第28話:あぁ、なんて言ったっけ
親愛なるスターチス
元気にしてるか? 日本暮らしにはそろそろ慣れただろ?
まぁお前のことだから、言葉が通じなくて困ってるなんてことは無いだろうけど。
あたしたちは今、仕事休んでドイツに旅行中。友達ん家に泊まってる。
んで、来週にはフランス寄ってからまたイギリスに戻る予定。
また家に着いたらそっちに土産送る。楽しみにしとけよ!
あとたまには手紙かメール寄こせ!
日本じゃ「便りが無いのは良い便り」っつー言葉があるにはあるけど、やっぱ心配だかんな。
ローレンスとご両親にもよろしく。じゃあな。
ニカッと強気な笑みを浮かべ、揃ってピースする従兄夫婦の写真。
相変わらず元気そうな二人の姿の写ったそれは、短めの手紙とともに封筒に入っていたものだ。
ちなみに、もう一枚入っていた手紙は従兄からで、こっちはローレンス宛になってた。前の手紙は確か逆だったはずだ。
「……かっこいい」
「どっちが?」
「えと、どっちも……宝塚にいそう」
「た、タカラヅカ?」
また知らない単語が出てきた。今度教えてもらおう。
じっと写真を見つめていた春世は、落ちかけていた長い髪を耳にかけなおしてから、フイッと顔をあげる。
……とりあえず黙視するの止めてもらえないかな。
「日本語、この人に教えてもらってたんだ」
「え、あぁまぁな……二人とも日本語と英語ペラペラだから」
「こっちの人も?」
春世が指差したのは従兄の方。俺とそっくりの髪と瞳。日本人じゃないのは明らか。
小さく頷いたら、「やっぱり凄い……」と呟く春世の声が聞こえた。
「またそのうちこっちにも来たいって言ってた」
俺が日本で通う中学校の名前を告げたとき、懐かしいなぁ、と眉を下げてたのを覚えてる。
それじゃあスターチスたちがいる間にいっぺん遊びに行くか。
俺もずっと、お前の故郷には行ってみたかったし、久しぶりにあいつにも会いたいしな。
そう言って甘い笑みを浮かべたのは俺の従兄な訳で。目の前でいちゃつかないでくれとか思いながら困ってたのは、ほんの二ヶ月ほど前の話だ。
結局日本に来るより先にドイツ行ったらしいけど。
「ドイツ?」
「あぁ、共通の友人がいるんだってさ」
国際性豊かですね、と呟く春世は、どこかしら不思議そうな顔して小首を傾げていた。
なんか不思議に思う要素あるのか?
「別に普通じゃないか?」
「うーん、そんなもんですか……わたしはほとんど初めてですけど、日本人以外と話すのって」
「……そんなもんなのか」
「まぁ日本は結構単一民族国家に近いですからね。このあたりは有名な観光地がある訳でもないですから、他の国からの旅行者もあまり来ないですし」
「まぁそうですねぇ……って先生」
なんか最近、先生が突然現れることが多くなってきた気がするんだけど。
あぁ、なんて言ったっけ……シンシュツキボツ?
元から反応の薄い春世然り、だいぶ慣れてきた俺然り、急に会話に混ざり始める先生も、なんだか最近はそれがさも当然とでも言わんばかりの表情だ。
相変わらずニコニコとしている先生は、ところで、とカウンターの中にいる春世に声をかける。
「例のあれ、できました?」
「まぁ。さっき清書終わったとこです」
「……授業ちゃんと受けてますか」
「聞いてますよ」
いや、受けると聞くのはちょっと違うんじゃ……?
てかお前それ教師に向かって言っちゃっていいのか!?
その前に例のあれって何だ、この二人、一体何してんだ。
ごちゃごちゃと考える俺の目の前で、春世が先生に手渡したのは、鞄の中のファイルから引っ張り出した原稿用紙。
綺麗な字が並んでいるのがちらりと見えた。
それ何だ、と聞いてみたら、そのうち分かりますよ、と二人同時にさらりと流しやがった。
ひでぇ。