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27トカゲの生首、おっさんの心労を増す



 気づいたらものすごくお尻が痛くって、目の前にドラゴンの生首があるというなかなかに最悪な目覚めをしたわたしたち。

 ギドは気絶していたし、わたしとロックスさまはお互いに寄り添うように眠っていたのだが、お姉さまは結局眠らずに本棚とかギドの仕事机の上の書類とかを一晩中見漁っていたのだそうだ。

 いや、寝てよ! って思うけれど、この部屋の惨状をだれかに見られたらまずいから、全員で寝こけるわけにはいかなかったのも確かである。

 意識を取り戻したギドがドラゴンの生首を見て、再び気絶しそうになったりと朝からすこしにぎやかだった。

 結局、ドラゴンの頭も素材もギドは引き取ってくれないという。


「ほんとに勘弁してください」

「別に買い取れと言っているわけではないが?」

「ほんとに勘弁してください」


 同じせりふしか言わなくなってしまったので、しかたなくお姉さまのマジックエリアに仕舞い直したところまでが今朝のダイジェストです。


「そいえばロックスさま、ドラゴンの素材とか王家に献上モノだって言ってましたもんね」

「……まあ、ねえ。アンジェが単騎で倒しちゃったとか、言えるわけないよね……」


 ロックスさまが頭をぐらぐら揺らしながら言う。

 アンジェお姉さまは冒険者ではないのだし、身分がかなり高貴である。しかも年齢的にまだ魔法を自在に扱えてはいけないのだ。

 結局、ギドに受け取らせることができたのは、ドラゴンから取り出せた魔石だけでした。それも結構無理矢理でしたけど。


「しかし、本当にあのダンジョンの三階層でドラゴンが出るなんてなあ」


 ギドが困ったように頭を掻いた。初心者向けと謳っているダンジョンなのに災害級の魔物がスポーンするとあっては、ダンジョンの推奨ランク詐欺になってしまう。


「今まで何度も踏破されてるし、ドラゴンに遭遇しただなんて報告なかったんだがなあ……」

「まあ、なぜトカゲが発生したかの予想はできるがな」


 本棚のそばで立ったまま、報告書の束を勝手に読んでいるお姉さまが、なんてことなさそうに呟いた。

 ほぼ独り言のような声量であったが、ギドの耳にはしっかりと届いたらしい。すごい勢いでお姉さまのほうを凝視する。


「……お聞かせいただいても?」

「ローガンも言っていたが……あのダンジョンは、最近ではほんとうに五階層くらいまでしか冒険者が潜らないんだろう」


 だからだ、とお姉さまは言う。わたしとギドは顔を見合わせた。

 因みに、ロックスさまはまだ微睡んでいる。寝起きはあまりよくないようだ。こんなに寝汚かっただろうか。


「そうすると、なんでドラゴンが湧くんです?」

「ダンジョンとはそもそも、魔素溜まりが迷宮化したものだ。魔素溜まりとはつまり魔物が湧き出る泉のようなもの。見た目は泉というより沼だがな。沼の濃度が濃すぎて、魔物を生成する以上の魔素が有り余っているところがダンジョンになる」


 宝箱のような景品まで発生するのは、一種の生存戦略なのだという。

 わたしが持っている光属性ーー聖属性の魔法は、この魔素溜まりを浄化することができてしまうらしいのだ。沼を浄化されないために、沼自身が人間たちに有用性を示した結果が、ダンジョン内の宝箱であるのだと。

 そういうと聞こえがいいが、魔素溜まりにとって魔物を生み出すのもアイテムを生み出すのも手間としては大して変わらない。もっと夢のない言い方をしてしまうと、沼にとっては呼吸や排泄とあまり変わらないのだとか。

 人間たちはダンジョンの老廃物で一喜一憂しているということだ。

 まあその老廃物のおかげで冒険者が集まるようになり、ダンジョン化できた沼は浄化されずに存続できる。さらに、自身が腹のなかで生み出した魔物を集まった人間たちが倒すことによって、適度に掃除してもらえるという利点付き。ダンジョンの中の秩序が保たれる上に、魔物やチャレンジャーが中で死ぬことによって魔素溜まりも成長できていいこと尽くめなのだとか。

