21使える大人
ギルド周辺の整備、冒険者含む子供たちへの教育の再開、報酬額の見直しと訂正。どう解決しようかちょっと悩みの種であった大部分がギド主体でやってもらえることになった。そしてその費用も、ギルドに持たせる予定だった「色」の部分でほぼほぼ賄えてしまったのである。
さすがに足らない部分は公爵家がちゃんと補填することにはなるが、ギドに任せておけばそうそう着服されることはなさそうだ。
「ギドが使える大人でよかったねえ、人脈もあるし」
「そうだな、かなり助かる。人材の派遣も管理も私は門外漢だから」
うまくことが運ばなかったらどうなっていただろう。下手したら殿下のほうの人脈、というか陛下の周りから有識者を駆り出すようなことになっていたかもしれない。
話していくうちに散らばりまくった書類をまとめながら、お姉さまは珍しく脱力していた。
因みにわたしたちは横でただ座っていたわけではなく、殿下は結構はなしに口出ししていたし、わたしは決まったこととか企画とかそういうのを書き出すことに専念していた。お仕事している感があってちょっと楽しかったのは秘密である。殿下には隠せないけれど。
「というか、お姉さまってばちゃっかり書類持ってきてたことに驚きました」
「屋敷に置いておくほうが恐ろしいよ。勝手に触られたり処分されたりしたら目も当てられないだろう。私はこっちに味方がいないからな」
そうでなくてもちょっと重要な書類だから、お姉さまがお父上の大事な書類をおもちゃ代わりに持ってきた、とかそんな騒ぎになっても面倒くさい。たしかに屋敷に置いてはおけないですね。
「一段落したことですし、何点か質問してもいいですかね」
わたしたち以上に疲労困憊そうなギドが、もっとやつれた顔で挙手をした。
外はいつの間にか日が傾いており、かなり時間が経っていたことが伺える。さっさとエミリーさんを帰らせてよかったかもしれない。わたしたちこれからどうやって帰ればいいかはわからないけど、エミリーさんは昨日持ってきた荷物の荷解きもまだなわけだし。
「答えられる範囲なら」
「じゃあ、お嬢さんが連れてきたそこの二人のお子様は一体何者なんですかね。お嬢さんも大概だが、こんな話について来られる子供なんて二人も三人もいないで欲しいんだがなあ!」
それはちょっと、わたしも同感である。特に殿下に常々思ってることというか。こんな七歳児嫌なんですよね。
「はい、わたし、アンジェお姉さまの友人枠に収まらせて頂いてます、ベルチェット男爵家の娘でティアラです」
「べる、ベルチェットぁ? あの貧乏男爵か!?」
「お、ご存じでしたか。そのベルチェット男爵でーす。今日は書記やってました。今日話した内容のまとめは屋敷に戻ってお姉さまと精査してから清書するので、後日お渡ししまあす」
言うてわたしも疲れたので、かなり投げやりに答えたがいいだろうか。
まあ、この場は完全防音だし構わないだろう。
ギドはなんか思った通りというか、貧乏男爵の娘がこの会話についてきてる上に書記のまねごとをしていたということに驚愕しているようだ。
それよりわたしとしては、殿下の悪い顔のほうが気になる。おもちゃを見つけた顔だもん。
ここで王子様だよって言ったら面白そうだな、ってもう顔に書いてあるんだもん。
「は~い、じゃあおれ」
わたしの情報を飲み込み切れていないのに、殿下がもう、ほんと楽しそうに挙手をした。お姉さまも止める気はなさそうだ。信用できる大人ってすばらしいなあ。
「王国第三王子ロレシオだ。よろしく頼むよ、ギド」
因みにですが。何番目だろうが「王子」を騙るのは重罪である。それが庶民だろうが貴族だろうが罪は罪。王子を騙って犯罪まがいのことをしていたら死罪なんてことも珍しくありません。
この大人顔負けの知識を以て、大人の話に口出ししていた少年がそれを知らないわけがない。そして、ドラローシュの一人娘が第三王子殿下と婚約したということは、割と周知の事実なので。
かわいそうに、ギドは真っ青な顔に滝のような汗を浮かべて、殿下に指をさしながら口をぱくぱくとさせていた。
「さっきあだ名を決めてもらったから、おれのことは気軽に「ロックス」って呼んでいいよ。むしろそっちの方が助かるな。ギドとはほんとに長いつきあいになりそうだしね」
うっかり王子なんて口走ったら大変だろう、と青を通り越して真っ白な顔をしたギドに言う。ちゃんと脳味噌で処理できてるか甚だ疑問なんですよね。大丈夫かな。
「あ、おれが王子だって証拠いる? そういわれてもポンと出てこないんだけど」
「証拠そもそもいります? お姉さまが肯定するだけでよくない?」
「たしかに」
ドラローシュの家紋ががっつり入った馬車に乗ってやってきましたからね、わたしたち。少なくともお姉さまの身分だけは嘘偽りないわけだ。
で、わたしたちの会話でもっとギドは混乱することだろう。男爵と王族なんてそもそも気軽に口を利いていい身分差ではないのだから。
ほんとうだったら、この場でわたしとギドの発言権などない。いくら外部に音が漏れなかろうが関係ないのだ。
「……死罪ですかね」
「ふふ、面白いことを言うな」
