25馬車がない
「ティアラは光属性に適性があるのは間違いないだろう。そこはおまえが言った公式設定通りだな」
「おれは?」
「ロックスさまはねえ……公式では炎だったっけ」
「風にも適性がありそうだ。まあおそらく使いやすいのは炎だろうな」
わたしたちは首のないドラゴンの死体を前に世間話をしていた。
ドラゴンを持ち帰りたいお姉さまとロックスさまをどうにかこうにか宥め賺し、尻尾を切断し持ち帰ることで落ち着いた。だってドラゴンの死体なんて持ち帰ってどうするというのだ。
その会話の延長で、本来なら本編が始まるまで話題にあがらない属性の話になったのである。
お姉さまが見えているオーラは、入学時に触る水晶型の魔道具と同じ役割を果たすようである。潜在的な魔力量もある程度わかるから、水晶よりも優秀な能力であることは間違いない。
「お、あったかな、魔石」
その世間話をしながら、わたしたちはドラゴンの解剖をしていた。
強い魔物には魔石がある。金銭が必要なわけではないが、ドラゴン級の魔石がダンジョン内で腐って消えてしまうのはさすがに損失だ。
魔石は魔物の心臓部にある。この巨体から取れる魔石はとても大きく、五個ほどごろりと出てきた。お姉さまはこのままギルドに寄贈してしまうつもりだろうが、ふつうに売ればとんでもない額になるだろう。
「爪とか牙とか骨とか血とか、素材って考えれば捨てるとこなんてないんだけどねえ、ドラゴンって。王家に献上するレベルだよ」
「そうは言ったって、わたしたち勝手に遊びにきちゃってるわけですし、B級パーティじゃ手も足も出ない魔物を貴族の子供が倒しちゃいましたって言うわけにもいかないじゃないですか。これ以上ギドの心労増やしちゃだめですよ」
「ドラゴンに遭遇したことは、さっき逃げていったふたりがギルドに報告しているだろうがな」
「じゃあなおさら素材とか持ち帰ろうよ~、倒した証拠は必要だって」
「んー、それなら頭でも持って帰ればいいんじゃないか」
まあそれとは別に、鱗数枚と爪も追加で持ち帰ることにしました。なにかに使えるかもしれないし、ギドがほしがるかもしれないしね。
残された胴体はだんだん、ぐずぐずと崩れてきている。ダンジョン内はとんでもなく腐敗速度が早いようだ。
「そもそもですよ。初心者に優しいはずのダンジョンの三階層なんて浅いところでドラゴンが出てくるのおかしくないですか」
「二階でレアアイテムが出たりね」
「それはたぶんわたしの初期スキルだと思いますけど……」
まあゲームの話だ。ベルチェット家の主人公には、デフォルトで「素敵な出会い」というスキルがついている。これはダンジョンや魔物のドロップ品だけではなく、商店の限定品などでレアアイテムとの遭遇率がレベル掛ける1.10%の割合で上がるというもの。消費税かよ、とつっこみがあったのを覚えている。しかしこの微妙な確率だが結構馬鹿にできないのだ。
そう考えると、殿下が表情から情報を引き抜けるのも、アンジェお姉さまが他人の魔力を可視化できるのも、そういった初期スキルが関係しているのかもしれない。
「確率の操作ができるのはおもしろいね」
「しかしそれを確認する術はないな」
「まあロールプレイングじゃなくて恋愛シミュレーションだから、その辺はあんまり設定凝ってはなかったですよ」
ついにドラゴンの死体がぐずぐずに崩れ、地面と同化してしまった。はぎ取れなかった素材もそのまま土に還ってしまう。これは、すべての素材がほしかったらそれこそ、お姉さまのマジックバッグ改めマジックエリアにすべて格納するしかなさそうだ。
「さて、どうする? ローガンほっとくわけにはいかなくない?」
「そうだな、もうめぼしいものは回収したし、地上へ帰ろうか」
ドラゴンが暴れて鉱床を壊したものだから、ほしかったものもちゃっかり入手できてしまった。なのでお姉さま的には、もうここに用はないみたいだ。
この階のどこかに、地上に帰れる魔道具があるとのことだし、寄り道はこの辺でおしまいである。
