11メインヒーローエンカウント!
ドラローシュ邸元使用人たちの公開処刑から、さらに数日後。
「やあ、君がティアラ嬢かい?」
いつものようにドラローシュ邸に遊びに来たら、天使のような美少年がさわやかな笑顔を浮かべてお茶を飲んでいた。
「ろ、ろ、ろ、ロレシオ・ドゥ・ドラグロード、第三王子殿下……?」
いくら幼かろうが見間違えようはずもない。例の乙女ゲームのパッケージのど真ん中に描かれたイケメンの面影がばっちりある、その見目麗しいかんばせ。
メインヒーローにしてアンジェお姉さまの婚約者にして、この国の第三王子その人である。
これがゲーム本編であったなら、主人公は王子殿下のお顔を知らずに開幕無礼を働いて、それが逆に気に入られて好感度プラスでスタートだが、いかんせんわたしは記憶持ちだし、その上で「あなたはだあれ?」みたいな素っ頓狂なことを言えるような胆力も持ち合わせていない。アンジェお姉さまのおかげで多少貯金はできたけれど、ベルチェット男爵家はまだまだド貧乏だっていう自覚がありますし、なんならベルチェット男爵家なんてほぼ「男爵」と名の付いた平民、いいえジャガイモなんです。
ジャガイモが王子殿下にお声掛けいただくことが、まずあり得ない。
そのあり得ない事象に対して、こちらからリアクションをとるだなんて不敬もいいとこ。言語道断なんですよ!
「パーティではぜんぜん見向きもしてくれなかったのに、僕のことを知ってくれているなんて光栄だなあ」
「ひいええ、あひい」
「王子殿下、ティアラで遊ばないでいただけますか」
王子殿下の対面にアンジェお姉さまが座っていて、優雅にお茶を飲んでおられました。よかった、アンジェお姉さまいた! ほんとうにほんとうに少しだけ落ち着きを取り戻しました。
「む、僕のことも名前で呼んでくれるんじゃないのかい?」
「……ロレシオ様」
現在、場の主導権を握っているのは王子殿下である。アンジェお姉さまはずいぶんとやりづらそうだ。
ちらりとアンジェお姉さまの視線を追うと、王子殿下の護衛の騎士がふたりほど佇んでいた。
「ほら、アンジェリカ嬢の友人も来たことだし、ふたりとも下がってくれ
て大丈夫だ」
「貴女たちも下がりなさい」
そう言って、王子殿下は護衛を手で払うように、アンジェお姉さまは部屋にずっといたらしいメイドさんたちを退室させた。
メイドさんいたんだ、初めて見た。
王子殿下のほうはたぶん、騎士さまたちにアンジェお姉さまの友人がほんとうに同年代の子供なのか、入室してくるのは子供だけなのか、王子殿下に害はないか、そこまで見届けさせたのだろう。
わたしはついさっきドラローシュ邸についたばかりで、執事さんと一緒に入室してきた。もちろんほかに人はいない。
騎士さまたちはそれでも納得してなさそうな顔をしていたけれど、部屋から出て行ってしまった。
王子殿下、アンジェお姉さま、わたし、そして執事さんだけが残され、しんと静寂が訪れる。
最初に口火を切ったのは、なんと王子殿下だった。
「改めて、おれはロレシオ、一応三番目の王子様だよ、よろしくね。ティアラって呼んでも?」
「あええひええ?? あひゃえ」
「あはは、聞いてた通り面白いね、この子」
「かわいいだろう? 爺、ティアラにも紅茶を」
アンジェお姉さまは騎士さまがいなくなった途端に平常運転だ。
ん? 平常運転?
「あええええアンジェおねえさま!??」
「うん? どうした」
「どうした!?? 王子殿下に!!?」
その口調!?
ひとりでパニックを起こしているわたしを見て、アンジェお姉さまと王子殿下はけらけら笑っておられるし、執事さんはわたしを素早い動作で椅子に座らせて目の前に紅茶を置いた。
ほら飲め、とでも言いたげに三方向から視線を向けられ、湯気の立つ紅茶をひとくち。
おいしい。
「落ち着いた?」
「ふぇあ……」
「まだみたいだな」
王子殿下にお声掛けいただいて、平常心でいられるわけないと思うんですよ。
でもちょっとだけ思考能力戻ってきました。王子殿下の一人称が「おれ」だったこともちゃんと聞こえていましたとも。
王子殿下は基本猫を被っているのがデフォルトで、一人称は「僕」だったり「私」だったりを公私で使い分けている。
好感度があがってくるとだんだんと素を見せてくれるようになるのが、第三王子殿下ルートの醍醐味だ。口調が崩れて一人称は「俺」になり、腹を抱えて涙が出るほど笑ったりしてくれるようになる。
今みたいに。
「アンジェお姉さま、もうメインヒーロー攻略してるのぉ……?」
「攻略されてるの」
「あええ」
独り言に返事が返ってきた。そっか攻略済みでしたか。
って、アンジェお姉さま!
