10もとのかんせい
アンジェリカさまのおうちにお邪魔してからというもの、わたしはかなりの高頻度でドラローシュ邸に遊びに行っていた。
世界線は違えど前世の記憶持ちという共通点があるからか、それともわたしが持つ記憶が「この世界の未来のはなし」というところに興味を持ったからかはわからないが、男爵家と公爵家という吊り合わなすぎる身分差があるというのに、かなりよくしてもらっている。
なんと、アンジェリカさまの家庭教師の人が、わたしのお勉強もついでに見てくれることになったのだ。
さらに、わたしが自分の服やらドレスをほとんど持っていないと知るや否や、じゃあ、と言ってアンジェリカさまの私物のドレスを何着も譲ってくださった。ほとんど件の使用人たちが勝手にアンジェリカさまに買い与えたものだそうで、センスがよろしいとは言い難い派手派手なドレスばかりがクローゼットに仕舞われていた。
特に凝った意匠のものはそのままケースに仕舞って、時期を見て売り払うようにとの仰せである。おそらくうちが貧乏だから恵んでくださっている、というよりかは、処分に困っていると言った方が正しいのだと思う。
それをご提案していただいたときは、喜ぶより先に「資金洗浄」という
言葉が頭に浮かんだ。いや、やましいお金ではないですけども。
でもアンジェリカさま名義で購入しているドレスを、まだ着れるうちにドラローシュ家が売却、もしくは処分したりしてそれがだれかに知られた場合、いろいろと痛くもない腹を探られたりするのだそうだ。貴族は華やかなだけにあらず。こういう水面下の蹴落とし合いがなんとも見苦しい。
その他わたしが着れそうな何着かを試着し、アンジェリカさまがその場で魔法による手直しをしてくれて、今でも普段着で使えているのでそっちの方でもとても助かっている。なんというか、そんなつもりはなかったけれど、がっつり寄生している感があります。
ちなみにだが、その魔法を初めて見た執事さんが、優雅さのかけらもなくアンジェリカさまに詰め寄っていた。
そのときのアンジェリカさまは、いたずらが成功したような顔で、
「言っただろう? 私は魔法使いなんだ」
と笑っていた。
執事さんが騎乗竜に乗って迎えに来てくれて、わたしがドラローシュ邸に向かう。その日に帰ってくることもあれば、一泊してくることもある。
最初のうちは家族共々難色を示していたというか、戦々恐々としていたものだが、人とは慣れる生き物である。
「じゃあ、行ってきまーす」
そんな軽い調子で出かけていく娘に、当たり前のように「行ってらっしゃい」が返ってくるようになるのは早かった。
交流がひと月も続けば、わたしたちの関係も変わっていく。
わたしはアンジェリカさまのことをいつしか「アンジェお姉さま」と呼ぶようになり、アンジェお姉さまもわたしが懇願しまくった甲斐があり、ついに「ティアラ」と呼び捨てで呼んでくれるようになった。
ほんとうの姉妹になれたみたいで大満足である。
わたしが乙女ゲームプレイ時にさんざん願った「アンジェリカとともだちになれるルート」が、まさかの「姉妹みたいに接してもらえるルート」に入ったのだから、そりゃ嬉しいに決まっている。
余談だが、使用人が大量に死刑になったのだから、ほんとうにアンジェお姉さまの侍女になれるかと思ったがお断りされてしまった。
わたしが侍女になりたいって言ったから使用人の処分を決行したわけではなく、アンジェリーナさまがそもそも酷い差別主義であったため、その使用人たちももちろんその思想が強かったからである。
そんな中、わたしを屋敷に招いたらどうなるか。
まあ、よくないことしか起きない、ということだけは確かであろう。
「母の死因を呪殺にしてくれた魔法士に感謝だな」
ふと、アンジェお姉さまがそんなことをおっしゃった。
