17良い上司とは
前回までのあらすじ。
良い大人が幼女に褒められたいとか言い出した。
「認識を改める必要がありそうだねえ、ニネ子爵。彼ってばよくわかってるじゃないか」
「殿下はご機嫌だあ」
お褒めいただきたい発言を受けて、アンジェお姉さまは頭に「?」を浮かべたまま言葉に詰まり、殿下は猫かぶった笑顔のまま思いっきり吹き出すという、なかなかに愉快なことになった。
まあ、そのあとどうにか本題に戻し話を聞いたところ、ニネ子爵は思った通りなにもしていなかったわけだったのだが。
「アンジェリカお嬢様のご期待に添ってご覧に入れます」
とかなんとか言って、ものすごく張り切って出て行ったわけである。その変わりようといったら、なんだかすごく不安を煽るというか……。ご期待に添うもなにも、そもそもニネ子爵にご期待とか寄せていないって言ってるんだけどな。
「張り切りすぎて空回んないですかね、あのひと」
「余計なことしそうだねえ」
ようするにそういうことである。
「そんでアンジェはなんか小難しい顔してるね」
小難しいというか、心底理解ができないものを見たようなお顔をしてらっしゃった。
「……私はあまり良い上司ではない自覚があるから、急にあんなことを言われると対応に困るな」
「ああ、褒められたいって?」
「そう。たしかに褒めそやして持ち上げて部下のモチベーションを上げるのも大事かもしれないが、私は基本他人を褒めることをしない、というかしたことがないなと思って」
きっと、思い出すのは少尉だったころのことだろう。お姉さまは誰よりも有能で、故に褒めるより褒められることのほうが多かったはずである。
で、お姉さまの性格上、上官から褒められて気を良くするタイプではないし、部下に対してだって思ってもない世辞など口に出せないのではないか。
そもそもお姉さまが過労死した原因だって、元を辿れば「どうしてこんなこともできないのだろう」という疑問からだったわけだし。
「じゃあそういうときどうするんです? なんかこう、労い? 的なこともしなかったんですか?」
「基本、軍なんて男所帯だ。例外もないことはないが、たまに獲物を持って帰って、さあ食え野郎共! って言って野外で火を起こせばそれで済んでいた」
「わあ、雑~~。例外には?」
「肉でテンション上がらない奴にはどうすることもできないな」
人間は結構単純な生き物なので、よくやった、ありがとう。とか言われるだけより、さあ食え、今日は奢りだ! って気前よくやったほうがテンション上がるものだったり。なんなら給金がちょっと上がってた、みたいな、ようは「目に見える成果」が欲しいものだ。
もっと言ってしまえば、周りと一緒くたにされるよりも、ひとりだけ特別扱いしてもらえることのほうが自尊心が満たされたり。と、もっと面倒くさくなっていくのだけれど。
「まあ、人心掌握まで手が回らんし、やる気もない。クローニンの期待には私のほうが添えない。それだけだ」
そうは言うが、アンジェお姉さまの過去の話を聞いた感じ、部下の人たちに結構慕われていたのではないかとは思うのだ。
お姉さまの目線が書類にしかないのを良いことに、わたしと殿下は顔を見合わせて笑ってしまった。
「ああいう手合いは、アンジェが一言「よくやった」って言うだけで喜ぶんだよ、君には理解できないだろうけどね。是非参考にしてよ」
「わかった、そうしよう」
たぶん、お姉さまは自分に向けられる好意にとても疎いのだ。
いつかわたしたちがお姉さまと一緒にいる理由も、打算や恩恵を目当てにしているわけではなくて、アンジェお姉さまだから一緒がいいんだ、ってことに気づいてもらえればいい。
「正しく伝わるといいねえ」
殿下が、わたしをまっすぐ見据えて言うものだから、そっと頷いて答えた。
「それはそうと、今後の予定はどうなの?」
「ああ、そうだな」
