「蟲毒でも埋まってるんですかね……」
「なにそれ」
「そういう呪具ですね……」
毒蟲を甕の中に入れて、最後の一匹になるまで喰い合わせることで作る呪物である。たしかそういうのあった。ほんとうに、わたしのそういう知識はどこから得たものなのか。
そうやってできた一匹を、呪いたい対象の家の軒下に埋めたりして使うらしい。
その一族ごと呪うために。
「へえ~、こどく、ねえ。言い得て妙じゃん?」
これが蟲毒のようなものだとして、その正体はいったいなんだろう。ここまで手の込んだことをして、ドラローシュ公爵家を破滅に導きたいのはだれなのだろう。
見に行けばわかるだろうか。
それによっては、わたしの記憶が、ゲームのストーリーが。きっともっと鮮明になる。
「行くか?」
「行く」
きっと怖いからやめようとか言っても、お姉さまはひとりで確認しに行くだろうけれど。
そうでなくても、確かめずにはいられない。わたしたちにも見せてもらわなきゃ。
そんな重要そうなものなら特に。
わたしたちは部屋を出て、地下の書物庫へと向かった。
すれ違った使用人さんたちに誰も来ないように指示をして、目的地まで向かっていく。当たり前だけどすごく困惑された。
あそこはだれも掃除していない場所ですので、向かわれるのでしたら掃除してから……って、ちょっと焦っていた。
まあ、お姉さまがにっこり笑って黙っていたら、結局その使用人さんは謝りながら下がっていったわけだけれど。
お姉さま、ここぞとばかりにお母上に似ている顔面を使っていくなあ、と思ったのでありました。
そんなこんなを経て、結構スムーズにやってきた。
踏み込んだ地下室は、じめじめとしていて、本のにおいとほこりのにおいで満ちていた。
本はやっぱり酷い有様で、ちょっと背表紙に指をかけただけでべりべりと剥がれてしまう。とても読めたものではなさそうだ。
が、背表紙に書かれている文字を見る限り、小難しい政治に関するものとかそういうこともなく、先代の趣味が全面的に押し出されたラインナップが並んでいる。
ロマンス小説や冒険譚、ようは娯楽小説ばかりであった。
「うひい、酷いねえこれは」
一歩踏み出す度にほこりが舞って、思わずハンカチで口元を覆った。こうでもしないと病気になりそうだ。数百年分くらいほこりをため込んでいないか、これ。
見かねたお姉さまが、ぱちりと指を鳴らす。
「あ、ほこり舞わなくなった」
「きれいにしてしまうと、誰かが踏み込んだときに疑問を持たれてしまうからな。ほこりが舞わないようにだけした」
ということは、きれいにすることもできるらしい。まあ、掃除することすらあきらめるほどのほこりを蓄えた書物庫なのだ。それが急にきれいになったら不自然極まりない。
もふ、としたほこりの絨毯を踏みしめた。踏み心地は最低である。もふもふと踏みながら奥へ奥へと進んでいく。この部屋自体そんなに広くないのに、とんでもなく足取りが重かった。
そして、ずっと見えてはいた「そこ」にたどり着く。
果たして、書物庫の最奥には机が置かれており、その上に一冊、どこにも仕舞われていない本が意味深に置いてあった。
表紙が嫌につるりとしていて、本棚に入っている他の本とは違い損傷が見られない。
それどころか、この書斎机ごとほこりを被っていなかった。
「なんですかこれ、なんかすごい嫌」
なにが、かはわからないが、とにかくすごく不快である。
肌に刺さるような嫌な感じ。これが、お姉さまが言う悪意の感情とかいうものだろうか。
ロックスさまを見ると、顔色が悪かった。
一方お姉さまは、おもしろいものでも見たような表情である。
「ねえ、アンジェ。これってさ」
言い掛けて、ぱしりと乾いた音がした。
手を伸ばそうとしているお姉さまの、腕を掴んだ音だった。
制止している。ロックスさまが。
もうほこりは舞わないのに、逆の手で口元をハンカチで押さえながら。
あまり表情を読ませないロックスさまが、眦に涙を浮かべて、嫌だ、と。全力で訴えていた。
「触んないで、アンジェ、おねがい」
「これ自体に害はないよ。なにもできないようにされている」
「そうだとしてもやだ。もう戻ろうアンジェ、だってこれ」
必死に懇願している、その声はかわいそうなほど震えていた。
そしてロックスさまは、がちがちと歯を鳴らしながら、か細く言う。
「これ、にんげんのかわでできてる」
つるりと真新しい本の表紙が、どくりと脈打ったように見えた。
じつは先週お葬式でした
でも仕事のほうでタイミングが悪くて忌引のお休みが取れなかったので、こっちでセルフ忌引とってました




