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3ドラローシュ公爵令嬢




 夢をみる。


「少尉、○○少尉。……まだ起きているんですか?」


 だいたい視界いっぱいに広がるのは、机、ノート、キーボード。それと山のように積み重なった本があり、ディスプレイの光以外の光源は基本的に灯っていない。

 薄暗い部屋のなかのその景色を夢と気づく瞬間は、いつだって彼女の名を呼ぶ男たちの声だった。

 彼女がその名前を聞き取れたことは一度だってないが、それでも自らが呼ばれていることは理解できていた。


「いい加減寝ないと、いつかぶっ倒れますぜ?」

「問題ない。それにまだ三徹目だ」


 そう答える女の声は、いつだって感情がこもっていなかった。


「まだじゃないですし、もう五徹でしょ! そろそろ本当に死んじゃいますって」


 アンジェリカ・ドゥ・ドラローシュと名付けられ、公爵家に生まれた彼女は、俗に言うところの前世の記憶を持っている。


「……やめた方がいいですよ、それ。「魔法」で無理矢理覚醒させてるんでしょ?」

「ああ。これが完成すれば、お前たちも同じことができるようになるぞ」

「マジですかい!? おい、これはすげえことになるぞ」

「すごいのは分かりますけど!」


 かつての彼女は魔法が存在する世界で、軍人として生きていた。


 国同士の戦争もないことはなかったが、基本的には魔力素過給性急性凶暴化生物ーー魔物と呼ばれる化け物たちを掃討するのが軍の主な仕事だった。

 彼女は実力だけで尉官にまで上り詰めた軍人でありながら、自らの研究に没頭するような変わり者で、周りからは変人だとよく揶揄されたものだ。

 だがそれは彼女が「実力だけで少尉に上り詰めた」だけの実力があることにも起因している。

 彼女は魔法という技術を独学で極めた天才だった。

 自分の持ち得る技術を魔物の討伐に遺憾なく発揮し、ときには他国との戦争にも重用されるほどのものだった。いや、むしろ戦争のような対人戦に於いては過剰戦力ともなり得たほどである。

 高い魔力を有していたのは間違いないことだが、彼女ができることのほとんどが、不思議なことに他人には真似できないことだった。

 魔力だって魔法を使えば使うだけ成長するのは彼女にとっては常識だったし、炎や水といった元素系以外の魔法が使えるのだって当たり前であった。でも、まわりの人間は誰も同じ事ができない。

 そもそも魔法という概念が、彼女とその他大勢では違うのだ。

 彼女以外の常識では、魔力は才能によるもので成長の余地などないと思われていたし、炎だろうが水だろうが「適正魔法」というものがあり、多数の属性を操ることは基本不可能。その他の魔法、ようするに「呪い」と呼ばれる類の魔法や、能力上昇の補助魔法や怪我を治す回復魔法は「闇」やら「光・聖」といった別の分類をされていた。

 故に彼女が今、無理なく三徹(と言い張るが、本当は五徹である)を可能にしている魔法も、彼女以外の者たちには理解の及ばぬ領域なのであった。


「この間二時間くらい寝た」

「それぜんっぜん平気じゃないですよ!」


 因みにだが、二時間仮眠を取った前には三徹している。

 子供のようだが、今が楽しすぎて寝食にまで意識が回らないのが現状であった。

 生活リズムがぐだぐだになっている彼女が今腐心しているのは「未知」の魔法のメソッドを万人にも扱える技術へと昇華させることである。既存の魔法の概念を覆す挑戦の真っ最中だった。