雑談は切りやめ、お姉さまが居住まいを正す。
「明日は早速冒険者ギルドへ行く。アポはすでに取ってはあるんだ。本当ならばこんな面倒なことすぐに済ませたかったんだが、今日中に私の侍女が必要なものを持って領地に来る手筈になっているから、それを待つ必要があってな」
「そういえばお姉さまが領地に帰ってくるのに、使用人だれも連れてきてないな、とは思ってました」
「騎竜が持てる箱がひとつだったからな。さすがにご令嬢をしていない私を知ってる使用人があの爺しかいないから、一緒に乗せるのは私が嫌がった」
「ああ……」
なんとなく納得してしまった。お姉さまが素を晒した上で仕事の話もできる相手は今のところ執事さんかわたしたちしかいないのだ。
そのお仕事の話が新規事業とか前向きな話だったら良かったのかも知れないが、残念ながらシナリオ通り進んでお姉さまが破滅する展開になったとしても、そうなる前にもう経営面で破滅しそうな領地改革、ようはいままでのドラローシュ公爵家が好き勝手しすぎた尻拭いをしに領地くんだりまでやってきたわけだ。そりゃ、ナーバスにもなる。
そうだとしても、ドラローシュ家で飼育している騎乗竜はシュガーくん一頭だけではないし、騎手も他にいるはずなのだが。
「事前に領地に行く話をしておいたのに、やれ私の着替えだの愛用の食器だのと言い出して、挙げ句自身の支度を忘れて彼女だけ時間通りに出ることができなかった。夜までにはお持ちします、とは言っていたからもうすこしすれば来るだろう」
「……あー……」
たぶん、その侍女さんにとってはそっちが本命だったのだろう。
わたしたちはお姉さまの新しい侍女さんと接点がない。
理由は簡単、わたしたちと会うときのお姉さまは「ドラローシュ公爵令嬢」ではなくなるから。
でも面識がなくても、その侍女さんすごく張り切ってるのではないだろうかということがわかる。
なにをしに領地に帰るかちゃんとわかってるのは、領主代行が来たときに一緒にいた執事さんくらいだろうし、そもそもお姉さまが領主さまに代わって領地のお仕事するんですよ、なんて説明したところで本気にされないことは目に見えてるからなあ。
だからたぶん、そもそも理由を話してすらいないだろう。
侍女さんは下手したらバカンスしに領地にお戻りする、と勘違いしている可能性も捨てきれない。
お姉さまに気に入られようとかそういう打算かもしれないけれど、そこはほれ、殿下が実際に顔を見ればわかることなので、いまは考える必要もないことだ。
「身の回りのお世話なら、アンジェの本性しっかり晒しといたほうが楽じゃない?」
「私「が」彼女を信用していない、という方が大きいかな。いま使用人と雇い主以上の関係を築くのは早計すぎる」
「ぼくらやあの老執事はいいのに?」
「爺は私の計画に一枚噛ませる必要があったし、ティアラは私と同類。殿下にはバレてしまっただろう」
「そいえばそうだ」
殿下は分かり切っているだろうにそう言って、それから机に頬杖をついてわたしを見た。
「ちゃんと聞けば答えてくれるのにね」
「……そうです、けど、ねえ……」
「? よくわからないがずいぶん仲良くなったな?」
きっと「部外者」認定している人たちには、詳細は伏せていることだろう。でも理由を訊ねられれば、ちゃんと説明してくれたはずである。
だから侍女さんも、領地に行くと言われたときに「わかりました準備します」じゃなくて、「なにをしに行くんですか」って一回聞いてみるべきだったのだ。
しかし、まあ、それはただの高望みだ。わたしたちが初っぱなから、事情をしらない大人たちからの理解を得られないだろうと思っているから悪いのだ。
よくわかってなさそうなお姉さまには悪いけれど、お姉さまの侍女さんがどんな大荷物を持ってやってくるのか、わたしたちには安易に想像できるのだった。




