22悪役令嬢ムーブ
冒険者たちに基本朝も夜もない。夜にしか見つからない素材があったりとか、昼間にしか咲かない花だったりとかがあるためである。
あとはドラローシュ領はダンジョンが多いため、そこに籠もって出てくるのがド深夜だったりとかもするので、ギルドは二十四時間営業なのだとか。
日も傾いてそろそろ夜になるという時間だが、ギルド内は冒険者たちで賑わっていた。いまから依頼を受けるひと、帰ってきて報酬を受け取ったひと。夜もやっているとはいえ、やっぱり帰ってくるひとたちのほうが多いようで、その足でどこの居酒屋に入ろうかと話をしているのが目立つ。
「夜もやっている、というのも治安が悪くなる一端ではありそうだな」
「それはわかっちゃいるんだが、やらねえ訳にもいかなくてなあ」
「ならばせめて夜間は外にも光源がないと」
「魔石と魔力が足りねえ」
小声でお姉さまとギドがなにやら言い合っている。また課題が見つかったようで、ふたりともいろいろ考えていそうだ。ただ、実のある話ができているので、ちょっと楽しそうでもあった。
「まあでも、これからはお嬢さんから資金援助もあることだし、早速明日にでも報酬を見直せる。そうなりゃダンジョンに行く冒険者も増えるだろう。戦利品もバンバン買い付けられれば、魔石の問題も解決するかもしんねえな」
「ふむ。ダンジョンな……」
階段をおりきってまず目に留まるのは、依頼が張り出されているボードである。見たところ、近隣の住民からのお手伝いの依頼が少しと、魔物の目撃情報と討伐依頼の他に、ダンジョン内で採取できる素材集めみたいな依頼が張り出してある。
ここで依頼を受けてからダンジョンへ行くのを推奨しているようだ。ゲーム的に言えば、資金集めとレベリングの両方ができる感じである。
そうでなくても、ダンジョンへ行くにはまずギルドを通す必要があるのだ。ギルドを通さなくても別に入れるけど、その場合何か事故があったときに完全に自己責任になってしまう。
「あ、ギルマス! どこ行ってたんだよォ!」
冒険者のひとりだろう男性が、ギドをみつけて声をあげた。そうして、わたしたちを見て露骨に顔をしかめた。
まあ、わたしたちの格好がもう、もろ貴族だものね。貴族に対する偏見ばかりはどうしようもない。
特にここは統治がガタガタのドラローシュ領なのだ。殴りかかられないだけマシというものだろう。
「……大事な客人だ」
そしてわたしたちが悪徳貴族じゃないことを知っていて、彼らの心情もよくわかっているギドは複雑そうな顔をした。ここでギドがなにを言っても貴族に対する偏見と、自分たちの境遇から来る怒りは収まらない。
騒がしかった広間が一変、一触即発のピリッとした雰囲気になってしまった。
だが、お姉さまはまったく気にしていないようだ。
「ダンジョン、行ってみたくはないか?」
違った。好奇心が勝っていた。
「行ってみたいけどそれどころじゃ……」
「いいねえ、おれは行ってみたいなあダンジョン」
多数決をとりましたところ「行ってみたい」が三票集まりまして、可決です。ギドがぎょっとした顔をこちらに向けたが、お姉さまは扇を広げて一歩前へ踏み出した。
「ねえギルドマスター。わたくし、ダンジョンに行ってみたいわ。案内して頂ける?」
それはもうわざとらしく、貴族が無理難題を言いつけるような、拒否権など端からないような、この場にいる冒険者たちの癪に障るであろう言い方だった。
これだけ聞くとなかなかに性悪感がすごい。ギドが疲れた顔をしているのも相まって、いままで多忙なギルドマスターにお接待させていたと勘違いさせるにはじゅうぶんだ。
「こ……困りますねえお嬢さん、そういう冗談は……」
「あら、冗談ではありませんことよ。それとも……」
いきなり始まった寸劇にギドはついていけていない。そういう即興に合わせろという方が無理は話だ。
けれどお姉さまがお嬢様口調で話し出したことさえわかればいいのだ。ギドにはきっと、胃が痛くなることにしかならないけれど。
「ドラローシュの娘である、わたくしの言うことがきけないというの?」
お姉さまがついさっき言ったばかりである。爵位を持っているのは父であると。自分たちにギドを罰するような権限はないのだと。
そう言ったお姉さまが、権力を笠に着るような発言をした。それはそれはもう、悪い笑顔でおっしゃった。
さすがにギドも言いたいことを察したようで、こめかみに血管を浮かべて腹を押さえつけた。胃が痛くなったらしい。
一方の冒険者諸君も、お姉さまが「ドラローシュ」と言ったのを聞き漏らしたりしなかったようだ。空気がざわつく。いつ爆発してもおかしくなさそうである。
「………~~~少々お待ちください、オ嬢サマ……!」
腹の底からひねり出したような声であった。ギドのほうがブチ切れそうだ。わたしたちの横を抜けて、ギドが大股で歩いていく。
「……はは、聞きしに勝る「わがままお嬢様」なんだな」
どこからかそんな声が聞こえてきた。嘲うような声音だった。
直後、パチン、と扇が閉じられる。
「誰がしゃべっていいと言ったかしら。これだから学の足りない庶民は嫌だわ」
己の立場もわかってなくて。お姉さまってば、速攻で煽り返した。その割にお顔は楽しそうである。
なんでこんな喧嘩腰なんだろう。いつものお姉さまらしくない。わたしはつい、殿下のほうの顔色を伺った。
