第16話:好きなのは
「って、ここ、飲食禁止じゃなかったっけ?」
「まぁ……迷惑なる訳じゃないし、一個だけだし、いいじゃないですか」
何故か爆笑された。
驚いてるあいだに一個、ごく普通に食べていて――しかもまだ笑顔のまま。
思わず春世の顔を見つめて、そのあと先生が言っていた言葉を思い出したから慌てて春世に告げたところ、小首を傾げて返された。
……いいんのかよ、図書委員の癖に。
あ、委員じゃないんだっけ。
「……美味しかった、ありがとう」
やべ、俺、今多分顔真っ赤だ。
春世が学校を休んでるあいだ、色々噂も出始めていたけど、大概は柴村の一睨みで立ち消えていた。
結局、春世と柴村がどういう関係なのかは聞けずじまい……というか、避けられているみたいで、話しかけもできない。
多分、ただの友達なんかじゃない――多分じゃなくて絶対か。
それじゃあ、俺と春世は、何なんだろう。
ただ昼食一緒に食べてるだけ? 図書館仲間?
……それとも、ただの同学年なだけ?
一回だけ、図書室に行った。
春世が来てないのは承知の上で。
扉を開けたらやっぱり誰もいなくて、何故かいつもよりも広く感じる。
テーブルに向かって本を広げてみるけど、ちっとも集中できなくて――結局その日は、三十分過ぎる前に図書室を後にした。
そして、今に至る。
目の前にいる春世の姿に、思わず溜息をついた。
やっぱり図書室にはこいつがいなきゃな。
それから……俺は、「こいつがいる図書室」が好きなんだ。
「……王子様、どうかしました?」
「え、あー、何でもないけど……あのさ、」
一度言葉を切る。
なんていえばいいのか分からなくて、一瞬目を泳がせた後に、まっすぐ春世の目を見つめる。
春世のいない一週間、俺なりに考えた結論は、
「……俺さ、お前のこと友達だって思ってんだけど」
「はぁ」
「…………はぁ、ってなんだよ」
気の抜けたように頷く春世に思わず脱力した。
マジでなんだよ、こいつ。
「……か、」
「え?」
「可愛い……」
暫く黙り込んでいた春世が、いきなり呟いた。
何の話だ、何の。
眉を寄せて春世の方を見たら、カウンターの方からすっと手が伸びてきて、そのまま頭をぐしゃぐしゃと撫で回し始めた。
思わず唖然とする。
……だって、いつもどおりの無表情なんだぞ?
まぁ、目が笑ってるからまだいいけど、絶対傍から見たらハチャメチャな光景だ。
「……ひっどい顔」
「おい、人の顔見て笑うなよ!」
「けど面白かったんだもん、スターチスの顔」
「面白いって……おい、今なんて言った?」
ニコニコ、というよりはニヤニヤに近い表情の春世に反論しようとして、とんでもないことに気がついた。
今こいつ俺のこと、名前で呼んだ、よな?
なんか今日は、春世に振り回されてばっかな気がする。
「…友達だって言われたの初めてだし、お友達記念ってことで」
「なんだよそれ!? ってか、柴村は?」
「あぁあいつ? ただの幼馴染みだけど。やたらと心配性なんだ」
ちょっと過保護すぎるよねー、と言って春世が笑う。
……こいつの行動はやっぱり訳が分からない。