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19あだ名をつけよう



 翌日、わたしたちは馬車に揺られ冒険者ギルドに向かっておりました。

 さすが公爵家が所有する馬車、劣悪な道でもお尻が痛くなることがなかった。なかったけれども。


「やっぱりというかなんというか、めっっちゃ揺れますね」

「舗装されていませんもの。今後は改善されるでしょう」


 わたしがつい口に出した言葉に、お姉さまがにっこり笑顔のままお返事してくださいました。

 そう、いま馬車のなかにはわたしたちの他に、お姉さまの侍女さんもいらっしゃるのです。ゆえにお姉さまは猫をかぶっているのである。

 一方、王子殿下も一緒だからか、侍女さんの顔色はさっきから青くなったり白くなったり忙しない。

 まさか王子殿下と一緒の馬車に乗るとは思っていなかったのだろう。というか、どこかに出かけることになるとそもそも思っていなかったかもしれない。なぜならこの侍女さん、やっぱりというかなんというか、お姉さまが快適なバカンスを過ごせるように入念に準備をしてやってきたのである。屋敷の中にいるだろうと思うよね。

 けれど翌日荷解きをする前に荷物のなかから金子がぎっしり入った化粧箱を持たされて、拉致よろしく馬車に詰め込まれたわけだ。


「エミリー、そんなに固くならないで」

「は、は、は、はひ」


 その侍女のエミリーさん、わたしの隣に座ってるんですけど、記憶のすみに残っている携帯電話のマナーモードよろしく震えている。やっぱり王子殿下を前にしたらみんなこうなるよなあ。わたしが殿下と初邂逅を果たしたときを思い出す。あのときお二人はわたしの様子をみて笑ってらしたけど、あのときのわたし、ふつうの反応だったって。

 この状態でお姉さまが口調を戻そうものなら、処理落ちしてそのまま気絶しちゃいそうである。

 でもこのマナーモードに金子なんか運ばせようものなら、落っことしそうでなんか怖い。

 だからってわたしが代わってあげるわけにもいかないし。

 やっぱり大金の受け渡しがあるときは大人が立ち会わないと格好がつかないもの。ただでさえ子供が出向くのだ、これ以上公爵家の品位を落とす必要もない。

 故に目的地につくまでに平常心を取り戻していただきたいのだけれど。

 殿下は自分がなにか声をかければ、きっともっと悪化することが目に見えているためなにも言わない。なにを言っても、逆になにも言わなくても威圧を感じて震え出すので始末に負えないでいた。


「うーん、ええと。エミリーさま?」

「ひゃ、はい!?」

「わたし、家が男爵家なんです。あのベルチェット男爵家。だからわたしにはぜんぜん畏まったりしなくて大丈夫です」


 畏まったりというか、たぶんエミリーさんのおうちのほうが家格が高いだろう。

 ベルチェット男爵家の名前をゆっくりゆっくり咀嚼して、エミリーさんは意味に気づいたのだろう。えっ、あの!? って顔をしたあとに、なんでこの空間にわたしもいるのかすぐ疑問に思ったらしく、すごく不可解なものをみる顔をされてしまった。そりゃそう。


「アンジェリカさまとは、殿下との婚約発表のパーティでお会いしたときによくしていただいたんです。そのご縁があって、アンジェリカさまにお友達として、公爵様の領地へ招いてくださったんですよ」

「あ、アンジェリカお嬢様のご友人……!? でしたらその、わたくしめのことは敬称など不要でございます! どうぞエミリーとお呼びくださいベルチェット様……!」

「ありゃ、逆効果だ」


 アンジェお姉さまの友人となれば、「あの」ベルチェット男爵家の娘も天上人にランクアップ、というか爆上げである。わたし自身そんなご大層なものじゃないのになあ。

 でもわたしのことを知らなかったのも無理はない。わたしたち、ほんとうに今日がはじめましてなのだ。昨日エミリーさんが到着したときにはもうずいぶん遅い時間で、わたしと殿下はもう、用意された部屋で寝ていたのである。子供なので夜は眠いのだ。

