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トゥーリとヌーッティ<短編集>  作者: 御米恵子
恋する精霊
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4.新しい仲間 <Uusi ystävä>

「納得いかない」

 頰を膨らませたアレクシが一言漏らした。

「しかたないヌー。アレクシはトゥーリに負けたんだヌー」

 やれやれといった表情でヌーッティはアレクシに目を向けながら、諭すように言った。

 そんな二人に構うことなくリュリュは、

「トゥーリさまもわたくしのことがお好きなんですね! 相思相愛ですね!」

 呆れ顔のトゥーリの両手を取って、ひとり喜んでいた。

 リュリュのその発言に訝ったのはヌーッティであった。

「なにを言っているんだヌー。それは違うヌー」

「え?」

 ヌーッティの言葉で、浮かれていたリュリュの動きがぴたりと止まった。

「えっと、なにをおっしゃっているのですか? あの小熊は」

 リュリュは戸惑いの色を顔に湛え、ヌーッティに視線を移す。

「ヌーッティだヌー」

「それで、ヌーッティさんはなにがおっしゃりたいのですか?」

「だから、トゥーリが好きなのはリュリュじゃなくてアキだヌー」

 沈黙が訪れた。

 それを破ったのは、ぎこちない動きでヌーッティからトゥーリに顔を向けたリュリュであった。

「アキ? どなたですか?」

 問われたトゥーリの頰が赤くなった。トゥーリはリュリュから顔を逸らすと、

「……大切な友だち」

 ひとこと呟いた。

 魂が抜けたような表情のリュリュの手が、トゥーリからするりとうな垂れるように離れた。

 その様子を見ていたアレクシは意気揚々とリュリュに歩み寄り、花を差し出す。

「そう、トゥーリにはアキという思い人がすでにいるのさ。だから、言っただろう? きみの運命のひとはこのぼくだって」

 ぷつり——確かに、そう聞こえた。トゥーリにも、ヌーッティにも。

 何か張りつめたものが切れる音であった。

「さあ、これからデートでもしようじゃないか!」

 アレクシが嬉々として、リュリュに申し出た瞬間であった。

 リュリュは固く握った拳をアレクシの腹にぶち込んだ。

 アレクシは何が起きたのかわからず、その場にうずくまり、悶える。

「しつこいです! それにその花、スカビオサの花言葉を知らないのですか?!『不幸な愛情』『私はすべてを失った』ですよ! それを思いびとに贈るなんて失礼です!」

 憤激しているリュリュと、腹を抱えて身震いしながら、涙を浮かべてうずくまるアレクシの、そんな二人を眺めていたヌーッティが公園の時計に目を移すと、トゥーリの手を引っ張った。

「もうお昼ごはんの時間だヌー。帰るヌー」

 ひと息吐いたトゥーリは、

「そうだね。帰ろ」

 そう言い置くと、アレクシとリュリュを公園に残し、ヌーッティと二人で帰路に着いた。


 ***


 翌日の午後。

 トゥーリとヌーッティは、二階の部屋のデスクに置かれたラップトップでケーキ作りの動画を観ながら会話を楽しんでいた。

 今度、このケーキを二人の友人である男の子アキに作ってもらおうとか、それなら、こっちのお菓子は二人で作ってアキにプレゼントしようなどと話を弾ませていた。

 そこへ、こんこんっと窓をノックする音がトゥーリとヌーッティの耳に届いた。

 気づいて動画を一時停止させ、窓を見やると、リュリュとアレクシの姿があった。

 ヌーッティはデスクの上を走って窓縁に飛び移ると、二人が入れるだけの隙間を作るべく、窓を開けた。リュリュはしなやかな肢体でするりと窓の隙間をすり抜けるように部屋に入ると、トゥーリのもとへと走り寄る。アレクシも部屋に入ると、ヌーッティは窓を静かに閉めた。

