14領地、行く?
「というわけで、領地に行く用事ができた」
いつものお部屋でいつもの面子が顔をつきあわせて紅茶を頂いているところに、お姉さまがそんなことを仰った。
「えっ、行きたい」
「わたしも行きます!」
「言うと思ったから待っていた」
わたしたちが朝ドラローシュ公爵邸に来る前まで、アンジェお姉さまは書斎に引きこもっていたらしい。なんでもドラローシュ公爵領の領主代行をしている貴族が昨晩やってきて、大量の書類を整理していたら夜が明けてしまったのだとか。
徹夜で作業していたのだそうで、アンジェお姉さまも執事さんも今日は寝ていない。
因みに王子殿下はいつも通りお城から馬車で来て、馬車と護衛の騎士は門の前で帰らせてしまっているらしいです。
「アンジェお姉さま……また過労死しちゃわないですか……?」
「一晩抜いたくらいなら平気だろう。それに、今日これからすぐ領地に帰るわけじゃない。用事が用事だから日帰りもできないんだ。ティアラと殿下は、来るならちゃんと外泊許可を取ってくるように。今すぐ領地に連れて行きます、数日帰れません。なんて困るだろう」
「おれは困んないけど、ティアラは困るか」
「殿下のほうが困ると思います! わたしはアンジェお姉さまと一緒って言えばたいてい平気だもん。それよりお姉さまには早く寝てもらいたい」
アンジェお姉さまの前の死因を聞いているわたしとしては、できるだけお姉さまには徹夜とかしないでもらいたい所存です。
「っていうか、もしかしておれら仕事の邪魔だった? ほんとに今日はもう帰ろうか」
「ちょうど息抜きになって助かっているよ。もうしばらくしたら仕事に戻らせてもらうけれどね。領主代行がいま寝ているから、ちょうど手が空いているんだ。彼が起きたらちょっと打ち合わせすることがあって、領地行きはその後だ」
「領主代行さんはなんて方なんですか?」
「クローニン・ドゥ・ニネという男だ。息子がちょうど私たちと同年代だな」
「んあー、クロード・ドゥ・ニネ子爵令息だあ~~」
また攻略対象ですわ。ドラローシュと縁があるキャラばっかりなんですかね。
でも領主代行は別の人がやってる、っていうのが公式設定で、誰とまで書いてなかったはずなんだけれども。
「ニネ家って設定じゃなかったって顔してるねえ」
「ヒィ、殿下が人の顔面から情報抜いてくるっ! 実際クロードストーリーも、あんまりアンジェお姉さまとの確執がありそうな絡みはなかったんですよ。ただクロードが一方的にアンジェお姉さまを嫌ってる描写はあったんだけど、でもそれって作中殿下がアンジェお姉さまを嫌ってるのと理由ほぼ同じっぽかったし」
ニネ家は子爵なので、爵位はそれほど高いわけではない。公爵家のお姉さまから見れば誰だって格下になるわけだけれども。
そんなクロードルートでのお姉さまの悪口は「底辺貴族同士お似合いだわ」である。
わたしフィルター越しなら最大級の祝詞をいただけるので、割とお気に入りなのだけれど。
それでも、攻略対象の家が領主代行やってるなら、フレーバーテキストくらい用意してくれればよかったのに。わたしがそこまで漁らなかっただけだろうか。
「ね、クロードルートはどんなのなの?」
「えっとですねえ……。ニネ子爵の領地は王都から離れた辺鄙なところなんですよ。そこでの生活が嫌で嫌でたまらなくて、王都で仕事をするためにクロードは王宮魔導士を目指します。主人公は、ひたすらそれの応援です」
「雑う~」
「クロードは魔力量が多くて魔法に関しては天才なんです。光と闇以外の元素魔法はすべて使えます。それだけです」
アンジェお姉さまを見てしまうと、ほんとうにそれだけなんです。
だからなんで公式が、領主代行についてふわふわさせたのか謎なんですよね。
「ふうん……まあクロードの設定は置いといて。ティアラが知ってる公式設定……「別のだれかが領主代行している」というふんわり設定になったのは、クロードが領地を継ぎたくないから王都で独り立ちしたいというストーリーになったために、ニネ子爵がドラローシュ領の領主代行をしているという前提が不要になったからかな」
「ん? そうなるんです?」
「父親であるクローニン・ドゥ・ニネ子爵と縁を切る内容になるからさ。クロードは主人公と本懐を遂げたら領地には帰らず王都で魔導士として、おそらく爵位も別個で与えられるようになるだろうね。ストーリー上でなにかしら功績を立てることになるだろうし」
