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16期待なんてしてない




「いや~傑作だったね」


 大慌てでわたしたちのお部屋の用意をしにいった使用人さんたちにちょっとだけ申し訳なく思いながら、それでも面白いものは面白かった。

 本来なら使用人さんたちはアンジェお姉さまのお母様の被害者たちなのでまったく悪くはないんですよ。こんな仕打ちするほどでもないんです。


「でも、ただ当主の娘が遊びに来ただけではないから、初手でぶちかましておくのも一つの手ではある。どのみち私はここの使用人たちと深く関わるつもりはないのだし、嫌々ながら接待されている時間もない」

「そのかわりおれがお接待の被害を被ることになるんだけどね~」


 最初から分かり切っていたことだが、ドラローシュ家は公爵さまなのに使用人の質がとんでもなく悪い。嫌だ嫌いだと思っていてもドラローシュの令嬢相手にそれを気取られてはいけないのに。

 殿下相手に取り繕ったってバレてしまうけれども、わたし相手ですら歓迎されてないねえ、ってわかってしまうようなことはあってはならない。


「心配しなくても、王子殿下を接待できるような剛の者はおそらくいないさ。手を叩いても執事が出てこないのだけが不便だけれどね」


 執事さんは王都に帰って行ってしまったし(すごく後ろ髪を引かれていたけれども)使用人たちはすべて下がらせている。だだっ広い応接間には子供たちしかいなかった。

 そしていまは使用人たち総出で、王子殿下が宿泊する部屋を大掃除中。なんだかなあ。

 わたしたちはにぎやかし半分で着いてきてるけど、領地にきた目的はお仕事なのであって。


「まあ、外に執事長さんは控えてるはずですよね。呼んできますよ」


 わたしは立ち上がって、扉をそっと開く。

 言葉を失うとはこのことを言うのだろうか。


「どったの?」

「……執事長さんもメイド長さんもいないんですけど」

「なにそれ超おもしろいね」


 お姉さまが特大のため息を吐いた横で、殿下が真顔でそう言った。

 ぜんぜん笑えないですね、ほんとにね。




「アンジェリカお嬢様におかれましては、領地までご足労頂いたことにつきまして、まことに……」

「御託はいい。進捗だけ報告してくれ」


 なんとか執事さんを捕まえて、わたしたちより早くドラローシュ領に戻ってきているはずのクローニンさんを呼び出してもらったのが数刻前。

 そしてその苦労人さん、わたしはともかく第三王子殿下までいらっしゃる状況にプチ混乱を起こして、鎮めるまでちょっと大変だった。


「いえ、しかし、えっと……」


 部外者の子供がふたりもいる状況で、当たり前のように仕事の話を始めようとするお姉さまである。今回ばかりは苦労人さんが戸惑ってるのが正しい。だけどわたしたちの部屋がまだお掃除終わってないんですよね。

 まあ、部屋の用意ができててもこの場にいるだろうけれど。


「気にしないでくれ、クローニン。僕たちのことはアンジェリカの補佐のようなものだと思ってくれて構わない」


 殿下がお顔に外向けの笑顔を張り付けて、にこやかに言う。

 それに対してクローニンさんてば、そんなわけにいくか! と言いたげなのがありありと顔に出ていた。

 もちろんわたしにわかることが殿下にわからないはずもない。

 というかそう仰るのが王子殿下なのだから、子爵であるクローニンさんが口答えしていい相手ではないし、こうやって黙ってる時間ももったいないのだ。クローニンさんは間髪入れずに「はい畏まりました」と言っておくだけでいいのにね。ここで即断できないのがこの人の弱いところだ。

 案の定、殿下は笑顔を張り付けたまま、クローニンさんに向けて口を開いた。七歳児が送るおっさんに向けたお説教である。


「僕が同席することに他に理由が必要かい? 僕はアンジェリカの婚約者だ。つまり将来的にドラローシュの当主になるということと同義だろう。ドラローシュが抱えている問題について、アンジェリカからすでに掻い摘んだ程度の説明を受けているが、これらは僕にとって完全な他人事ではないはずだ。違うかな」

「い、いいえ仰る通りで……」

「そしてこれらの問題の解決にあたって、ドラローシュ領に関わる大人たちがまったく当てにならない。クローニン・ドゥ・ニネ。悪いが君もそのひとりだ。だからといって今回の件は「信用できて使える大人」を精査しているような時間がないんだよ。君に任されているのはただの窓口であって、意見ではない。もちろん僕たちもだ。当主の娘でまだ七歳のアンジェリカに解決案をすべて丸投げし、僕らは手分けして割り振るだけだ」


 だから「進捗だけ報告しろ」と言った。アンジェお姉さまも殿下も、もちろんわたしも、ほんとうにクローニンさんの意見を一切求めていないのだ。

 ここまで言われてようやく立場を理解したらしいクローニンさんが、わかりやすく気落ちしていた。

 いや、そんなかわいそうなお顔されても。ここまで悪化した一端はあなたにもあるでしょうに。


「……少なくとも能力的には王子殿下とティアラのほうが、おまえよりも優れている。なにより領地に帰ってきたばかりのおまえに、事前に振っておいた仕事を多少なりともこなせたか、なんて期待はしていない」


 そして書類を見たまま冷たく言い放つアンジェお姉さま。だから、なあんにも手についていません、と言っても別に怒らないよ、って言ってるわけである。お姉さまも殿下も、大人たちに一切の期待をしていないからこそ、今更仕事ができないことを怒ったりもしない。


「今回の件だって、所詮ドラローシュ公爵家も私腹を肥やす貴族の一端に過ぎなかった、ということが浮き彫りになっただけだ。ここまで悪化したことについて、おまえひとりを無能と罵る気はない。し、この件についておまえがいくら尽力しようとおまえ自身が評価されることはない。評価されるとすれば父だし、そもそも悪すぎる現状が元に戻るだけだから評価も感謝もおそらく誰にもされないだろう。そんな、やりがいのかけらもない仕事を押しつけなければならないわけだ。むしろおまえに頭を下げてしかるべきだろう」


 まったくフォローになっていないのだが、お姉さまが比較的優しい口調で言う。


「でもまあ、一通り終われば父に言って褒美くらいは取らせよう。あまり過度な期待はしないほうがいいだろうけれど、な」

「あ、あの」


 ここまでなにも言えないでいたクローニンさんが、控えめながら声を発した。


「なんだ?」

「……アンジェリカお嬢様からお褒めの言葉を頂けるのなら、なんだか頑張れそうな気がしてまいりました……」


 かと思えば、言うに事欠いてそんなことを宣うものだから。

 それはどうなんだ、ニネ子爵。




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