公式設定でも殿下は差別的なことを嫌うのだ。現に殿下は「噂」のアンジェお姉さまに嫌悪感を募らせていたとも言っていたわけだし。
が、殿下はそこまで嫌悪しているようではなさそうだった。
(で、殿下ぁ……)
(まあまあ)
言い返されて怒りを爆発させた冒険者たちが、さらに何か言おうと口を開いたが、ギドが受付の机を殴りつけた音で静まり返る。
見ると、まあ恐ろしい顔をしたギドが、肺を空っぽにする勢いで息を吐き出した。
「……Bランクの冒険者パーティの手が現在空いております。彼らに護衛と、ダンジョン内の案内をさせますので、それでご容赦ください」
「ふうん。まあ、それでも構いませんわ」
「おい、ローガンパーティを呼べ。それと馬車だ」
「り、了解しました」
受付の向こうが慌ただしくなる。それと指名されたローガンパーティはすぐそばのベンチに腰掛けており、「え、俺?」みたいな顔のまま引きずられてきた。
「こちらのお方はドラローシュ公爵のご息女とそのご友人だ、いいな、くれぐれも失礼のないように。態度にも気をつけろ」
「ええ……そんな」
「あと絶対に怪我をさせないように」
「そんな無茶な」
「特別な報酬は出すが万が一のことがあればおまえたちだけじゃない、俺の首も胴体と泣き別れだ、いいかくれっっぐれも不測の事態がないようにするんだ」
ギドがなんかすごい早口でまくし立てている。ほんとうに、すごい無茶を言っていた。お姉さまはというと、あてがわれたローガンパーティの面々を一瞥し、彼らにさほどの興味は抱かなかったようである。
「よろしくお願いいたしますわ。……移動は馬車を用意してくださるのでしょう? じゃあ外に居ても問題はありませんわね」
こんなところに居られないとでも言いたげに、さっさと外に出て行ってしまう。わたしたちもその後を追った。
扉も閉まりきらないうちに中は怒りを爆発させたようで、なにやら下品な怒号が飛び交っている。
「なにこの悪役令嬢ムーブ」
いやわたしにはある種ご褒美ですけど、さすがに場所が悪いのではないだろうか。実際冒険者諸君はいま、ギルドの中で大騒ぎだ。
「おれは別にいいと思うよ」
ところがまさかの殿下から援護射撃である。
「いいんです?」
「うん。そもそもおれらの見てくれから彼らは悪感情を抱いていたわけだし、あの場で叫んで怒って発散できるならそれに越したことはないんじゃない? その怒りが外に持ち越されて、関係ないひとに八つ当たりされるよりよっぽどいいよ」
それを聞いて思い出した。
冒険者が、民間人を襲う事例がすでにあるのだ。
「そっか……さすがお姉さま」
「ん? そんなことまで別に考えてないぞ」
「んえ?」
と思ったら違った。
「私のことを「わがままお嬢様」と言っていただろう? その呼び名の中身まで庶民にも伝わっているのが確認できてよかった」
「あー……まさか印象操作のほう!?」
「私がなんのために自分の悪評を放っておいていると思っているんだ。こういうところで我を通すために決まっているだろう」
「絶対違うと思うんですけど!」
本気なのか冗談なのかわたしにはわからないが、お姉さまは結構ガチトーンで言い放つ。でも実際、噂通りのお嬢様みたいな無茶を通してしまっている。貴族のお嬢様がダンジョンに連れて行けと喚いたところで、ふつうだったら許可できない。冒険者をつけてもダメなもんはダメだろう。
「まあ、一割くらいは冗談だ」
「ほぼ本気じゃないですか」
「ギドがだいぶん仕事を肩代わりしてくれることになったし、ちょっとくらい遊んでも問題はなくなった。あと純粋にダンジョンに興味があるし、冒険者が実際に活動しているところを見たいとも思っていたよ。主に武器や防具の調査だけどな」
人伝に聞く情報と、実際に目で見る情報は違う。そう言われてしまうとそうなのかな? ってちょっと思っちゃうじゃないですか。
「あのさ……ティアラは詐欺とか引っかかんないように気をつけなね?」
「ってことはお姉さまの言い分も嘘の方便なんです?」
「さあ、どうだろうな」
そんなことを話しているうちに、ローガンパーティのみなさんとギドが建物から出てくる。ギドはなんか鬼みたいな形相をしていた。めちゃくちゃ怒ってるじゃん。
「……では道中も含めこちらの者共に護衛をさせます。そろそろ日も暮れますのであまり長く滞在はできません。くれぐれもダンジョン内ではローガンパーティの言うことを聞いていただきたい」
「ええ、善処はいたしますわ」
官僚答弁じゃん、と思ってしまった。これぜったい従う気ない返事だ。
ギドもなんとなく感じ取ったのだろう、こめかみに浮かぶ血管がいまにも破裂しそうである。そんな顔するからお姉さまが面白がるんじゃなかろうか。
「ああ、そうだギルドマスター、こちら預かっておいて頂けるかしら」
そういって、ギドに渡したのは書類を入れた鞄だった。そうね邪魔になるものね。
「お嬢さん、あのな、ダンジョンは本気で死ぬこともありえる場所だ。出来りゃ考え直してもらいたいんだが」
「まあそうカリカリするな、ギド。おまえが心配しているようなことにはならんよ」
小声でそんな応酬をして、お姉さまはギドの腕を軽く叩いた。上司が部下にやるやつみたいである。
そしてくるりと踵を返し、お嬢様はさて、と手のひらで扇を打った。
「それでは、参りましょうか」
いざ、ダンジョンへ。
書き置きなくなってきちゃった……




