20冒険者ギルド
アポは取った、という通り、わたしたちはギルドに着くなり建物の階段を登って奥のほうへと招かれた。ギルドマスターがいる応接間だそうだ。
しかし予算が足らないというのが顕著で、お偉方をお招きすることもあるであろう部屋なのに、ふつうの事務所に形だけの机と長椅子が設置されただけという、なんとも簡素な見た目であった。
なんとなく、ほら、あれ。強い魔物の骨が飾ってあったりとかさ、レア素材の武器が飾ってあったりとかさ。そういうのちょっとだけ期待していたのだが、飾ってあったアトしかない。日焼けした壁から剣が飾られていた痕跡しか残っていないのだ。
わたしたちはお姉さまの後ろに控えてただ突っ立っており、椅子に座っているのはお姉さまだけである。その広い椅子も、ただの板張りのベンチのようなもので座り心地は悪そうだ。
「すいませんね、領主のお嬢様がいらしたのに、大したもてなしもできませんで」
そういってお姉さまの対面に座っている男性が、ドラローシュ領冒険者ギルドのギルドマスターだという。落ち窪んだ目元をした中年の男で、細身であるが筋肉はがっしりとしているように見えた。
「構いませんわ、お時間を頂けただけでじゅうぶんですもの」
もてなしがないというか、茶を出すつもりもなさそうだ。端から歓迎はしていません感が半端ないです。まあ、いままでのドラローシュの所行を思えば無理からぬことだ。
それにこっちもちょっと非常識でもあるしね。わたしたち護衛も最低限しか連れてきていないのです。というのも、ドラローシュ公爵領の屋敷にいる騎士たちがあんまりね。お姉さまをお守りする気のなさがにじみ出しているというかね。
なのでひとりしか連れてこなかったんです。わたしたちの他にはエミリーさんと、御者のおじいさん、あと形だけの護衛の方だけでした。
で、エミリーさん以外のふたりだって外で待機している。
それでいて馬車は公爵家の家紋入り。道中わりかし危険極まりなかったのだが、お姉さまがそこらへんぜんぜん問題視していなかったのだ。
治安も悪いってのにここまで何事もなく来れたのは、たぶんお姉さまが何かしていたからなのだろう。わたしにはよくわからないけど!
「早速ですが本題に入らせていただきますわね」
そう言って、お嬢様は片手を上げた。それを受けてエミリーさんが前に出る。あの顔色百面相をしていたエミリーさんだが、足取りしっかりしているようで安心した。
「我がドラローシュ公爵家に送られてきた陳情と請求、その他諸々。領主である父ロメオに代わりまして謝辞を申し上げます。お納めいただけますかしら」
エミリーさんが化粧箱を机に置いて、蓋を開いた。そこまで大きいものではないが、中に納められた金貨はとんでもない数になる。わたしの感覚だと、万札の束だけぎっしり入れられたアタッシュケースみたいなものだろうか。億とかそういう金額がぽん、と机に置かれているのに等しい。
で、入れ物の化粧箱もかなりの値打ち物である。正直いままで未納にしていた「食事代」だけ見れば払いすぎだろう。
さすがのギルドマスターさんもこれには目を剥いていた。
ここで急に態度を変えて平身低頭してきたら拍子抜けだけども。
「……ちゃんと支払う気があったとは驚いた。でもなあ、ちと受け取れねえな」
「あら、なぜかしら」
「俺ぁ浅学で計算もろくに出来ねえが、これが払いすぎだってことはさすがにわかる」
こっちがちょろまかして、少ない額で怒るならわかるが、まさか払いすぎで断るとは。こんな大金下手したら一生見る機会なんてない。
もしくは、向こうが「足りない」と難癖つけてくるかとか思っちゃったんだけどね。
「……ふむ。ギルドマスター。わたくしは貴方を侮っていたようですわ。お詫びします」
さすがに金で目が眩むようなひとがギルドマスターなんてやってないということなのだろう。
でも正直、目が眩んでくれても問題はなかったんですけどね。
お姉さまのお母上が出した損失って、使用人の大量処分に伴った慰藉料とか、呪具ってことにして売り払った調度品とかで、実はほぼ戻ってきている。なのでここでギルドマスターさんが金に飛びついてくれても、ぜんぜん構わなかったのです。そしたらこの人は「それまで」だったということだし。着服されたらそれはそれで、ギルドマスターをもっと扱いやすい人材にすげ替える下地にもなっただろう。
「エミリー、貴女は先に屋敷に戻っておいでなさい」
「……は、はい、かしこまりました……?」
なんで? という顔を隠しもせず、けれど言われたとおりエミリーさんは退出していった。
(魔法で何か干渉してるね)
