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1「主人公」という少女

初投稿です。また悪役令嬢ものかあ、くらいの気持ちで読んで頂ければ幸いです。



 やり込んでいた恋愛シュミレーションゲームがあった。

 いわゆる「乙女ゲー」と称されていたもので、タイトルは、……なんだっただろうか。画面の向こうのキャラクターたちは中世ヨーロッパ風な絢爛豪華な衣装を身に纏い、華々しい装飾の施された背景を前に、微笑みを浮かべて佇んでいる。

 貴族、魔法、学園モノ。

 一時期爆発的に増えたジャンルの、これまたよくありがちな内容の乙女ゲームのひとつであった、と記憶している。

 ただひたすらに目に痛い画面の向こう、「主人公」に微笑みかける見目麗しい「攻略対象」の男の子。ボイスに起用していた声優にあまり興味はなかったので調べた覚えもないけれど、ただ全編通してフルボイスという謎の豪華さはあったような……。

 とかく、好きでやり込んだにしては記憶が曖昧ではあるが、それはおそらく「私」が普通とは違う楽しみ方をしていたせいだろう。

 ゲームをざっくり説明すると、貧乏男爵家で生まれた「主人公」の少女が、四人の「攻略対象」の誰かと恋愛成就できればハッピーエンド。全員と関係を持つハーレムルートなる爛れたルートも、だれとも結ばれずにお友達で終わるノーマルエンドなるルートも存在する。ノーマルとは言うが、これはほぼ失敗のようなものだ。

 余談だが、有料パックで更に攻略対象と主人公が増える。けれど結局目指すところは同じであるため割愛しよう。

 途中、お出かけしましょう、とか言ってゲーム内マネーで買い物をしたり、魔物が出ました、といった困難に攻略対象と共に立ち向かい、好感度を上げるイベントも発生するが、基本的に彼ら彼女らが活躍する舞台は学園の中だ。

 更に、特定のだれかに会いに行って交流するだけが好感度を上げる、というわけではなく、主人公の魅力を上げるための訓練のような選択肢があり、攻略対象によっては主人公の魅力、知力、あとは何らかのパラメータを一定まで上げる必要があったりなかったりとなかなか面倒くさい……言い方を変えればそこそこ作り込まれたゲームでもあった。

 そして人の恋路に横槍を入れる存在ももちろんいた。ランダムで現れ主人公に意地悪をしたり言ったり、最終的には身を滅ぼしてしまう悪役に据えられたキャラクター。

 通称「悪役令嬢」──彼女の存在こそ、「私」のお目当てだった。


「貴女みたいな貧乏人は、領地に帰って畑で泥にまみれているほうがお似合いだわ」


 美しい顔を醜悪に歪ませて嗤う少女。暴言を吐いて、事ある毎に「貧乏人」と馬鹿にして、「この学園に相応しくない」と主人公に突っかかってくる役回り。

 そしてそれは物語が進むにつれてどんどんエスカレートしていった。

 突き飛ばしてけがをさせたり、魔法で水をかけたりなどの傷害事件を起こすようになり、泥まみれやら水浸しやら、無様な姿になった主人公を虚仮にして楽しそうに嗤う。

 けれど外見だけはとても美しい少女だった。

 最後に罪に問われ破滅していく姿はさぞスカっとすることだろう。

 しかし、プレイヤーの「私」は、恋愛シュミレーションよりも、悪役である彼女との遭遇を望んでゲームをプレイする変わり者だった。決してドMだからとかではない。

 醜悪とも害悪とも言われていた彼女の存在は、しかし「私」にとっては癒しだったのだ。

 前述した通り、彼女の出現はランダムである。エンカウントする場所は学園内にとどまらない。課外活動中だったり休日に城下町に向かった際にも現れる。

 最初プレイしていたときは確かに鬱陶しく感じていた。絶妙なタイミングで現れて攻略対象の好感度を上げる時間を無駄にされる。主人公の心が折れたり服をだめにされたりして、「今日はもう帰ろう……。」と、その日の行動が強制終了してしまうこともあるからだ。こんなところにまで出てくるのかよ! と何度思ったことか。そういえばSNSでリセット案件だとさんざん言われていたっけか。

 けれど周回するうちに「もしかして、これは愛なのでは?」と思うようになっていった。

 主人公を探して回って、いざ目の前に来ると素直になれなくなる……。なんともいじらしいではないか。そう思うと、あの高笑いも罵詈雑言も愛おしい。

 けれど、どんなルートを進もうが、だれとも結ばれなかろうが。彼女は終盤にさしかかると必ずストーリーから姿を消してしまう。

 ああ、望むらくは、彼女を攻略するルートが存在してほしかった。攻略とまでは言わなくとも、友達に……いや、ちょっとだけでも分かりあえる程度でいい、とにかく彼女が脱落しない、そんなストーリーがあってもよかったのではないだろうか。もし彼女とほんの少しでも寄り添えるシナリオがあったなら、彼女はあそこまで悪の道に堕ちることもなかったのではないだろうか。ハーレムルートなんて別にどうだっていいから。

 そう考えるのは「私」が異端だったからだろうか。


 と、「わたし」は唐突に、そんなことを思い出した。

 思い出していた。


 目の前に広がるのは、豪華な調度品で彩られた広いダンスホールだ。そこを会場にして、貴族の子息令嬢を招いたお茶会が開かれている。

 周囲には大人の姿よりも、子供の姿のほうが多い。わたしもそのなかの一人だった。

 その人混みからちらりと見えた。艶めき輝くローズピンクの髪を緩く巻いて、周りにいるだれよりも豪華で美しい。真っ赤なドレスがとてもよく似合う、少女の姿がそこにあった。

 私が、わたしが、記憶の向こうで推していた、画面越しに何度も見た。いじわるで傲慢で、人を人と思わない言動ばかりして、そして最後にはすべて自分に返ってきて破滅の道を辿ってしまう、極悪非道のお嬢様。

 アンジェリカ・ドゥ・ドラローシュ公爵令嬢が、幼く愛らしい姿で佇んでいたのである。


 わたしは思わず走り出していた。記憶の中の「彼女」によく似た少女に向かって、人混みをかき分けるようにして。

 そうして、逸る気持ちを押さえきれずに口を開いた。まるで、まるで運命の相手をみつけたかのように!


「アンジェリカさまとお見受けします! わたしを……、わたしをアンジェリカさまの侍女にしてください!」


 何も考えずに口をついて出たのは、そんな言葉だった。

 いや、侍女て。もっと他になかったのだろうか。



 しかしこの最低な出会いは、思いがけない方向へと転がっていくこととなる。



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