「……殿下ほんとうに転生者じゃないんですか? なんでそんなゲームのシナリオの定番みたいなのに詳しいの?」
ほんとうにびっくりだよ。怖いですこの六歳。あ、もう七歳になったんだっけ。けらけらと笑っておられるけれど、ほんとうに怖いのよ殿下。
「まあ、定番ってことはそれだけ好まれるのと同時に、作り話であるならばことさら「都合のいい展開」ということでもあるからさ。あとはそうだなあ、あんまり情報が多すぎるとごちゃっとしちゃうでしょ」
「うわあ、うわあ」
「……私が終盤滅びるのだから、領地を継いで領主代行になったほうが、より広大な公爵領を自分の管理下に置けるようになる。まあ、公爵領が王家に取り上げられないことが大前提にはなるけれど……。王宮魔導士になるよりも得られる富が格段に違う。少しダークなシナリオにはなるだろうが、プレイヤー目線で「それより家継いだほうがよくないか」という疑問が浮かんでしまうよりかは、設定ごとなかったことにしてしまうほうがいいだろう」
「公爵領がお取り潰しになるんなら、ニネ家が巻き込まれ破滅することにもなりそうだし、やっぱりなかったことの方が都合がいいよな~」
ただ、いまその設定が現実に出てきてしまっているのは、ほんとうはニネ家が領主代行という「抹消された設定」が根底にあるから。
シナリオでの絡みや台詞、フレーバーテキストからさまざまな考察をする人とか一定数いて、そういうのを見たりするのはたしかに楽しいし、実はそうなのかも知れない、と想像を膨らませるのは楽しいものだ。
でも、語られることはない公式が顔を出すほうが、下手なホラーよりも怖かったりする。
なんだろう、システムの裏側を覗いてしまった感というか、ポリゴンの裏が見えてしまったときに謎の文字列が出てきてしまったとか。
シナリオから消されたイベントをバグ技使って無理矢理見てみた動画を漁ったときとか、そういうぞわぞわ感。わかるだろうか。
「そんなことより、優秀な魔導士の卵ならアンジェと接触してきそうだなあ。領地に行けば会えたりして」
「あ、それはないんじゃないですかね。クロードは極度の人見知りキャラなので」
「設定盛るじゃん」
攻略するのも主人公側からのアプローチがないと本当になんのフラグも立たないのだ。
元の設定ならばたしかにアンジェお姉さまと接触する必要は皆無だけれど、いまのアンジェお姉さまが相手だと、たしかにもったいない気がしてきた。
「魔導式だっけ? クロードと共同で開発すればすごいことになると思うんだけどなあ。ねえアンジェ」
「それもたしかに興味深いけれど……私は今回そこまで技術の安売りはしないつもりなんだ。クロードに接触されると面倒くさいかもしれない」
「ええ、残念」
「だって、根詰めすぎたら死んでしまうだろう」
そう冗談めかして笑うお姉さま。
だが、わたしたちはまったく笑えないのだった。
ちなみに。
「殿下、ちゃんと許可取ってくるんですよね」
「ん? んん」
「曖昧……ぜんぜん信用できないんですけど」
ロレシオ殿下はお茶菓子を口に入れて曖昧な返事しかしようとしない。
しかたなくアンジェお姉さまを見ると、お姉さまは肩をすくめるだけだった。どういうこと。
「三番目の王子さまには、だあれも期待してないってことさ」
紅茶でお菓子を流し込んでから、殿下はべえ、と舌を出した。
これはわたしのしらないことだが。
三番目とはいえ王子殿下に護衛が少ないことも、婚約者の家とはいえ誰も部屋まで着いてこない、というより追い返してしまえることも。わたしたちの感覚から言えばそこまででもないことだが、世界観的に言うと「あり得ない」のひとことに尽きるのだそうだ。
殿下はいま、身軽すぎる。
それも、殿下が「そう」するために普段から画策しているに過ぎない。
「アンジェといると勉強になることばっかりだ」
自分の評判をあげることも。
逆にさげることも。
彼にとっては些末なことなのだ。
そうすることで何がつきまとい、何がメリットになり、何がデメリットになるかまで、しっかり把握した上で「そう」している。
誰も期待していないとふてくされているのではない。誰にも期待されないように振る舞っているだけ。
「……悪い見本になってしまったかな」
「まっさかあ、そんなことないよ」
印象は、操作できるもの。
まだ七歳の少年は、アンジェお姉さまからとんでもないことを学んでしまった。




