6.告白
2匹の小熊はぶつかり合い、それぞれ尻もちをついた。
駆けつけたオッツォにキルシと呼ばれた女の子の小熊は頭を軽く振ると、
「もう、誰よ! いきなり飛び出してきて!」
目尻を釣り上げて声を張り上げた。
対してヌーッティはというと、腰のあたりをさすりながら、
「おしりが痛いヌー! 誰だヌー!」
声を張り上げ、目の前にいるキルシをひたりと見据え、指さした。
キルシの目に怒っているヌーッティが映る。
そのヌーッティの姿は、とても勇ましく、凛とした面持ちであった——少なくとも、キルシの目にはそう映った。
「あ、あの……あなたは……?」
きらきらと輝いた瞳のキルシは声を震わせながら、どこか緊張した声色でヌーッティに話しかけた。
ヌーッティは首を傾げた。
「ヌ? ヌーッティだヌー。そっちこそ誰だヌー! 名を——」
頬をうす紅色に染めているキルシは身を乗り出し、ヌーッティの両手を取った。
「ヌーッティ様ですね! わたしはキルシです! わたしと結婚してください!」
「えぇえええええ⁈」
驚きの声はヌーッティの背後に立っているアキとトゥーリから上がった。
オッツォは頭をうな垂れ、ため息を吐いていた。
突然のプロポーズを受けたヌーッティは首を捻った。
「けっこん? けっこんってどういう食べ物だヌー?」
首を捻ったのはヌーッティだけでなく、キルシも不思議そうな面持ちで傾げた。
「ヌーッティ。結婚は食べ物じゃないよ」
ヌーッティの左後方に立つトゥーリが淡泊に教えた。
アキとオッツォは互いに顔を見合わせ、苦笑していた。
ヌーッティはトゥーリのほうへ顔を向けると、
「食べ物じゃないヌー?」
「うん。違うよ」
確認を取るとヌーッティは顔をキルシへ向けた。そして、
「いらないヌー」
微笑を湛えて、はっきりと断った。
その返答を聞いたキルシは首を横に振った。
「結婚はとっても美味しいものですよ!」
さらさら引き下がる気のないキルシは結婚を力説した。
「キルシ、嘘を言っちゃ……いや、嘘でもないか? とにかく、誤解させちゃだめじゃないか。さあ、森に帰るよ」
目を細めているオッツォは呆れ口調でそう言うと、ヌーッティとキルシの間に割って入り、キルシの右手を取った。
キルシは右腕を大きく振って、オッツォの手をほどこうとしたが、キルシよりも何倍も大きなオッツォの手がそう簡単に振り解けるべくもなかった。
「嫌です! 森には帰らない! わたしはヌーッティ様と結婚します! 街に住むんです!」
オッツォに手を引かれながらも、キルシは足に力を入れ、その場に留まろうとした。
無論、オッツォに勝るほどの力を、体長30センチメートルほどのキルシが持っているわけもなかった。
ずるずると引きずられるキルシ。
駄々をこねる子どものようなキルシを引っ張るオッツォ。
そんな2人の光景を傍観しているアキとトゥーリは顔を見合わせると、乾いた笑いを漏らした。
プロポーズされたヌーッティは、おしりについた埃を手で払いながら立ち上がり、
「子どもみたいな小熊だヌー」
ヌーッティ自身に返ってきそうな言葉をキルシに向かって言ってのけた。
引きずられているキルシは力の限りオッツォの手を振り解こうとする余り顔が真っ赤になっていた。
「嫌です! 森は嫌なの! 帰りたくない!」
「やれやれ、困ったなぁ」
オッツォはため息ひとつ吐くと、ひょいっとキルシを小脇に抱きかかえた。
小脇でじたばたもがくキルシの頭をぽんぽんと撫でたオッツォは、
「いいかい、キルシ。ヌーッティは妖精、君は精霊。だから、結婚なんてできっこないんだよ?」
それを聞いてキルシはぴたりと動きを止めた。
「……妖精?」
キルシは眉間にしわを寄せながら問い返した。
「そう。ヌーッティは妖精だよ」
オッツォの言葉でキルシの顔が青ざめていく。
絶望の青色から困惑の白色へ、そして悩める紫色へと変わり、ややあって、キルシの顔色は元に戻った。
だが、
「妖精⁈」
キルシの目が再びつり上がり、怒りの赤色へ表情が変わった。
「騙したのですか⁈ ヌーッティ!」
名を呼ばれたヌーッティはぽかんとした顔をキルシに向けている。
それは、アキも同様であった。
「何を言ってるヌー? わけがわからないヌー。ヌーはこう見えても可愛くて偉大な小熊の妖精さんだヌー。あがめるヌー」
ヌーッティは両肩をすくめ、呆れた様相を呈した。
それを聞いてキルシがはっとした面持ちになった。
「ヌーッティ……ヌーッティ……妖精のヌーッティ。はっ! もしかして、あのヌーッティ⁈」
トゥーリとアキの視線がヌーッティに向けられた。
「あのヌーッティ?」
アキは言いながら視線をヌーッティからキルシに移した。
キルシは鋭い目つきでヌーッティを見据えていた。
「森に住まう精霊や妖精なら誰でも知っている……呪われた小熊……その名はヌーッティ!」
呪われた小熊と呼ばれたヌーッティ。
怯えるキルシ。
訝るアキ。
手を額に当てているオッツォ。
沈痛な面持ちで目を伏せたトゥーリ。
こうして、月見団子の行方に端を発した物語は、ヌーッティの過去の話へと変わってゆくのであった。