場所は、ドラローシュ邸の客室ーーはじめてお邪魔したときに通された部屋である。統一感のない調度品はすべて撤去され、今は落ち着いた雰囲気の内装に変わっている。今までのものはアンジェリーナさまが好き勝手に購入したものだったらしいが、呪殺騒動のどさくさですべて処分したのだそうだ。
「急にどうされたんです? アンジェお姉さま」
「今日、彼女らの処刑が決行される日なんだよ」
開いた窓から、かすかに正午を知らせる鐘の音が聞こえてきた。
「もしかして」
「うん。鐘の音が合図だ。一応彼女らも貴族の娘だし、大貴族の女主人殺しという大罪を犯したものだから、広場で公開処刑されるそうだよ」
人数が多いから、いまごろ絞首台がずらりと並んでいるらしい。
「そう、なんですか」
やはりというかなんというか、この世界でも処刑は娯楽のひとつだ。
ゲームのなかのアンジェお姉さまも、庶民が眺める中で斬首される。アンジェお姉さまと「ゲームのアンジェリカ」はもはや別人だから、そんな未来はきっと来ないだろうけれど。
「浮かない顔だね、ティアラ」
「わたしの元の感性的に、ひとが死ぬ話題はあんまり……」
「元の感性、ね」
「でも……なんですかね。ゲームのことは覚えていて、もともとどういう世界で生きていたかっていうのは薄ぼんやり覚えてるんですけど。もともとわたしがどういう人間だったか、家族はどうとか友人はどうとか、そういうことって何一つ覚えてないんですよね」
処刑が庶民の娯楽、というのも知識として知っているけれど、どういう経緯で知ったか、みたいなことは覚えてないのだ。
「ティアラのことは、五歳とは思えないほど聡明、だと教師から報告を受けてるよ」
「それは中学まで義務教育だったから基礎ができてるんですよ。でも勉強したっていう記憶はないんですよ」
「まあ、魂は脳ほど記憶媒体としては優秀じゃない。基礎が残っている上にこの世界のあらましまで覚えていればじゅうぶんなんじゃないか」
かくいうアンジェお姉さまは、自分がどうして死んでしまったか、というところまで覚えているらしいけれど。
「悪者のアンジェリカが処刑されるのも、何度もみたんだろう?」
「それはもう。終盤の固定イベントでしたからね。でも~う~~ん、そこはよく覚えてるんだけど「なんで処刑されるか」って重要なところがまだ思い出せないんですよ~~」
なんか「そういうもの」という風にしか覚えていないのだ。
「まあ追々思い出すだろうね」
「うう、面目ないです……」
いらないことは覚えているんですけどね。
たとえば、この世界観なら衛生観念が死んでるはずなので、トイレとかはほぼ垂れ流しっていう汚い話とか。女性がふわりとしたドレスを着て踵の高いヒールを履いているのは、優雅さや美しさとはかけ離れた別の目的があるからだとか。
しかしそこは女性向けコンテンツ。CEROレーティングはBだったけれど、恋愛描写とかが引っかかってただけなので、そんな史実に忠実に乙女の夢を壊すような描写は一切ない。
あとは、香水が流行っていたとか、犬を飼うのが貴族女性のたしなみだったとか。どれもこれも汚い事情である。
でもこの世界では下水道はちゃんとしているし、上水道はないけれどそこはほれ。魔法があるファンタジー世界なので、魔法石なるものが水道に取り付けられていて、清潔な水の確保はかなり容易である。
しかしその魔法石、かなり強い魔物を倒さないと入手できない代物だそうで、一般家庭には出回っていないのである。当然ながらドラローシュ邸にはあるけれど、ベルチェット家にはありません。
ベルチェット男爵領は良くも悪くも自然豊かなので、水源には困ってないからいいんですけどね。
「世界の処刑とか、変わった拷問とか、そういうのは覚えてるのに~~」
「むしろどこから仕入れるんだ、そんな知識」
わたしが知りたいですアンジェお姉さま~~!