けれどこの場は非公式であり、お姉さまも殿下も許している。涙目のギドのこの発言も、ただの笑い種にしかならない。
まあ、すべてこの場限りのことなんですけどね。
「ここで見たこと聞いたこと。すべて外部に漏らすことのないように。もしだれかに話したら……」
お姉さまが意味深に言葉を切った。もし、だれかに話したら。ギドは一体どうなっちゃうの。
「どうにもならんよ。ただ身動きが取りづらくなる。主に私と殿下がな。そもそも爵位を持っているのは私ではなく父だし、王子殿下もその立場で好き勝手できるほどの権限などない。おまえに罪を問うことは、まずないと思ってくれて構わない」
「は、はは……」
生きた心地がしなかったのだろう、すんごい乾いた笑いが漏れていた。
「だからこれはただのお願いだ。ここでの出来事はすべておまえの腹のなかに留めておいてほしい。私たちにはまだ、やるべきことがごまんとあるからな」
とんとん、と書類を束ねながらお姉さまは言う。
ドラローシュ公爵家が好き勝手をした尻拭いは、まだ始まったばかりなのだ。
「っていうか、なんか、身体痛くないです……? わたしだけ?」
ずっと応接室で缶詰だったもので、身体がなんかばきばきです。
今更ながら、殿下の年齢で長時間集中できるのって意味が分からないですね。ふつうに飽きて年相応に文句を垂れて欲しかった。
そうしたら今頃こんなにお尻が痛い羽目にはなってなかったと思うんですよ。
「あー、なんかすまねえなお嬢ちゃんたち……」
どんな集中力を発揮していたかって、わたしたちが出てこないことを見かねたギルド職員さんたちが、様子見がてら軽食とかお茶とか途中運んできてくれたのに「じゃあ中断しましょうか」って一切ならなかったくらいでした。部屋の外で受け取ってお礼もそこそこに追い返してるんだから、ひどい連中だと思います、わたしたちって。
「あとで職員のおねえさま方にお礼言わなきゃですね」
持ってきてくれたのはへにょへにょのレタスとキュウリの酢漬けみたいなやつのサンドイッチと、苦みと渋みが全面に押し出されたお茶でした。
サンドイッチは具が薄っぺらいしパンはぼそぼそで、でもこれがあったから今日いちにちここに籠もれた感は否めません。
ていうかみんな口に入れてたものの、ほんとうに誰も味についてとか言及しなかったのだ。わたしはそこまで気にしていなかったけど、お姉さまと殿下はどうだったのだろう。
「ああ、いや……貴族のお嬢さん方と王子サマの口に入れるようなものじゃあなかったな、と……。ドラローシュの領主は肉しか食わねえなんて噂もあってだな……」
ギドさんがなんか、すごい申し訳なさそうに言う。噂というかおそらく庶民の間で言われている領主の悪口だ。
そうでなくてもとくに未払いで困ってたのって食肉事情ですからね。ドラローシュの野菜嫌いは領民には有名な話である。
「まあおいしくはなかったよね!」
「庶民の経済を圧迫しているのはこちらだ。食事を頂けたことに感謝こそすれ文句を言うつもりはない。それに「肉しか食わない」はあながち間違いでもなかった。そもそも……あー……」
身内の恥だからなあ、と口を滑らせかけて言葉を詰まらせた。わたしたち相手だと結構おうちの、というかお母上の武勇伝について話してくださるから、その延長でギドにも言い掛けてしまったのだろう。
お姉さまがわたしにいろいろ話してくださるのだって、わたしが知ってる「公式設定」とのすりあわせとかもあったから、ある種自然な流れだったのだ。それにお姉さまはお母上のことを、あまり自分の身内として勘定していなかったところもある。
「アンジェのところはドラローシュ夫人が偏食だったんだよ。いまは肉以外の食事もちゃんと食べれるようになったんでしょ?」
あえて空気を読まずに、お姉さまが濁したことを殿下が言い切った。
「……ゆくゆくは、領地の農家迫害の風潮も変えていきたい、と思っている」
どこか遠い目をしながら言うお姉さまを見て、ギドは「苦労してんだなあ」みたいななんとも言えない顔をしたのだった。
「……ほかに聞きたいことは?」
「あー……なんかいっぱいあったんだが、全部吹っ飛んじまった……」
もうアンジェリーナハラスメントをしていた侍女は処刑されてるので、アンジェの食事事情は一新されています。
が、農家迫害の風潮が根強いから領地産のお野菜などがあんまり手に入らないもので、結局冒険者ギルド頼りで肉多めになってはいます。それすら打ち切られる寸前でした。
じゃあ税はどこから徴税してるかというと、小麦とか保存の利く農作物を公爵家に納める方法をとれないので、必然的に硬貨での徴税になっています。農協みたいなところが生産農家(絶滅危惧種)に硬貨で買い付け、それを更に税として回収する役職の人がいます。(後から生やした設定なのでこれ書いてた頃はそのへん考えてなかったです。)
税の徴収の人の話は近々触れます。たぶん。
パパはアンジェリーナと同じ食卓を(怖かったから)囲んでいなかったので、別に用意されたものを普段から食べており最近の食事に彩りが増えたことに気づいていません。
アンジェと食卓を囲むようになったのはアンジェリーナが死んでからでした。




