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24アクシデント




 三階層、そこはなんかすごいきらきらしていた。


「三階層は壁や柱から宝石のような鉱物が生えている。ただ見た目はきれいだが値打ちはないから採掘しようとするやつはいない。いたらそいつは駆け出しで無知な冒険者か、呪術師だろうな」


 一階層と似ているが、もっと炭坑感がある。足下に線路のレールみたいなものが伸びていて、全体的に薄暗い。代わりに宝石の鉱床がたくさんあり、それが色とりどりの光を放っていた。

 ツルハシや手押し車のようなものもあり、まるで宝石を採掘することを前提としているような見た目だ。しかし値打ちはないらしいので、初見の冒険者をミスリードに誘うためだろう。

 二階層のように部屋が区切られていて、さらに宝石で出来た柱で見通しがちょっと悪い。


「へえ、なんで?」

「これは地上の炭坑から取れるお貴族さま御用達の宝石とは違い、魔力を吸収しちまう性質がある魔石だ。放った魔法が石に吸われちまうから、魔法使いはとくにここに来るのを嫌がるな。ここの石が欲しいみたいな依頼があればだいたい呪具の制作の片棒を担がされる。まあ、そもそも俺たちみたいな「能なし」は触っただけで気絶しちまう。よしんば持ち帰れても、呪術師に加工されて貴族への嫌がらせに贈られるのが主な用途だ。坊ちゃんらも気をつけるこった」


 貴族は魔力を有しているひとが多いからだろう。わたしたちにはまだ経験はないが、魔力が枯渇すると体調を崩すし、最悪死ぬこともあるのだとか。ちょっと怖い話を聞いてしまった。


「能なし?」

「魔法を発現させる魔力を持たないひとたちのことだね。もともとは社交界で流行った言い方で、ようは魔力の保有量が少ない貴族に向けた蔑称だったんだけど、庶民だと魔力が多いほうが希有だからね。いつの間にか庶民の間で浸透していったみたい」


 能力の「能」と迂遠な言い方をしていたようだが、「なし」とついてしまうと迂遠でもなんでもなくただの悪口である。

 そして社交界で流行ったということは、もちろんご本人に直接言ったわけではなく、たとえば、あちらのご婦人のご子息って「能なし」でいらっしゃるんでしょう? 気の毒ねうふふ。とか、ご覧になってあのご令嬢「能なし」と噂の……。まあくすくす、とか。そういう陰険なやりとりに使われていたようだ。

 貴族はプライドが高いのでこんなものでも侮蔑的に捉えてしまうが、庶民は自虐的な言葉を使うことにさほど抵抗がない。今では逆に社交界では聞かなくなったのだという。

 しかし庶民に浸透したときに、もともとの意味合いまでは広まらなかったようで、ローガンも周りの男たちも「へえ」と間の抜けた声を上げた。


「ようは魔力が少ないと触っただけでもやばいってことですよね。そんな怖いものがドラローシュ領のダンジョンにあるって、ちょっと問題じゃないですか……?」

「いや~、ダンジョンの中は自動生成だから選り好みなんてできないよ。それにたぶんだけど、こういう鉱床があるダンジョンなんてさほど珍しくないんじゃないかな」

「その通り、魔法使い弱体化ギミックみたいなモンだから、珍しくもなんともないな。最初は物珍しくも、ダンジョンにたくさん行くようになればそのうち見慣れる光景さ」


 そんなわたしたちの会話の端で、お姉さまは鉱床に近付いていく。


「ああ、お嬢ちゃん。触らないほうがいいぜ」


 ローガンが急いで声をかけるが、お姉さまはもうすでにぺたぺた触りまくっていた。

 まあ、アンジェお姉さまなら魔力を吸われて倒れるなんてことにはならないだろうし、実際その通りだったけれど。


「あ~んじぇ、何かおもしろいものでもあった?」

「殿下……ロックス様は触らないほうがいい」

「敬称いらんて」

「……ロックスやティアラは潜在的な魔力量が多いから、近付きすぎなければ不調を訴えることはないだろう。これは……ちょっといろいろ試したいな。できれば持って帰りたい」