殿下が隣でぽつりと呟く。なるほど。疑問には思ったけど、なぜか従ってしまった感でもあるのかな。
そして、侍女だけ退出させて、後ろにいる「お友達」はそのまま残させたお姉さまの奇行に、今度はギルドマスターさんが怪訝な顔をする。
「貴殿がわたくしたちを「子供」だからと侮って、金に目を眩ませるようならばそれまで、と思っておりました」
「……確かに、領主様じゃなくてお嬢様が来たって聞いて、なんか裏でもあんのか疑ってはいたがな」
子供を寄越せばたとえば支払いが少なくても、最悪手ぶらだったとしても、ギルドマスターは怒れないんじゃない? みたいな打算とかを疑われていたようである。正直ナメられると思ってばっかりで、そこまで考えていませんでしたね。
「それについてはドラローシュ側の事情ですので、特に深い意味はございませんわ。ただ……。餌に飛びつかなかっただけで少なくとも貴殿は信用できる。わたくしたちがまだ子供ということに露骨に見下した態度を取ったりせず、むしろ警戒していたというのも好感が高いですわね」
「なんだそりゃ……」
ふつうに困惑してらっしゃるギルドマスターとは対照的に、お姉さまは声だけでわかるがかなり上機嫌だ。
ただ金を払って、いままでごめんねって頭を下げるだけの予定だった。
そんで速攻で屋敷に戻って次の仕事に取りかかるつもりでいた。
殿下のあだ名を決めたのは、たとえば後ろについてきたわたしたちという全く関係ない要素に説明を求められた際に、心細いからお友達をつれてきましたーって適当なことを言ってお茶を濁す気だったから。そのときに名前を呼び合うようなことがあったら困るから。
そもそもわたしたちが着いてきたのって結局、わたしたちだけ屋敷に残ってても仕方ないからでしかない。
が、この人が「使える人材」となれば話が変わる。
後ろについてきた子供ふたりに触れずにさっくり本題だけで済んだ。お金払いすぎってわかってて、それでもみっともなく手を伸ばすこともしなかった。
そんで金が支払われたから話は終わりだと出てったり、はたまたわたしたちを追い出すような人だったら。お姉さまはきっとこの人に興味も持たなかっただろう。
「ギルドマスター、貴殿の名前を伺っても?」
「あ? ぎ、ギドだ」
ギルドマスターのギドさん。覚えやすい。安直というかなんというか、ギルドに携わるために配置されたみたいなお名前ですね。
と、いうのは思うだけで顔にも出さないようにする。貴族たるものポーカーフェイスが大事、なんつって。
「わたくしはドラローシュ公爵の娘、アンジェリカ・ドゥ・ドラローシュと申します。お見知り置きを、ギド」
「あ、ああ、おお」
「貴殿とはおそらくこれっきりの関係にはならない。いいえ、今後も是非よろしくしていただきたいですわ」
そう言って、お姉さまはぱちんと指を鳴らした。途端に何か得体の知れない感覚が巡る。ギドさんはわたしたちより何か顕著に感じたのだろう、さっと立ち上がって臨戦態勢をとった。え、そんなに?
「さて、ギド。早速だが」
一方この状況を作り出したお姉さまはリラックスしており、深く座り直して足を組んだ。わたしたちに手招きして、隣においでと合図する。
「貴殿を見込んで依頼したいことがある。できれば他言無用で、な」
わたしたちを座らせたということは、すこし長い話になりそうだ。
「なにをなさったか聞いても?」
「そんなに警戒するほどのことはしていない。外部に音が漏れないようにしただけだよ、ギド。主に私の都合だ」
都合。ご令嬢の口調をやめちゃったっていうだけなんですけどね。
いまお姉さまがやった防音の魔法だけれど、既存魔法だと闇属性に分類されるのだとか。しかしさすがのギルドマスターにも情報過多のようで、なんだか魔王と対峙しているみたいなお顔をなさっている。
でも、お仕事の話をするとき、お嬢様しながらやるとなんとなく冗長っていうかまどろっこしいというか。お姉さまの見た目も相まって、やっぱりお父様のお仕事のお手伝いしてます感がしてしまうのだ。
それでもギドさんはお姉さまの見た目にだまされてはいなかったんだけど、やっぱりこっち優位で話を進めるには「お嬢様」だと少し弱い。
まあ、そんなことよりさらっとやってのけた防音魔法がすごい高難度らしいですね。ギドさんのお顔から殿下はいろんな情報を拾っていそうである。
「そう固くならないで欲しい。この「払いすぎ」に見合う仕事を頼みたいだけだ」
これはどうやら、お姉さまのお仕事が大幅に減りそうだ。
「これはうれしい誤算だったねえ」
殿下が楽しそうにおっしゃった。
ええまったく、その通りだと思います。




