第26話:空気読め
別に、顔見た途端に怯えられたのがショックだったとか、そんなんじゃない。
……別に、そんなんじゃ…………うん。
「スターチス、涙目になってる」
「…………寝不足で」
「……へぇ」
俺の弟よりかは二回りほど小さい少年は、半泣きで春世の後ろに隠れている。
自分で言うのもなんだけど、日本に来てから、好奇の視線に晒されるのは慣れた。
学校でも、未だにどこか浮いている感じがするし、英語の授業のときなんか思いっきり注目の的になってるし。
言っておくが、俺は「英語の授業」は苦手だ。
正直なところ今回のテストが返ってくるのは少し嫌だし、寧ろ日本語のテストのほうが取れてる自信がある。
話がずれたが、つまり、何が言いたいのかって言うと……初対面でここまで怖がられるのは、結構ショックだってこと。
「この子凄い人見知りだから……琉生くん、別にこの人、悪い奴じゃないよ」
「うぇ、でっ、でででっでも、がっ、外人さんっ」
「……俺、日本語喋れるから」
「ひぃぃっっ! ががっガイジンサンがっ、にっ、ほんごっ喋っ……」
寧ろ少年の喋ってる言語のほうが日本語の域を出ている気がするのは、俺だけか。
ごめんな少年、けど俺お前の台詞聞きとれるほど、日本語は堪能じゃないと思うんだ。
……怯えまくってるのは十分わかったけど。
つーかこれって、人見知りで済む話じゃないような……。
「はぁ……しょうがないな、ほらっ、おいで」
「梨亜姉ちゃぁぁんっ」
ほんの少し眉を下げた春世が屈みこむと、少年はまん丸の目一杯に涙を溜めたまま、春世の背中に飛びつく。
よいしょ、と小さく呟き、少しよろめきながら立ち上がる春世。
……おいおい、大丈夫かよ!?
「春世……平気か?」
「うん、慣れてる」
慣れてるとは言うものの、体育祭のことを考えたって、あまりよろしくは無いはず。
……やっぱり、少しきつそうだ。
「しょうがないな……」
「え?」
本音を言うと、やっぱり少年を背負うのは無理なんじゃないかと思う、俺は。
けど少年は春世には懐いているみたいだし、こればかりは代われない。
せめて鞄だけでも思ったけど……そうか、テストだったから、鞄軽かった。
しょうがないから、少年が背負っているピカピカのランドセルも、半分奪い取るように預かってみる。
…………こっちも、軽い。
「別に大丈夫なのに」
「倒れないようになってから言えよ……お前体、」
「わあぁぁっ! あああ、ありがとうございますっ!」
「春世が叫んだ!?」
「外人さんが叫んだぁぁっっ!!」
俺たちが瞬時に注目の的へと化したことは、言うまでもあるまい。
「っていうことがあったんだ」
「スターチス、日本では『KY』っていう言葉があるんだよ」
「は?」
俺の弟――ローレンスが、自信たっぷりに人差し指を突き出したのは、その日の夜のことだ。
何だそれは。日本のことわざか。
「『空気読め』っていう日本語を略してるんだって!」
「『空気読め』……空気を、読めぇ? どうやって読むんだよ」
「うん、俺も知らない!」
というか、今の話と何の関係があるのだろう。
……ローレンス、とりあえず、中途半端に日本文化を学ぶのはやめてくれないかな。
今更ですが、スターチス一家は家では英語で会話してます。
『 』の中だけ日本語だと思ってください(笑