第18話:注目の的
「あの…………本っ当にスミマセンでした」
「い、いや、いきなり後ろから肩叩いた俺が悪かったから……あんま気にすんな」
「けど、黒沢……さん? 顔青いんですけど」
「……今のより、チビの相手の方がよっぽどきつい」
日本人がよくやっているように深々と頭を下げれば、左手で胃の辺りを押さえた黒沢さん――で、あっていると思う――が苦笑した。
チビっていうのは、昨日の市井樹菜のことだろう……心中御察し申し上げます。
何故俺が通学中に、道路のど真ん中で昨日会ったばかりの上級生に頭を下げているのかというと、だ。
「……にしても、こんなに強い蹴り食らったのは生まれて初めてだ」
「つい反射で……ほんとにごめんなさい……」
朝、至極普通に歩いていた俺に気づいた黒沢さんが、話しかけようと俺の肩を軽く叩いて、それが誰か分からなかった俺は、振り向き様に思いっきり蹴りを入れ――結果、黒沢さんは地面と熱烈なハグをする羽目になった、という訳だ。
……本当に申し訳ないことをした。
次からは、きちんと相手を確かめよう。
「その細っこい体のどこにあんな強烈な蹴りが飛ばせる力があるんだか……」
……俺って細いのか。
まぁそんなことはどうでもいいや。
「それで、話って何ですか?」
「あぁ……昨日は、そのー、なんか悪かったな、騒がしくして」
昨日図書室で騒いでいたことを謝りたかったらしい。
確かにちょっとうるさかった……けどそれなら、俺じゃなくて春世の方がいいと思うんだけど……。
「けど、昨日は結局何しに来たんですか?」
「なんつーか、俺ら新聞部の一員でさぁ……あのチビが、学校で一、二を争う有名人たちの話を聞きたかったんだと」
ちゃんとアポとって、質問をまとめろって言ったんだが、結局メモ帳持って飛び出しやがって……と、困ったように告げる黒沢さんに、思わず苦笑した。
昨日も思ったが、この人は、市井樹菜には本当に振り回されてばかりのようだ。
彼女は俺達と同学年だと言っていた。
確かに年上にはどう足掻いても見えないが……かといって、同学年にも見えない。
……いや、今のはあまりにも失礼だったな。
それにしても、気になることが一つ。
「……有名人?」
昨日名前の出てきた人物の中に、それほどまでに有名な人が、果たしているのだろうか。
……まだ自分は分かる。
日本人ばかりのこの学校の中、金髪に緑の目はあまりにも異質すぎる。
それゆえに、他学年の生徒が自分のことを知っているのは、別段不思議なことではない、と思うのだ。
だけど――他の三人は?
「春世は、入学してたったの一カ月で『放課後図書委員』として学校中に知られるようになった。で、お前が来るまでは、春世の第一彼氏候補として注目を浴びていたのが、その幼馴染の柴村」
「……第一……彼氏、候補」
体育祭のことを思い出す。
あの低い囁き声も。
黒沢さんは、小さく頷くと、そのまま話を続けた。
「小鳥遊先生も、今注目の新任教師だ。授業も、先生自体も人気だし」
噂好きの奴等からすりゃあ、こんだけいい材料がそろってりゃたまんねぇだろうな、と呟く。
そして、俺達新聞部は、その噂好きどもの好奇心を満たすために、基本月一で学校新聞を書いている、とも。
ちらりとその横顔を盗み見れば、つくづく困ったように、呆れたように、ただただ苦笑を浮かべているだけだった。