 魔素溜まりの成長とはつまり、腹を広げてチャレンジャーや生成した魔物の収容数を広げられるということらしい。

 という様々な事情が折り重なり、魔素溜まりなりにわたしたちに歩み寄った結果、無事共存できたというわけだ。

 ところが、ドラローシュ領のダンジョンは過疎傾向にある。その上あのダンジョンは、五階層より深部に冒険者が立ち入ることがほとんどない。


「六階層以降で、おそらくスポーンできるキャパを越えていたのだろう。その上五階層より上に湧く雑魚は、生成するのにさほど魔素の消費を必要としない。魔素を消費したいのにできなくなる。すると、ダンジョンが自分で腹の中の掃除をするしかなくなるわけだ」


 魔物の生成ができずに溜まった魔素を使って、腹のなかにひしめいている魔物を一掃できるほど力のある魔物を、一体だけ生成する。


「だが、ダンジョンも人間同様生き物なので、極まれに「やりすぎ」てしまうことがある」


 腹のなかをちょっと掃除しようとした結果、ドラゴンなんて化け物を生み出してしまった。というのが、お姉さまの見立てだった。


「つまり、ダンジョンのうっかりでわたし死にかけたんですか?」

「別に驚異でもなんでもなかっただろう?」


 しれっとお姉さまはそうおっしゃる。正直言われると思いました。だからわたし「たち」とは言わずに、わたしに限定した言い方をしたんですけどね。ローガンなんかとくに、お姉さまに助ける気がなかったから死ななくてよかった。いまさらですが、ほんとうによかった。

 因みに、溜まりすぎた魔物を外に放流してしまう場合もあるらしい。ドラローシュ領の周辺に魔物が多いのはそれも原因のひとつかもしれない、とのことだ。ギドの仕事が増える増える。

 まあ、だいたい外に魔物を出しちゃうようなダンジョンは、そもそも力が弱いのだそうだ。大した魔物も出てこないし、自浄能力もないから強い魔物の生成もできないのだとか。安心していいのか悪いのか。

 そう考えるとドラゴンを生成してしまったのは、ある意味あのダンジョンの良心だったのかもしれない。

 ダンジョンに思考する能力があれば、のはなしだが。


「んん~……でもさあ、その割に三階層行くまでに遭遇した魔物、少なかくなかったっけえ……?」


 ぐでぐで。ブランケットに包まって完全に横になってしまったロックスさまが、寝言のような声音で質問してきた。

 確かに、一階層ではほかの冒険者がちらほらいたけど、道中では二階層で片手で足りるくらいしか遭遇していない。

 ドラゴンを生成するよりよほど低コストで生み出せるのだし、五階層までなら冒険者は降りていくのに。


「さっきも言ったが、六階層以降でキャパを越えていたからだ。そのキャパとはそれぞれの階層ではなくダンジョン全体で決まっている。下で湧きすぎたら、上で生成できなくなる」

「へえ~……」

「まあ、いずれにしろあれだけでかいトカゲだったのだし、あのダンジョンも溜め込みすぎた魔素の消費はじゅうぶんだろう。しばらくはあんな大物、生成できないだろうさ」


 また魔素が溜まりすぎると、どうなるかわからないけれども。

 でもこれからはドラローシュの冒険者ギルドも賑わう予定なので、あのダンジョンにも活気が戻るのではないだろうか。踏破報酬がしょぼいって話だったから、やっぱり最奥まで行かないかもしれないけれど。

 だが手付かずの六階層以降は、魔物の生成のほかに宝箱もたくさんあるだろうし、力のある冒険者は五階層よりもっと先を探索してくれるに違いない。


「まあそれが本当だったとして、三階層なんつう浅いところまで出てきた理由はなんだ」

「ロックスとティアラがいたからだろう」


 書類から顔を上げて、お姉さまは不思議なものをみる目でギドをみた。

 わたしたちもおんなじ目をお姉さまに向ける。


「なん……なんで?」

「魔物は高い魔力を持つ者に引きつけられる傾向があるからだが」


 常識じゃないの? みたいな顔だった。初耳ですけれども。

 つまりあの時のわたしたち、あのドラゴンには高級食材にでも見えていたということだ。あのぎょろりとした目を思い出して血の気が引く。


「とくにロックスもティアラも、魔力の保有量が一般の貴族と比べて頭抜けている。おそらくダンジョンの入り口でまごまごしていたときから、こちらに向かってきていただろうな」

