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トゥーリとヌーッティ<短編集>  作者: 御米恵子
お月見大騒動
71/163

4.探し熊と腹八分目

 まさかの展開であった。

 予想を遥かに超えていた。

 アキもトゥーリもヌーッティも覚悟はしていた。

 だがーー

「冷蔵庫、全部、空っぽになった…」

 アキは冷蔵庫の扉を開けたまま、うな垂れた。

 2メートルを超える大きな体躯の森の番人オッツォを自宅に招いて、食事を振る舞ったあとのことであった。

「ごめんよ。けっこうおなか減ってて」

 オッツォは白い布製のナプキンで口周りを拭きながら、申し訳なさそうにアキへ言った。

「いや、謝らなくていいよ。けっこう食べるって言ってくれてたし」

 とは言いつつも、まさか冷蔵庫から食料が一切合切なくなるほど食べるとは予想していなかったアキは内心、ため息を吐いた。

 アキの家の冷蔵庫は常日頃から食材でひしめき合っている。

 それというのも、心配性な祖母パウリーナが、行き倒れのひとがいたら自宅へ招いて満腹にさせてあげないといけない、という信条のもと、食料は家族分以上に蓄えているのである。

 お菓子の備蓄が多いのも、ほぼ同じ理由であった。

 行き倒れのトントゥや妖精や精霊がいたときに困るからという理由でストックしているのである。

 そんなアキの家の冷蔵庫が空になるほど、オッツォは食べた。

 次々に出てくるアキの手料理のほとんどすべてを食べた。

 シメのホールのケーキまでさらっと食べた。

 オッツォの顔を見る限り、どうやらまだ腹八分目程度のようであった。

 だが、心配な表情を湛えたヌーッティが冷蔵庫の前に立つアキのもとへ駆け寄ると、

「冷凍室のブルーベリーもなくなったヌー⁈」

 焦燥に駆られた声で尋ねた。

「さっき、ケーキを作るので使ったからないよ」

「ビ、ビスケットはーー」

 言いながらヌーッティは振り返り、ビスケットが仕舞われている吊り棚を見た。

 すると、いつの間にか棚に登っていたトゥーリが、ビスケットが50枚入ったカートン2つに500グラムのポテトチップス、そして、青い小鳥が描かれた缶に入ったクッキーの詰め合わせをオッツォに渡していた。

「それはヌーのおやつだヌー!」

「こんなに食べないでしょ? それにこのお菓子はヌーッティのじゃなくて、アキのおばーちゃんたちのものじゃん」

 トゥーリは冷静にヌーッティの主張を退けた。

 オッツォは寝転んで駄々をこねるヌーッティの姿を見ながら、

「いいのかい? 本当に」

 トゥーリとアキの顔を交互に見て尋ねた。

「いいよ。どうせいつもヌーッティとかに食べられてなくなってるし。それに、まだ、おなか減ってるんだろ?」

 アキは冷蔵庫をパタンと閉めながら答えた。

 オッツォはこくりと頷いた。

「お茶を淹れていくから、リビングで先に食べてて。トゥーリ、案内してあげて」

 アキはオッツォとトゥーリに促すと、水が入っている電気ケトルのスイッチをオンにした。



「それで、どんな小熊の精霊を探してるの?」

 リビング中央に置かれた木目のきれいな丸いローテーブルの上に座るトゥーリは、マグカップを器用に持つオッツォに尋ねた。

 毛足の短いエメラルドグリーンのラグの上にどっしりと座っているオッツォは、手に持つマグカップをテーブルの上に置き、

「トゥーリやヌーッティと同じ背丈の小熊の精霊の女の子だよ」

「同じ背丈かぁ。何か特徴はある?」

 今度はアキが尋ねた。

「うす桃色の毛色で、ちょっとつり目かな? 甘いお菓子が大好きで、自分のことを世界で一番可愛いと思ってる女の子だよ」

 トゥーリとアキの視線がヌーッティに向けられた。

「ヌ? なんだヌー? ヌーの可愛さは宇宙規模だヌー。誰も敵わないヌー」

 トゥーリとアキは同時にため息を零した。

「とにかく、背丈がヌーッティやトゥーリと同じで小熊の精霊だと見つけるのが難しそうだなぁ」

 アキは手をあごに当てて首を捻った。

「オッツォとその子、えーっと名前は?」

「キルシ」

「そう、そのキルシって子がはぐれたところに行ってみようよ。何か手がかりがあるかもしれないし」

 ヌーッティの小さな耳がぴくりと動いた。

「名探偵ヌーッティの出番だヌー!」

 ヌーッティが拳を上に突き上げた。

「名探偵って……たぶん、それ、日本語にすると漢字が違うよ」

 ゆっくりとした所作で立ち上がったトゥーリがヌーッティへ向かって助言した。

 アキは乾いた笑いを漏らしながら腰を上げた。

「オッツォ、キルシとはぐれた場所の特徴を教えて」

 アキがコートに袖を通し、身支度をしているオッツォへ尋ねた。

「ここより南のほうの公園。えーっと、像があったなぁ。誰だっけ? あ! ワイナミョイネンだ。不滅の詩人ワイナミョイネンと美しい乙女アイノ、それとエリアス・リョンロットの3人の像があった」

 聞いてアキはすぐに場所を特定できた。

 その3人の像がどこに置かれているのは、すでに把握済みであったからである。

 それというのも、カレワラ中毒末期症状のアキにとって、この問答はカレワラオタク検定でもあれば初級相当の問題を解くようなものであった。

 アキも青のモッズコートを身にまとうと、トゥーリとヌーッティの2人はアキの腕を駆け上がり、コートもフードの中へ身を潜らせた。

「出発だヌー!」

 フードの中から上半身を出しているヌーッティが声高に叫んだ。

 アキは先に玄関へ行ってるよう促すと、一度キッチンへ行き、手近にあったメモ用紙に青のペンで祖母宛のメッセージを書いて、ワゴン台の見つけやすいところに置いた。

 用紙にはこのようなメッセージが書かれていた。


 ばーちゃんへ

 行き倒れのひとを介抱したら、食料がなくなってしまったので、買い物に行ってきます。

 アキより


 こうして、トゥーリとヌーッティとアキ、そしてオッツォを加えた4人の、熊探しの旅が始まるのであった。

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