 なので、エミリーさんが持ち寄った大荷物は今朝みました。やっぱり想像通りだったね、と王子殿下と目だけで会話できた瞬間でしたね。

 そしてわたしのことを知らないということは、お姉さま日常でもわたしのことを侍女さんに話していないということでもある。

 お姉さま、雇用している人材に説明しなさすぎ、というか世間話もしてないのかしら。訊けばたぶん、聞かれなかったから言わなかった、と言うであろうことが想像に難くない。


「思うに殿下がこう、殿下! って感じだからエミリーさんも萎縮すると思うんですよ」

「あれ、僕の所為かい?」

「殿下のせいではないですけど、殿下が「第三王子殿下」なのが悪いっていうか。気さくだし、ちょっと不敬でも殿下が怒らないことはわかってるんですけど、うーん。なんていうのかな……」


 もう会話でエミリーさんを落ち着かせるのはあきらめて、わたしたち、というかわたしが、殿下とお話して殿下が思ったより怖くないって認識して少しでも緊張を解いてもらうほうが現実的な気がして参りました。

 というわけで会話の矛先を殿下に向けた。ド貧乏男爵家の娘が王子殿下と気安い会話ができてるんだぞ。殿下は別に怖くないぞ。


「まあ、確かに肩書きだけはどうにもならないな。ティアラ嬢も最初は王子様の僕のこと怖がっていたものね」

「一生殿下の顔見ておしゃべりできないと思ってました。なにせ貧乏男爵の娘なんてほぼ平民みたいなものですし。身分差がえぐいでしょ」

「そういえば「わたしはじゃがいも」とか口走ってたね」

「思ってましたけど、え、口に出てました?」

「出てたよ、ほんとに」


 表情から抜いた情報じゃないよって念押しされてしまった。


「まあ、でも。いまから向かう先で、僕のことを「殿下」って呼ばれるのはちょっとまずいかな。ねえ、アンジェリカ」

「そうですわね」


 急に話を振られてもしれっとご令嬢の口調で返してくれるお姉さまだ。

 そうなのである。いまから向かうのって冒険者ギルドなんです。そこに領主の娘まではまだ許容できても、王子殿下が向かうとなるとちょっと話が違ってきてしまう。

 こっちにそんなつもりがなくっても、王子まで連れてきて「いままでのドラローシュの暴挙はなんの遺恨も残さず水に流してね」って威圧しているように取られても面白くないのだ。

 そんでそういう大物を連れて行ってしまうと、せっかく用意したお金が受け取ってもらえなくなるかもしれない。相手が勝手に萎縮して。

 で、わたしたちが去ったあと冷静になって考えて、子供だけでやってきただけに飽きたらず、王子殿下まで連れてきて自分たちに発言させなかった、みたいなね。これだからドラローシュ公爵は、みたいなね。そういう思い込みで恨まれてもつまんないじゃないですか。


「アンジェリカのお友達ってポジションが好ましいんだよねえ。なんかあだ名みたいなのないかな、ティアラ嬢」


 目を細めて意味深なことを仰る。これってあれだ。乙女ゲーのプレイヤーやファンが殿下のことをなんて表記していたのか聞きたいのだろう。


「ええ、ええ……?」


 そして殿下の言いたいことをちゃんと理解できたのに、わたしは言葉に窮してしまう。

 だってね、殿下の「私たち」の呼び名ってさあ。


「とっさに思い浮かぶのって……「ロ様」とかそんなんなんですけど」


 メインヒーロー王子殿下ルート、ファンからの呼び名は「ロ様ルート」でした。もうほぼすべての攻略対象に言えるのだけれど、名前の最初の文字だけで通じるんですもん。

 王子殿下だからまだ「様」が付いたけど、たとえばエーメ家のリシャールなら「リ」だし、ニネ家のクロードなら「ク」で通じるのだ。あだ名なんてほぼない。

 さすがの殿下もそれは予想してなかったのか、吹き出して声もなく肩を震わせた。殿下って結構笑いのツボが浅い。


「ろ、そっか、ロ様ね、ふふ……」


 そもそもだが、こういうお忍び系のイベントってなかった気がする。なので別の名前で呼んでくれ、みたいな、そういうの公式で用意されていないのだ。

 でもって、王子殿下のお名前にあやかる、みたいなのは庶民では割とありがちなので、名前の認知度は結構高め。というのが、ベルチェット家調べです。わたしんちは領民との距離も近いので。生まれた子供に三人の王子殿下の名前をつけてるご家庭ってほんと珍しくない。