「つまり、さっさと入ってちゃっちゃと三階層までたどり着いてぱっぱと出てきていれば、ドラゴンとは遭遇しなかったかもしれないんです?」

「そうなるな」


 まじですか。

 そう聞くと運が悪かったというべきだろうか。けれどお姉さまが対処しなければもっと惨事になっていただろうから、結果的にはよかったのか。


「その場合、トカゲがダンジョンを飛び出して、私たちを追いかけてきたかもしれないがな」

「うへえ」


 やっぱりお姉さまがダンジョン内で倒してくれてよかった。もし外まで出てきたら一階層あたりにいた冒険者数名は間違いなく命を落とす羽目になっただろうし、居住区までドラゴンが来ていたかもしれない。

 なにより倒した後の死骸に困る。ダンジョンだから人目に触れずに処理できたけれど、もしあれが外だったら?


「冒険者でもない、貴族の子供がドラゴンを倒しちまったと、大衆の目に触れていたかもしれないわけか」

「下手をしたら冒険者の有り様が問われるようになってしまう。貴族間でも、実力の伴わない子供をダンジョンに放り込む悪習が生まれてしまう可能性が出てくる」


 ドラゴンが大したことないと認知されるのもまずいけれど、たとえば。

 公爵の娘が視察先のダンジョンでドラゴンを倒したらしいぞ、しかもまだ七歳だっていうじゃないか。それなら自分たちの子供にもできるんじゃないかしら、だってもう魔法の勉強もやっているのだもの。やらせてみようか。ええそうしましょう。

 うーん、想像に難くないですね。

 それで事故に遭って子供が亡くなったとしよう。子供を死なせた護衛とか、ちゃんと止めなかった、もしくははやし立てた侍従とか。そういうひとたちに当たって罰して処刑して。でも子供が戻ってくるわけではない。

 で、お姉さまが放置している噂もあるので、最終的には「ドラローシュ公爵の娘の虚言」ということになるんだろうか。その虚言にまんまと躍らされたと社交界で嗤い物になるだけならまだいいが、ドラローシュに見当違いな恨みを募らせ敵を作ることになったら困る。主にドラローシュ公爵さま……アンジェお姉さまのお父上が、だ。


「まあ、私が扱う魔法がちょっとな」

「ちょっとじゃ済まねえんだがなあ」

「あんまり人目に触れると面倒だろう」


 なにせドラゴンの攻撃をものともしない防御力を誇り、首を両断できる高火力も備えている。

 どう見ても、貴族のお嬢様にはいらないスキルだ。お姉さまはもしかしたら、貴族に生まれないほうが幸せだったかもしれない。


「だがもう済んだことだ。ローガンたちにも見られずに済んだのだし、おまえが考えるべきは、あのトカゲの件をどう鎮火させるかだ」


 書類の束を机に置いて、お姉さまがこちらに戻ってくる。


「トカゲを生成できるポテンシャルを秘めていることが今回の件でわかったのだから、ダンジョン自体の推奨レベルを引き上げてもいいし、ローガンパーティに口止めして、トカゲの件を「なかったこと」にしてもいい。時間帯も夜だったのだから、騒ぎを聞いていた者も少ないだろう」


 そこらへんはギドが考えるべきことだ。ギルドを運営し、冒険者たちを率いるのはギルドマスターの仕事である。またお仕事が増えたね。

 胃痛がしてそうなギドには申し訳ないが、そこまではわたしたちのほうが面倒をみれないのだ。ダンジョンの奥からドラゴンを引きつけてしまったのは確かにわたしたちのせいかもしれないが、ドラゴンが生成されたこと自体はわたしたちのせいではない。遅かれ早かれあのダンジョンからドラゴンは出てきていただろう。


「……教会に厄払いの祈祷でもあげてもらいに行こうかな……」

「そんな心配せずとも、そんな暇はとうぶんないだろうな」



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