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15ドラローシュ公爵領





 あれから三日後。


「見えてきたね、あれがドラローシュ領の公爵邸だ」

「ひえええ~~! でっかああい!」


 騎乗竜が空を飛び、わたしたちは竜に持たせた箱車の中から遠くに見えてきた大きなお屋敷を見下ろしていた。

 向かい合わせたふかふかの座席に、窓が付いた箱である。当初、お姉さまがわたしのお迎えに使おうとしていたものだ。

 いつもわたしを送り迎えしてくれる騎乗竜、シュガーというとても愛らしい名前をつけられている男の子なのだが、これまたとんでもなくパワフルである。箱車が結構な重量なのだが、そこに子供三人と荷物、上に執事さんを乗せてもぜんぜん問題なさそうに空を進んでいく。

 そしてわたしたちがはしゃいで窓から身を乗り出している間、お姉さまは書類とにらめっこしていた。


「う、うるさい、です、よね……?」

「ん? ああ、問題ないよ。むしろもっとはしゃいでいてくれ。少しでも陰鬱な気分を紛らわせたい」


 そう言いながらお姉さまの視線はずっと手元に向いている。


「聞かなかったけどさあ、そんなまずいの?」

「まずいというか、為政者にあるまじきものばかりで頭が痛くなってくるよ。あんまりにも身内の恥が過ぎるから、この件に関してはあまりあけすけに話さないつもりだったんだが……」


 でも、移動中にもやんなきゃ間に合わなくなってきた。移動中にもやるということは、仕事をわたしたちにも見られてしまうということで。


「まあ見るよね」


 その書類の山ね。

 箱車はそんなに広くないので、その上で仕事をするなら隠し通せるわけがないのだ。

 ただお姉さまってば、目に付かないようにするのを完全にあきらめちゃっているけれども。


「うう~~ん、王家からの経費、私欲のためにしか使われてないねえ」

「ドラローシュ領は魔素が濃い。故に周辺に魔物の出現も多く、冒険者の出入りも多くなる。街道の整備や冒険者ギルドへの補助、支援金、あと治安維持のための経費は削ってはいけない部分だ。先代から打ち切られているがな」

「うわあ」

「それと、母の出鱈目な食事の弊害」


 食肉事情だが、この世界で畜産はほぼやっていない。だいたい魔物でまかなえてしまうからである。

 基本、冒険者ギルドが冒険者から買い取って、そこから方々へ流通しているのだ。

 肉だけにあらず、薬草とか衣類になる素材の収集依頼とかもあるので、冒険者が集まる領地は裕福なことが多い。

 ところが、ことお肉の購入に関しては、大量に巻き上げ適正料金をギルドに払っていなかったようである。アンジェリーナさまの言い分では、王家の血筋に当たる自分に、庶民たちが貢ぐのは当然。らしい。そんなわけないじゃん。

 ただし、そこは荒くれ者をまとめ上げる役割も果たす冒険者ギルド。そのとんでも理論に対して屈することはなく、肉の供給を止めることでなんとかお金はとれてたみたいなんだけれども。

 やっぱり自分ファーストなお貴族さま代表のアンジェリーナさま、提示された金額がお気に召さなかったようで、亡くなる数ヶ月くらい前は料金を踏み倒すという手段に出ていたようである。

 そして、アンジェリーナさまが亡くなったという情報がようやく届いたギルド側が、負債という形で公爵家に請求してきていた。それも結構な金額だったのだそう。

 でも領主代行のクローニンさんが、独断で返済などできるわけがない。

 そんなことをすればどんなお叱りを受けるかわからないから。

 最初から公爵家とギルドの間で板挟みになっていたのだ。アンジェリーナさまが亡くなったからといって、すぐに不具合の報告に行けなかった。

 アンジェリーナさまの英才教育の賜物、そんなことで連絡を寄越すな、が根強かったようだ。

 けれど、支払いもできない事態の収拾もできないでぐだぐだしている上に、量は減ったとはいえ公爵家への食料調達は未だ続いている。

 事態の改善が見込まれないのなら、公爵家へ討ち入りも辞さない。そうギルド側に脅されて、困って困って、ようやく王都の公爵領に助けを求めに行ったのが四日前。

 ギルドや冒険者だけでなく、公爵領に住む民も、領地の公爵邸にいるのが領主代行だとは知らない。真っ先に殺されるのは領主代行のクローニンだ。


「なんていうか、命の危機に瀕しないと上司に報告もできないんですね、ニネ子爵」

「そしてその決死の報告も、お父様にすげなく蹴られるところだったわけだ。まあニネ子爵が犠牲になろうが、公爵邸が焼き討ちされようが、残念ながら何も変わらない」


 その他のことだって何も解決しない。冒険者ギルドとのいざこざは、正直問題の一端に過ぎないのだ。


「一部地域で疫病が流行っているらしい。不清潔と食糧難が原因だな。あとは冒険者が民間人を襲う被害が出ている。自警組織が機能していないのと、冒険者に対して依頼の難易度と報酬が釣り合っていないことが原因だろう。識字率の低下が甚だしい。新たに冒険者になった子供たちが依頼内容を読めないのだそうだ。けれど食うに困るから冒険者にならざるを得ないの悪循環、学ぶ機会がない。学校に関しては教員に給料を支払えない故機能していない。生産農家が淘汰される風潮にある、それはだいたい母のせい。それから」

「わああ、ストップストップ!」


 やばすぎないですかね、ドラローシュ公爵家!