 ただ、貴族は王族のお名前を子供につけることはほぼないと言っていいだろう。過去の王のお名前でもない限り、その王子と同世代の子供に王子の名はつけない。

 なので、大貴族の娘であるお姉さまのお友達の、架空貴族のロレシオくんは存在してはならないのだ。

 そうでなくてもわたしたちが殿下をお名前で呼ぶことってないし、わたしがまだ抵抗があるので、あだ名のほうが呼びやすくはありますよね。


「ろ、ロ、んふふ、だめだ、ごめ……」

「殿下は笑いすぎなんですよねえ。でもなんかほかにいいあだ名みたいなのって思い浮かばないもんですね」


 なにせ「ロ様」が頭のなか支配しちゃってますからね。あんまりご本人から乖離しすぎても、呼ばれたときに反応できないかもしれないし。


「エミリーさん、なんかないですか?」

「んえふぇ!?? わ、わ、わたくしでございますか!??」


 急に話を振ったわたしも悪いけど、エミリーさんは大げさに、文字通り飛び跳ねた。座席から三センチは浮いていた。


「いいい一介の侍女風情のわわたくしめが王子殿下であらられられるおおお方のお方の、お、お名前を口にするなどそんな、そんなおお恐れ多いことにございますれば!!」

「ううん、ぜんぜん緊張ほぐれてないねえ」


 殿下もエミリーさんの様子に、若干口調が砕けてきている。


「そんな気負わずに、一案としてなにか僕にあだ名をつけてみてくれないかな」


 このド緊張している状態で脳味噌が回るとはとうてい思えないんですけど、でもロ様に染められたわたしたちの思考をなんとか打破してもらいたい気持ちもある。

 と、ここまで我関せずを決め込んでいたお姉さまに、なんの気なしに目を向けた。窓枠に頬杖をついて外を眺めてらっしゃるが、膝に落ちている片手の指先がなにやらくるくる動いている。というか、指先がなにか光っているような。

 そんなこと思っていたら、萎縮しまくって化石になっていたエミリーさんが唐突に考えるような仕草を取った。すこし落ち着きを取り戻したように見える。


「そ、そうでございますね……。い、いまふと思い浮かんだ、というか、連想したといいますか……。ろ、ロッキー、とか、ロックス、とか……? あああ、決して王子殿下を貶める意図などそういうのは全くぜんぜんございませんので……!」

「おお~、案が出た」


 結構すんなり。しかも思ったよりきてれつじゃない。ロッキーはちょっとあれ、なんかボクシングとかやりそうな響きがあるけれど。


「ロックス、いいんじゃないですか? どうです殿下」

「ティアラが呼べるならそれでいいよ。アンジェもいいでしょ」

「殿下がよろしいのでしたらそのように、ロックス様」

「決まった」


 あっさり。案を出した張本人もなんか拍子抜けしたみたいである。

 が、やっぱり顔色が青くなったり紫になったりしだした。だいじょうぶかなこのひと。


「お姉さまあ」

「大丈夫よティアラ。エミリーは、ちゃんと役割は果たせます」


 そんでまた指先をくるくる。なんかやっぱり魔法をかけたのだろう。たしかに、顔色はやばいことになってるけれどマナーモードの方は多少、なりを潜めている。

 役割は果たせます、というか、ほんちゃんは大丈夫なようにする、ということか。なら安心ですね。


「あ、ティアラは僕に様つけるのやめようか」

「ぁえ!? それは困りますけど!」

「いいじゃん、様でさえなければ。「くん」とかでいいし、「にい」でもいいよ」

「あ、おにいちゃんはもういるので間に合ってます、ロックスさま」

「ざんねん」


 まあ本名ではないのでね、そのうち敬称変えるので許してください。急にはちょっとさすがに無理です、王子殿下。






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