「下手にいろいろ隠してるよりも「こっち側」に引き込んだ方が楽だと思って」
「にわかに信じられない話だし、ほかの大人たちには話さないほうがいいってこともわかるよ!」
「めっちゃ順応してる!!」
これには驚くばかりである。
「だってティアラ嬢が悪いんだよ、おれがアンジェリカに会いにくるのを遠慮してたら、君ってばなんかすごくアンジェリカと仲良くなってるじゃないか。あ、おれもアンジェって呼んでいい?」
「お好きに」
遠慮とは。
どうやら元使用人たちの処刑が済むまでは、ドラローシュ家もごたごたとしているだろう。ということで、手紙でやりとりをするにとどめ、直接会うのは控えていたらしい。
けれどようやく一段落し、すでに何度か王子殿下はドラローシュ邸に足を運んでいるのだそうだ。
わたしがそのことを今まで知らなかったのは、アンジェお姉さまが教えてくれなかったからといえばそれまでだが、純粋に今まで会う機会がなかっただけだそうです。
わたしも毎日来ているわけではないので、それはそうなんだけれど。
「アンジェお姉さまってあんまり重要事項教えてくれないですよね……」
元使用人たちの横領を、泳がせるためとはいえ、お父上に報告しなかったりとか。そういうことを平気でする方なのだった。
「まあそんな過ぎたことどうだっていいだろう」
「そうですね、なんで乙女ゲーのことを王子殿下にはなしちゃったんですかってところですよね」
「私が頑張ってご令嬢らしく振る舞っていたのに、何度か会話をするうちに素がコレだってバレたんだ。話には聞いていたが思っていた以上に人間の機微に聡い。」
「さすが高スペック王子……」
「あと、殿下を差し置いてティアラと仲良くなっていたことがお気に召さなかったようで、……なんかすごく根ほり葉ほり聞かれて……。話した内容も荒唐無稽だろうに理解も早いから、そのままティアラのことも話しておいた」
「なんてことを……」
そしておそらくその荒唐無稽の話を、まったくひとつも誤解も誤認もすることなく理解してしまったのだろう。
乙女ゲームの「設定」だから許される完全無欠の超人が、この世界では現実に存在してしまうのだ。
しかもそれが、まだ六歳になったばかりの子供だっていうのだから、空恐ろしいことこの上ない。
「おれが兄上を差し置いて王太子になる未来もあるんだろう? なんか将来心変わりでもするのかとか、直接そういうの聞きたかったんだよね」
アンジェお姉さまは、わたしの曖昧でふわふわした話しか基本的に知らない。そしてそんな曖昧ふわふわな説明をしたわたしも、まだ王子殿下ルートのメインストーリーのことを大して思い出していないのだ。
それはもう! 具体的なことしか覚えてないんですもん! 王子殿下の性格とかそういうやつは覚えてたけれど、どうしてアンジェお姉さまが処刑されてしまうのかとか重要なところが思い出せない。
なぜならば! 最終的にはアンジェお姉さまを追いかけるためだけにプレイしていたものなので。メインヒーローのくせに攻略難易度がちょっと高めの王子殿下ルートって、あんまり遊んでないんですよね……。
「おおおおちからになれなくて……」
「これも聞いてた通りだから別にいいんだけどね」
でも思い出したら教えてね。猫のように目を細めてこちらを見る王子殿下が末恐ろしくてたまらなかった。
何食って育てばこんな六歳児になっちゃうんだろう。
「こんな六歳児いやだあ……」
「ティアラ嬢も大概、五歳とは思えないから大丈夫だよ」
「んひええ……呼び捨てていただいて構いませんんん……」
「そう? ティアラもおれのことロレシオって呼んでいいからね」
「あひぇぁ……むりです……お、おゆるしを……」
ほんとうにほんとうに、無理でございます王子殿下。




