第9話:ゴールはあそこ
「ただいまから、第32回体育大会を始めます!」
うん、結局サボれなかった。
半分追い出されるようにして家を出てきたわたしは、今更ながらジャージを忘れたことを若干恨みながらも、保健室や屋上に行くこともなく列に収まっていた。
……みんな楽しそうで何よりですよ、全く。
準備体操のために広がると、視界の端で、吹奏楽部の面子が校舎に入っていくのが見えた。
あ、そっか、着替えなきゃいけないのか……くっそ、ずるい。
もう少し視線をずらしたら、今度は綺麗な蜂蜜色が目に入った。
やっぱ王子様目立つなぁ、保護者席からも結構な視線が向いてるみたい。
ぼーっとしてたら、いつの間にか準備体操は始まっていて、大分焦る羽目になった。
わたしが出る種目は50メートル走。
リレーとか面倒だし、やっぱり出来るだけ動きたくないし。
そういや昨日竜也に何出るのか聞かれたっけ……まぁどうでもいいけど。
で、確か女子の50メートル走は二番目くらいのプログラムだったはず。
……もう集合してる。
慌てて駆け出したら、突然声を掛けられたから足を止めた。
「あ、春世」
「ん……あぁすいません、次出るんで」
王子様と話したいのは山々だったけど、なんせ遅刻しそうだ――あ、学年主任が怒鳴ってる。
納得顔になった王子様から「頑張れ」と応援を貰って、結構本気で走った。
……こんなところで体力使い切ってどうするのさ。
自分の場所に滑り込むと、先生に苦笑いされた。
「春世さん、本番前に息切らせてどうするんですか」
「わたしも今丁度同じこと考えてましたよ?」
ふう、と大きく息を吐いて、入場し始めた列についていく。
ついでに手を振ってくれた先生に向かって、手を振り返しながら。
うっ……ちょっと、まわりの目線が痛いです。
50メートル走は、丁度本部――先生方がいるテントの前辺りで走る。
ちなみに、そのすぐ横は保護者席。
走るのは一年生からだから、比較的早く順番は回ってきた。
ちょうど「次走るよ!」って時になって、本部の横に王子様と先生、その後ろの方でそわそわしている竜也に気づいた。
目が合った途端に、王子様が猛烈な勢いで目を逸らせてきた。
…………わたし、なんかしたっけ?
先生の方は相変わらずニコニコしてて、なんか……ちょっと和んだ。
やっぱり不思議な人だ、先生。
で、竜也は滅茶苦茶複雑な顔をしてる。
だからさぁ、竜也は心配しすぎだって、思わず言ってやりたくなった。
いくらわたしでも、50メートルくらいなら大丈夫だって。
「――、四組春世梨亜さん、五組――」
名前を呼ばれて、スタート位置まで進み出る。
やっぱり50メートル走に出るのは運動嫌いの人が多いみたい。
どうせ走るからには、やっぱり最下位は嫌かも、とか思いつつ、クラウチングスタートの用意。
うん、王子様と先生も応援してくれてるみたいだし、竜也だって……あれ?
これって確か、クラス対抗だったよね?
ってことは、わたしと王子様や竜也は違うクラスだから、敵になるわけで……ん?
……あの二人、応援しちゃ駄目な人応援してる?
先生はまぁ、副担任だから平気だろうけど……あー、まぁいっか。
グダグダ考えていたけど、スターターがピストルを構えたから、とりあえず意識を戻す。
ゴールは――あそこ、だ。
パァン! と、ピストルがなった。