「そういえばドラゴンっていえばさ、ドラグロード王国的には国のシンボルにもなってる魔物なんだよ。知ってた?」
「……へ?」
「お隣のデヴィルーシュ帝国は悪魔信仰があるの。まあ、悪いことしたら悪魔に浚われちゃうぞ~、っていう寝物語もあるらしいから、悪しきものを神格化して怒りに触れないようにする文化みたいなもんらしいけどね」
あれだろうか、菅原道真とか平将門とか、怨霊の祟りを鎮めるために神社仏閣を造って、神として祀ったみたいなはなしと同じだろうか。
「倒しちゃいましたけど」
「襲われたのだからしかたないだろう。それに、王家で信仰している竜はいにしえと付く竜だ。古竜は知能が高く意志の疎通も取れるのだとか」
「まあ、神話のはなしだよね」
フィクションともいえる。ドラゴン信仰のある王国の王子からそんなことを聞いてしまうと、一気に夢がなくなるなあ。
「ん、あったぞ魔導石。ここからそう遠くない」
この世間話の間に、お姉さまはなにか空間魔法を行使して出口の場所を探していたらしい。
お姉さまがこういうとこ有能すぎて、わたしたちの感覚がおかしくなるやつだなあ、としみじみ思ってしまう。
ここまでお姉さまが規格外だとは正直思っていなかった。そりゃあここまで個で強ければ、ダンジョンの危険性もじゅうぶん理解してる上で、お気軽に行ってみたいなあってなるだろう。
「アンジェの魔力量も計り知れないねえ」
「それなんだが。私の、というより、この体のスペックはおまえたちの想像よりも低いぞ」
「ええ、うそだあ」
「まあそれは、また機会があれば話そうかな」
そんな意味深なことを言いながら、お姉さまは事も無げに未だ壁にめり込んでいるローガンを魔法で持ち上げる。
ぜったい嘘じゃん、と思うが、もうこの話は打ち切りのようだ。ローガンを宙に浮かべたまま、わたしたちは魔導石のところまで歩いて向かったのだった。
魔導石に魔力を流すと、視界が真っ白になり、次の瞬間には一階層の出口まで戻ってきた。
「戻ってきたねえ」
戻ってきたはいいのだけれど、馬車がなくなっているんですわ。
おそらくわたしたちを見捨てて逃げたふたりが、急ぎギルドへ報告に向かったからだろうけれども。
「このまま逃げちゃってたらどうする? 歩いて帰る?」
「可能性は低いが、歩いて帰るしかないかな。ま、少なくともローガンが目覚めるまではここで待っていてもいいんじゃないか」
ぺい、とローガンを床に捨てて、わたしたちは馬小屋のそばまで来ると柱に凭れたりして、おのおの楽な格好でたぶん来るであろう迎えを待つ。
空を見上げると、満天の星空が広がっていた。月も高い位置にある。
「天動説とか地動説とか、この世界はどうなってるんですかね」
「あ~、宗教も絡んでくるから考えないほうがいいやつだね」
「やっぱり」
「ここよりもっと北の国の学者がそんなようなことを言って、その国の主に処刑された歴史がね」
「どこも似たようなものなんですね」
乙女ゲーの世界なのに、そういうところ夢がない。貴族は悪いことするし魔物はほんとうに怖かったし、挙げ句空が動いていると本気で信じているみたいだし。
よかったって思えるところは、衛生面がしっかりしていることくらいである。
「一応聞くけどティアラの世界の常識はどうだったの?」
「地動説を言い始めたひとは大昔にやっぱり処刑された歴史はありますけど、結局科学の進歩で鉄の塊が空を飛びました」
「う~んよくわからないねえ」
「わたしたちがいる世界は大きな球体の星のひとつで地球と呼びました。太陽を中心にして宇宙空間を自転しながらぐるぐる回り続けています。そのうち、地球を飛び出して隣の星まで鉄の塊を飛ばして、地球以外の星の研究をし出すようになります」
魔法なんてものがないから、発展した世界のはなしだ。
「ふうん。じゃあ……この世界も例外なく、処刑されたどこかの国の学者がきっと正しいんだろうね」
まあ興味ないけどさ。殿下がつまらなそうにつぶやいたのと、遠くから馬車の音が聞こえてくるのはほぼ同時であった。
ティアラちゃんがちょっとホームシック(?)になっただけです