「どうかなあ、彼らが見てるそばでは厳しいだろうね」


 なにやらこそこそと話し込んでいる。お姉さまが声を潜めているときは口調が崩れているときだろう。


「あのお嬢ちゃん、具合が悪くなったとか言わねえよな」

「大丈夫そうなのでちょっと待ってもらってもいいですかね」


 わたしたちに何かがあれば首が物理的に飛ぶと脅されている彼らは、どうも気が気じゃないようだ。でもお姉さまが興味を持っているものを、横から邪魔されたくないもんなあ。

 そんなことを考えていたら、なにやら遠くから地響きのような音が聞こえてきた。


「……なんの音ですかね」


 わたしが音のするほうに目を向けると、ローガンパーティも武器を構えて臨戦態勢をとった。魔物かもしれない。

 しかも、結構でかいやつ。


「気をつけろ、来るぞ」


 地響きはどんどん大きくなる。どしん、ずしんと重低音が。

 あれ? これって、ちょっと気をつけたくらいでなんとかなる相手じゃなくない?

 どしん、と音が響くたび地面が大きく揺れて、ぱらぱら、と小石が落ちてくる。

 さっさと逃げればよかったのに、わたしたちはその地響きの正体がすぐそばに来るまで、息を潜めてただそこに突っ立っていた。

 そしてすぐそばまで迫ったそいつが、ついにわたしたちの前に顔を出す。


「なん、な、ドラゴン……!?」


 なんでこんなところに! とは誰の悲鳴だっただろうか。

 アンジェお姉さまのところの騎乗竜なんて目じゃないくらいの巨体が、わたしたちをまっすぐ見据えている。

 爬虫類を思わせるぎょろりとした目と、ばちりと合ってしまった。

 そして気づく。これは、捕食者の目である、と。

 わたしたち全員、この巨竜には餌に見えているのだと。


(どう、どうしよう)


 まず胸中に広がったのは絶望感であった。怖い。それ以外になにも考えることができない。

 こんなのローガンパーティで太刀打ちできるわけがないだろう。さきほどまで大きく強そうに見えていた男たちが、いまではとても小さく頼りなく見えた。

 もちろん、わたしだって。こんなの相手に走って逃げきれるかどうか。

 足が震える。悲鳴も出ない。声を上げるどころか、呼吸の仕方も忘れてしまった。

 時間が止まってしまったかのように、恐怖でその場から動けない。


「ティアラ。こっちにおいで」


 お姉さまの落ち着いた声が、耳にまっすぐ届いた。瞬間、震えていた足に力が入る。

 走って逃げる。這々の体とはこのことを言うのだろう。なんでもいい、はやく、はやくお姉さまのもとへ。


「おっ、お、お、お姉さま……!」

「冒険者パーティが護衛についてきているのだもの、そんなに怯えることはないわ」


 抱きついたわたしに、お姉さまはそんなことをおっしゃった。

 あっ、これ煽ってるやつだ。もしくはドラゴンをみても大したことないでしょって思ってる無知系のやつ。いま、いまそれ言いますか!?

 ドラゴンの襲来にわたし同様動けずにいたローガンパーティは、この緊張感のかけらもないお姉さまの声に、ドラゴンへの恐怖より怒りが上回ったようだ。


「ふざっ、ふざけんな! こんなところで死んでたまるか!!」

「あっ、おい!」


 上への階段も近かったのもあり、二人の男は走って逃げていった。


「……くそっ!!」


 一人残されたローガンが剣を構えなおしてドラゴンと対峙する。残念なことに、ローガンだけが護衛としての意識が残っていた。


「お嬢さんがた、あんたたちも早く逃げ……」


 ばちん。

 蚊でも払うかの手つきで、ドラゴンがローガンを弾き飛ばした。

 壁に叩きつけられて砂埃が舞う。


「ありゃ、気絶しちゃったね」

「……なんか都合がよくなったな」


 砂埃が晴れると、ローガンが壁にめり込み気絶していた。

 それを目の当たりにしているのに、お姉さまと殿下は場違いにも落ち着き払っていた。


「いやそれどころじゃないでしょ!!」

「落ち着けティアラ。大丈夫だから」


 ドラゴンが前足を振り上げて、わたしたちを圧し潰さんと迫ってくる。

 わたしは頭を抑えてしゃがみ込んだ。

 死んだ。これ間違いなく死んだ!


