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26戦利品


 ギドはこの世の終わりの気分を味わっていた。

 ドラローシュの一人娘とベルチェットの才女、さらに王国第三王子のさんにんが、気まぐれにダンジョンに遊びに行きたいとか言い出したときから胃が痛かった。

 それなのになんだ。戻ってきたのはふたりだけ。ローガンパーティの、ローガン以外のふたりだけだった。

 そいつらは戻ってくるなり「ダンジョンにドラゴンが出た」と報告してきたのだ。ふたりは、ローガンと、あろうことか護衛対象をその場に残し逃げ帰ってきてしまった。

 長年ギルドマスターをしているギドである。おまえたちが死んでも貴族を守るべきだと言うつもりはない。ただ、今回彼らが置いてきてしまった子供たちは、正直自分とローガンパーティの命程度では到底釣り合わないほどの人物たちだった。


(なんだって、こんな日に限って)


 あのダンジョンは比較的難易度が低い。その上さらに三階層までで帰ってくるように指示をしたのはギドだった。そもそも過去何度も最奥まで踏破されているようなダンジョンである。ドラゴンなんて、一度も確認されたことなどない。

 ドラゴンの討伐となると、A級以上で討伐隊を組んでようやく倒せるような魔物だ。並の攻撃は効かず魔法も耐性がある。

 そんなものが、今日に限って、三階層に出るなんて。

 とにかくいても立ってもいられず、ギド自身がふたりを引き連れ、ダンジョンまでの道を馬車で走っていた。ほんとうは馬車ではなく馬のほうに飛び乗って向かいたかったが、御者が急いでくれるので早く乗れ、と言ってきたので従った。どうも、馬車馬のほうがひさびさに全力で走れる機会にご機嫌がいいらしい。

