第1話:ここ、日本ですよ?
静かだ。
昼休みはまだしも、放課後にまで図書室に来る人なんか、この学校には居るわけがない――わたし以外には。
図書委員ですら来ないから、ついでとばかりにカウンターに待機。
授業が終わった後は、吹奏楽部の合奏や、運動部の掛け声なんかを聞きながら、絶対時刻まで図書室で一人で過ごす。
これが、わたしの日常……だった、はず。
二学期になって一週間。
いつもどおりにカウンターで本を読んでいたら、人が入ってくる気配がした。
へぇ、珍しいこともあるな、とは思ったけど、顔は上げない。
別に、誰が来たってわたしには関係ないし……それに第一、面倒くさい。
そう考えつつも、なぜかちょっとだけ気になっているみたいで、気づいたら足音を耳で追いかけていた。
しばらくウロウロしていた足音が、一旦止まってからこっちに向かってくる。
足音が止まる頃を見計らって、丁度いいタイミングで声を掛けながら顔を上げた。
「貸し出しです……か?」
思わず眼鏡をかけなおした。
うん、何があった?
ここ日本だよ? ディースイーズジャパーンだよ? ……あ、違うか。
残念ながら、目の前にいる男子生徒は、どう頑張ってみたって日本人には見えない。
蜂蜜色の金髪に、翡翠の瞳は、色白の肌によく合っている。
学校の制服――中学に入学して以来初めて、男子の制服がブレザーでよかったと真剣に思った――であるということを差し引いてもその容姿は、小さい頃に思い描いていた王子様そのものだった。
……これ、夢ですか?
「あの……本、探したいんですけど……」
「あ、はいOKです…………え!?」
ちょ、なんか普通に日本語なんですけど、しかもなんか流暢だよ!
いやここで英語話されても困るけどね! たかが中一レベルでどんな会話が出来るんですか。
……落ち着けわたし、とりあえずレファンスしようじゃないか、うん。
「えっと……まい……ひ、め?」
「…………」
「舞姫」ですよね? 森鴎外の?
読めるの? ……あ、それは失礼か。
変わった王子様だな、と思いながら立ち上がると、カウンター越しに何かが目に入った。
辞書……?
とりあえず案内ついでに、日本十進分類法なるものについて説明することにする。
「本の背表紙に番号ついてますよね? 小説なんかは大抵9から始まるんです」
森鴎外の本がまとまっている棚の前で足を止める。
まだ一学期しか通っていないが、大概の位置は把握しているつもりだ。
「日本文学は、真ん中の数字が1なんで、参考にすると探しやすいかもしれませんね」
ふぅ、こんな長文喋ったの、久しぶりかも。
目的の本を取り出して、はいっ、と手渡したら、澄んだ翡翠と目が合った。
……やっぱり王子様っぽいなぁ。
「あ……ありがと」
ん、王子様、照れ性だった? 顔を真っ赤にして目をそらされた。
そのままカウンターに戻って貸し出しの手続きをする。
どうやらわたしと同じ一年生らしいけど……一学期いたっけ? 見覚えないけど……。
いくらわたしでも、さすがにこんな王子様がいたら覚えてるはずだし、転校生かな。
えーっと、名前は……?