 その日も彼女は軍議そっちのけで、軍に用意してもらった研究室に引きこもってキーボードをひたすら叩いている。

 軍として有用な技術を、魔術式という形で書き記す。彼女の頭脳では当たり前に解読できるその計算式は、やはり他人から見ると意味不明なものだった。

 しかしそれが魔法陣といった形にできれば「ほぼ」誰でも再現可能だということは、もう既に実証済みである。

 現に魔物の討伐に彼女が試験的に持ち込んだ元素系魔法の簡易発動陣によって、術者の適正魔法とは別属性で、且つ実力以上の威力を放つことに成功していた。

 余談であるが、そういった功績を軍部でも無視できず、昇級の話があがっているのだが……。昇級すると知識を現像する時間を削られることを嫌って、彼女が断固として拒否しているという困った事情があった。

 そうでなくとも過去はちゃんと軍議に出席していた故に、出向いたのが軍議ではなく尉官への昇級式だったという事件がある。

 そのせいで軍議すら蹴るようになってしまった。

 もともと軍議も、昇級の話も、上官が「寝ろ」「休め」「家に帰れ」と小言を言う良い機会だった。しかし、そもそも軍議に出席しないとなると上官と顔を付き合わせる機会も減っていく。

 そして残念なことに、部下の言葉は彼女にとって抑止力にはならない。

 実に快適である。

 軍議を蹴るだけで、彼女を止める者はだれもいない。まんまと魔法にものを言わせて集中力を持続をさせ続け、睡眠欲を押さえつけたまま没頭することができるようになったのだった。


 そして、今、「その技術」を魔法式に書き起こす作業を終えたところである。Ctrl+Sうわがきほぞんまで忘れずに。

 次はその魔法式を組み込んだ魔法陣を作成すれば、もう実用化は目の前である。

 手書きではなくパソコンのソフトを使えばすぐに描き終えることができるのだから、実質終わったようなものだった。


 これが実用されれば、眠ることを必要としない、集中力を切らすこともない兵士が量産されることになる。魔物の討伐だけでなく、普通の戦争に於いても我が軍は驚異になることだろう。

 彼女にしてみれば、夢が広がる! 程度だが、他者から見れば革命のような話である。休息を必要としないということは、夜の奇襲だとかその手の戦術がこちらに通じず、且つこちらは敵戦力が眠っていようがなにしていようが夜だろうが昼間だろうが関係なく攻撃に出られるのだ。

 しかし、睡眠ーーようは脳を休める行為は生命にとって必要不可欠なことである。

 こんな魔法をずっと行使し続ければ、寿命をがりがりと削り尽くす。

 せいぜい、実用化できても有事以外では非推奨、連続使用は三日くらいが限度だろう。自分のことを棚に上げて、ちらりとすみっこに注釈をいれた。


 しばし部下からの声を無視してディスプレイと向き合い続ける。それからどのくらい時間が経過しただろうか。

 ついに完成した。活動時間延長の簡易発動魔法陣。生物の、人間の脳の疲労を魔法にて極少に押さえつけ、睡眠を不要とする「新しい」魔法。

 達成感に「終わった!」と声を出して両手を上げた。

 そして彼女のからだは、そのままぐらりと後ろへと倒れていく。


「少尉? 少尉! 大丈夫ですか!」

「誰か軍医を呼べ、誰か」

「意識がありません、早く……」

「……! ……」


 なんてことはない。彼女は誰の目から見てもーーもちろん自分の目から見ても完全に自業自得なことに、趣味に没頭しすぎたことが原因で、若くして過労死などという最期を迎えることになったのである。

 落ちていく意識の中で、「さすがに五徹は無理があったか」そんな脳天気なことを思いながらの最期であった。



 そうして目を覚ます。

 豪華な天蓋が広がっていた。


「アンジェリカお嬢様、おはようございます」

「……おはよう」


 寝起きだというにも関わらず、ずらりと並ぶメイドたち。

 そのまま、朝のお支度、だなんて言って、寝間着を脱がされ身体を清められ、まるでお人形のお世話でもしているかのような手際の悪さで着替えさせられる。世話係こんなにいらないな、と思いながらも放置した結果である。

 そうしてふと思うのだ。「彼ら」はちゃんと、私の魔法理論を実用化させてくれただろうか。






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