 けれど馬の機嫌なんて気にかけていられるほど、ギドのほうに余裕がなかった。

 なんとしてでも引き留めればよかった。なぜ行かせてしまったのだ。

 なぜ、どうして、なんで、あのとき。絶対にだめだ、と言えなかったのだろうか。

 頭のなかで延々と自分を責め続けて、ダンジョンにはまだ着かないのかと何度も窓の外を確認していた。

 片道十数分程度だが、その程度がとてつもなく長い。


「ぎ、ギルマス! ダンジョン見えてきたぜ」


 盾を持った男が叫んだ。その瞬間、ギドは走っている馬車から飛び降りた。

 今すぐダンジョンに、三階層まで行かなくては。ただその一心で。

 ところが。


「お迎えきましたね」


 馬小屋のそばで、子供たちの姿が見えて目を疑った。


「ほんとだ。思ったよりすぐ来たねえ」

「はあー、やっと帰れますねえ」


 何事もなかったかのように、さんにんとも、そこにいた。

 ギドは方向を変え、さんにんに駆け寄る。さんにんとも、どこにも怪我はなさそうだ。


「やっほ~ギド。お迎えご苦労さま」


 王子殿下が、脳天気にもそうおっしゃる。

 そう言われたギドは、ギドはもう、なにもかもがいっぱいいっぱいだった。力が抜けて、へたりと地面に膝をついてしまう。

 今すぐ気絶してしまいたかった、今すぐ叱りつけてしまいたかった。よかったと叫びながら、不敬だろうがなんだろうがこの子供たちを力一杯抱きしめてしまいたかった。

 それから逃げ帰ってきたふたりに、とんでもない理不尽な罵声を浴びせてしまいそうだった。

 それらすべてを必死に堪える。

 ギドは「ギルドマスター」としてここに来ているのだ。

 この貴人たちに、訊かねばならないことがある。


「ど」

「ど?」

「ドラゴンが出た、と。報告を受けたのですが」

「ああ~うん。ね。出たよ。びっくりしちゃった」


 しかし、ギドがどれほど心配をしていたか、彼らはしらない。ことの重大さもわかっていなさそうにけらけらと笑う。

 命の危機だったのではずである。ほんとうにわかっているのだろうか。

 安堵と怒りが綯い交ぜになり、ギドはこめかみに血管が浮き上がるのを自覚する。


「アンジェ~、ギドが怒ってる」

「あちらの剣士の方をドラゴンが吹き飛ばした際に、剣がぽーんって飛んでいって。落ちた音に驚いたのか逃げていきましたわ」

「そ~そ~、それでおれたちだけでおっさんを引きずって、がんばって戻ってきたんだよ~」


 その程度でドラゴンが逃げていくわけがないだろう。嘘にしたって雑すぎる。

 だが、さらに言い募ろうと口を開くまえに、ベルチェットのお嬢ちゃんが投げやりにギドを制した。


「まあまあ詳しくは後でお話しますって。それよりローガンさんが気絶したまま起きないんですよ。わたしたちも疲れたし、ギルド帰りません?」


 王子殿下とドラローシュのお嬢さんは勝手に馬車のほうへ向かってしまうし、ベルチェットのお嬢ちゃんはローガンのほうを指さして「あれどうするんです?」とか聞いてくる。

 子供たちはずっと無邪気なままだ。

 ギドがいったい、どんな思いでここまでやってきたと思っているのか。

 どんなに肝を冷やしたか、どんなに心配したか。


「おい! おまえらのリーダーだろうが! 運べ!!」

「お、おう!」


 その怒りを別方向へ向けるように、馬車にむかって怒鳴りつけた。ようやくふたりが馬車からおりてくる。それと入れ替わるようにお嬢さん方が馬車に乗り込んでいった。


「……ローガンは馬車に積んで、おまえらは歩いて帰ってこい」

「あ、ああ。もちろん……」



 馬車のなかはギドのご機嫌が悪くって、まるでお通夜のようだった。

 ローガンは相変わらず起きない。


「お姉さま、ローガンさん大丈夫ですかね」

「軽い脳震盪だ。脳に損傷はない。ほっといても大丈夫だろう」


 ローガンもなかなかに大きいので、馬車の圧迫感がすごいです。座席に寝かすと不安定なので、足下に寝かせてあります。

 それで、お姉さまと殿下、わたしとギドという並びで座席に座り、比較的ゆっくり走らせているのでまだまだ到着まで時間がかかりそうだ。


「それで、説明していただけるんですよね」

「してもいいんだが、ローガンがいつ目覚めるかわからない」

「ぐう……」


 ローガンが目覚めたときに、お嬢様してないお姉さまを目撃するくらいならまだいいんですけど、戦利品を広げてるところを見られるのはちょっとまずいです。

 その上で「倒した」とかそんな会話を聞かれた日には、どんな面倒なことになるだろうか。

 わたしも曖昧に笑うことしかできない。

 結局ローガンはギルドに到着しても目覚めなかった。ギルドのなかに医務室みたいな部屋があるのだそうで、担架で運ばれていく。

 このまま馬車を借りてお屋敷に帰りたいところだけれど、もうギドの目の怖いこと怖いこと。説明するまで帰さねえ、って言いたそうな視線がめちゃめちゃ刺さってくる。

 結局再び、固いベンチの応接室に戻ってきた。


「そういえばアンジェの防音魔法さあ、さらっとやるけどおれにもできるもん?」

「ふむ……。おまえたちはもう少ししたら魔法の家庭教師がつくだろう。そのときにわかるとは思うけれど……。私は魔法の行使の仕方がおまえたちが習ってこれから使っていくやり方とはだいぶん異なる。これができるようになるかと問われれば、おそらくできないんじゃないか」


 ぱちり、と指を鳴らして、防音魔法が展開される。お姉さまの指ぱっちんって、そういえばわたしのドレスを改造したときにも聞いたような気がする。


「できるかできないか、じゃない。不可能だ! 魔法の行使には通常、詠唱が必要になる! 特に闇属性の魔法は扱いが難しいとされてんだぞ。こんな、指、ぱちィっ、で複雑な魔法が扱えるわけがねえだろうが!」


 もう音が外部に漏れないのをいいことに、ギドが怒る怒る。まあ心配させちゃったのは事実ですけど、そんなに怒んなくてもいいじゃんね。


「空間隔絶、音の遮断……。そんなのをこんな規模で長時間綻ぶことなく展開させようとすんならなあ……複数人で教典二冊分くらいの長文の詠唱を唱えながら、一切の集中力を途切れさせることなく魔力を練る必要がある。断じて、ぱち! でできるもんじゃねえ!」

「はいはい」


 お姉さまがめちゃくちゃおざなりな返事をして、どっかりと椅子に腰掛けた。わたしたちもその隣に座る。


「はい、戦利品」


 もう説明などなく、お姉さまは空間に穴を空けてドラゴンの頭を机のど真ん中に置いた。

 憤っていたギドがフリーズする。


「あと鱗が数枚に爪がはぎ取れた分だけ。それと魔石が五個でてきた。ぜんぶおまえにやろう。ほら」


 がたがたごとり。鞄の中身をひっくり返すかのように生首の上から落としていく。頭がまあでかいので机に乗り切るわけもなく、ドラゴンの素材というすべての冒険者の夢が、まるで塵芥かなにかのように床にまで転がっていった。

 損傷が異様に少ないドラゴンの頭だが、しかし片目だけ素材としての価値が幾分か下がりそうだ。


「あ~、剣刺さないほうがよかったかなあ」

「ロックスさまがローガンさんの剣で、ここにぐさーってやって刺したんですよ」

「首をすぱって落としたのはアンジェだけどね。あれはどういう魔法?」

「あれは実は水属性」

「へえ~~」


 わたしたちの正面に座るギドだが、ドラゴンの頭が邪魔で顔を伺うことができない。でもなにも口を挟んでこないのをいいことに、わたしたちは好き勝手しゃべりだす。


「あれ、ギド? 起きてる?」


 ところがあまりにも静かなので、ロックスさまが立ち上がってドラゴンの頭の裏へ回った。わたしも立ち上がって見に行ってみる。

 ギドは白目を剥いて泡をふいて、気絶していた。


「アンジェ~、ギド死んじゃった」

「どうしましょう」

「……帰るか」


 疲れたし。

 そうは思ったけれど、書類をギドに預けて行っちゃったんだよね。

 結局睡魔のほうが勝ってしまい、ロックスさまがどこからか見つけてきたブランケットをかけて、わたしたちはベンチで眠ってしまった。


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