 ところが一向に押しつぶされる衝撃はなかった。


「……はえ?」


 おそるおそる目を開くと、ドラゴンの手のひらがすぐそばにあった。長い爪の先は思っていたより丸いんだなあ、と場違いにも関心してしまう。

 まじまじと確認できるところで、そのまま宙に浮いていた。

 何度も何度も圧し潰そうと力を入れて、しかし何かに阻まれているのかこちらに前足が振り下ろされることはない。次にドラゴンは前足を引っ込めると、こちらに炎を吹いてきた。

 それも、わたしたちを逸れていく。ちょっと熱気が来ただけだった。


「お、お姉さま……?」

「ほら、見てくれがでかいただのトカゲだろう」

「い、いやいやいや……」


 そういうことを聞きたいんじゃない。

 わたしはもう腰が抜けてしまって、立てないんですけど。


「いい機会だし、ロックス。あいつちょっと殴ってみるか?」

「えっ、いいの!?」

「いいさ。お誂え向きにローガンが落っことした剣もある」

「わあい」


 怖いものがないのだろうか。殿下はすぐそこで伸びてるローガン……のそばに落ちている剣を拾い上げた。


「わ、思ったより重い」

「振り回せるようにしてあげよう」


 お姉さまが人差し指でくるくると空に円を描く。


「お? なんか軽くなった」

「身体能力を上げる魔法だ。この世界では光属性に分類される」

「へえ、便利」


 そんな問答の間にも、ドラゴンはこちらへ攻撃を繰り返している。そのすべてはこちらに届く前に無効化されて、故にお姉さまたちは場違いに和やかな会話を中断させることもない。

 再び、ごぉ、と轟音が鳴り、炎が吐かれわたしたちを逸れていく。それが収まった瞬間、殿下がドラゴンへ駆け寄った。


「ドラゴンの弱点は~?」

「鱗で覆われてないところ」

「じゃあ目かな」


 魔法で身体能力が上がっているからだろう、殿下はドラゴンの頭上高く跳躍した。そして。

 え~い、なんて気の抜けたかけ声で、大剣を振り下ろす。勢いをつけてドラゴンの右目を刺し貫いた。


「うわっと」


 途端、痛みに悲鳴を上げて暴れ出し、殿下が弾き飛ばされてしまう。

 地面に叩きつけられる前に、その体がふわりと浮く。


「……お姉さま、後方支援特化?」

「そういうわけでもないが……」


 どこも怪我することなく、殿下はこちらにとことこと歩いて戻ってきた。ほんとうに緊張感のかけらもない様子である。

 ローガンの剣はそのままドラゴンの眼球に刺さっていた。

 青色の血がぱたぱたと降って、地面に吸い込まれていく。


「ちょっと楽しい」

「でもでも、倒し切れてないし、武器もあっちに刺さったままだし、どうするんです?」

「……ドラゴンの肉って美味いんだよな」


 わたしの心配を余所に、お姉さまは割と大まじめにおっしゃった。


「美味いの? アレが?」

「少なくとも私が元いた世界ではな。あれを手土産に持って帰るとめちゃくちゃ喜ばれた」

「でもドラゴンなんて持って帰れるわけないじゃないですか」

「そうでもない。さっきマジックバックの魔導式解析しちゃったから」


 そういってお姉さまが指を振ると、空になにやら黒い渦が現れた。てへっ、って感じでこっちを見てる。

 もう、もう、なんでもありか。そうなのか。

 今更ながらお姉さまという人物の規格外さを痛感した。わたしは頭を片手で抑えて肺が空っぽになるまで、大きなため息を吐いていた。


「チートじゃん!!」

「アンジェ絶好調じゃ~ん」

「世界のパワーバランス崩れる!!」

「まあまあ、そのうちおまえたちにも教えてあげるから」


 教えられてもできるか、こんなこと!

 そうは思うが、いつも大人びてるお姉さまがちょっとはしゃいでいらっしゃる様子に、わたしはこれ以上なにも言えないのであった。



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