 もはやわたしたちを巻き込む気が満々らしいお姉さまってば、ほんとうになにも隠さずあけすけである。まあ、わたしたちだってお手伝いできるならばやるつもりで着いてきているところはあるけれど。


「早期改善が見込めそうな部分は、クローニンに指示を出してあるから向こうでやらせる。補助の再開の手続きなどはもう済ませた。取り急ぎ私がやるべきは敵対してしまった冒険者ギルドに頭を下げることだな。資金援助といままでの未払い金含め、色をつけて一括で支払えるよう準備もできている。ギルドが機能しなくなると領地が干上がるし、魔物の被害も増えるだろう。五年以内に改善されれば御の字だ」

「なんか釈然としないです、アンジェお姉さまは悪くないのに」


 ほんとうなら、頭を下げるのも話をするのも公爵さまがやるべきだ。

 頬を膨らませていると、アンジェお姉さまは困ったように笑った。


「上に立つべき者が、その器量を持ち合わせているかどうかは別問題だ。とくに貴族は世襲制だから、なりたくて当主になるわけではなかったり、はたまた当主になりたくても生まれた順番から叶わなかったりする。お父様はもともと国王陛下の友人だったし、外務大臣としての能力も申し分ないが、次期領主としては育てられていない。自分の仕事だけで手一杯だろう」


 そう仰るお姉さまには、自分の父親が困った子供か部下にでも見えているようである。


「けれど領民にはそんな事情は関係ない。貴族の娘がまだ子供だからといって、責任がないわけでもない。子供であろうと貴族は貴族だ。ならば、これも私の役割だ」

「有能なのも考えものだねえ、アンジェ」

「ほんとうにな。ほら、そろそろ屋敷に着くぞ」


 シュガーが降下して、地面が近づいてくるのがわかる。

 ドラローシュ公爵領のお屋敷に勤めている使用人がずらりと並んで、頭を下げているのが見えてなんとなく複雑な気分になった。

 それは表情から様々な情報が見えてしまう殿下を見れば一目瞭然だ。


(きっと歓迎はされてない)


 お姉さまはギルドの件が済んだ後も、当分は忙殺されることだろう。そのときお姉さまの味方になってくれる人はおそらくいない。執事さんはお姉さまのお父上の執事だから、この後王都の屋敷に帰ってしまう。次にくるのはわたしたちのお迎えのときだ。


「まあ、この、人を小馬鹿にしたような表情も、おれが出れば愉快な顔に変わるだろうね」


 殿下が悪い顔をしてぽつりと呟いた。

 そう、わたしたちがドラローシュ公爵領に来ること、こっちの使用人さんたちに一切伝えていないのです。ただ、緊急の用事でアンジェリカお嬢様がおひとりで領地に帰る、という内容の先触れしか出さなかった。だからお姉さまがなにをしに領地に来るのか、そういうことすら知らないんですよね。大まじめに説明したところで一笑しておしまいだろうし。

 おともだちと婚約者も着いてくることは黙っていよう、と言い出したのは殿下である。それに乗ったのは執事さんでした。

 アンジェリーナさまがアレだったから、アンジェお姉さまも歓迎されないだろう、というのは端からわかっているんですよ。

 因みにこの世界、当たり前だけど電話とかメールとか存在しない。じゃあどうやって触れを出しているかと言うと、伝書鳩ならぬ魔鳥のちっこいやつを飼育しており、それに手紙を持たせて飛ばすのだそう。

 わたしの家に魔鳥ではなく執事さんが飛んできたのは、ベルチェット家に魔鳥の知識がないからです。ちいさくても魔物は魔物なので、飛ばした先でパニックを起こされたり攻撃されてしまう場合もなくはないのだ。

 箱車が完全に地面に着いて、執事さんがお姉さまをエスコートして箱から降ろしてくれる。わたしたちは待機である。


「みなさま出迎えご苦労さま。今日からしばらくこちらに滞在いたしますので、よろしくお願いいたしますわ」


 完璧な令嬢ムーブで降り立ったアンジェお姉さま、さすがです。真正面から拝見したかったなあ。この場でそんなことを思っているのは、残念ながらわたしくらいなものだった。

 アンジェお姉さまがまだ子供であること、アンジェお姉さまのお母様に冷遇されてきた自覚があること。

 ほぼ王都で生活しており、オフシーズンくらいにしか帰ってこない自分たちの主人は、帰ってきたらそれはそれで災厄をまき散らす台風のような人だったのだろう。

 手前に立つふたりの使用人、執事の格好の男性とメイド服の女性のふたりだけが笑顔でアンジェお姉さまの「初めての帰郷」をお喜び申し上げており、後ろに控える数十名の表情は険しいものだ。

 主人の娘だというのに大層ナメ切った態度である。


「それと、お客様も一緒に来ているの」


 しばらく滞在するから、ご無礼のないようにね。

 笑顔のまま言い切ったアンジェお姉さまの台詞に続いて、これまた輝かしい笑顔で王子殿下が箱車から降りていく。


「この度アンジェリカと婚約した、王国第三王子のロレシオだ。急な訪問許してほしい。此度の件は、我が王国の領地の視察も兼ねているんだ。数日間よろしく頼む」


 さながら舞台でも観ているかのようだった。




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