「どうかしたの? アレクシと一緒で」

 トゥーリに訊ねられたリュリュは、右手を腹部にそっと当ててお辞儀をした。

「わたくしも今日から、こちらのご自宅に住むことにいたしました」

 リュリュの宣言を聞いたトゥーリとヌーッティは互いに顔を見合わせた。

「トゥーリさまに相応しいパートナーになるためには、やはり、トゥーリさまのことをもっと知らなければなりません。ですから、わたくしもこの家に住むことにいたしました」

「ま、待つヌー!」

 意外なところから声が上がった。ヌーッティは顔に冷や汗を浮かべ、

「本当の目的はヌーたちのおやつヌー?」

 真剣な顔であった。

 リュリュは吹き出すように笑った。

「違います。おやつは最小限でかまいません。ただ、トゥーリさまのお側にいたいのです」

 それを聞いたヌーッティは安堵の溜め息を漏らす。

「よかったヌー。おやつ取られないで済むヌー」

 額に浮かんだ汗をヌーッティは手の甲で拭った。

「いい加減気づいて。リュリュは、おやつ全部は取らないけど、食べるって言ってるんだよ」

 トゥーリの言葉にヌーッティは首を傾げた。どうやら、よくわかっていないみたいであると、トゥーリは思った。

「それでは早速、トゥーリさまのために、新しいお洋服を作りますね!」

 言うが早いか、リュリュは窓に飛び移ると、淡い水色のカーテンを手で破り始めた。

「ちょっ、ちょっと待って! なにしてるの?!」

 驚きと焦りの声を上げたのはトゥーリであった。

 リュリュはカーテンを破く手を止めることなく、トゥーリに顔だけ向ける。

「この色があまりにもすてきで、トゥーリさまにお似合いになると思いましたので。少々、お待ち下さい」

 トゥーリはその場にへたり込んだ。カーテンはすでに見るも無惨な状態と化していた。

 一方、カーテンを破り終えたリュリュは、ポンチョの中から針と糸を取り出し、鼻歌交じりに縫い始めた。アレクシは嬉しそうにリュリュの手伝いを買って出た。

 ヌーッティはというと、うな垂れているトゥーリの肩にぽんっと手を置いた。

 顔面蒼白なトゥーリは、部屋に戻ってきたアキにどう説明したらいいのか、このことを考えるだけで精一杯であった。

 そこへ、部屋のドアの開く音が聞こえた。

 トゥーリとヌーッティの肩がびくりと震えた。

 ドアの方へ視線を移すと、お菓子や飲み物が乗ったトレーを片手で持った青年が一人立っていた。

「トゥーリ、ヌーッティおやつ食べ……」

 青年アキの目にぼろぼろになったカーテンが映し出される。

 アキは、裁縫をしているリュリュとアレクシ、そして、デスクの上で身を縮こまらせているトゥーリとヌーッティを順に見た。

「えっと……どういうこと?」

 ドアを後ろ手で閉めると、アキはトゥーリとヌーッティに静かに訊ねた。

 その静かな口調が反ってトゥーリとヌーッティの恐怖心を増長させた。

 アキはデスクの上にトレーを置くと、二人をじっと無表情で見つめた。

 トゥーリは自身の両頰を思いっきり平手で叩くと、意を決した面持ちで立ち上がり、アキを見上げた。

「あのね、怒らないで聞いて欲しいの」

 そう切り出すと、トゥーリは、昨日からの今までの事の顛末を話し始めた。

 数分後。

「要するに、そこの赤リス……じゃなくて、風の精霊アレクシは、オコジョ姿の雪の精霊リュリュのことが好きで、だけど、リュリュはトゥーリに一目惚れした。それで、リュリュがうちに住みたいと言ってきた。そこまではわかったけど、それで、なんでカーテンがあんな状態になってんの?」

 両腕を前で組みながらアキはトゥーリに訊ねた。

「リュリュが、わたしの服を作るって言って、カーテンを破り始めたの」

 トゥーリは、裁縫にいそしむリュリュを指さした。

「リュリュ、ちょっといい?」

 アキが雪の精霊の名を呼んだ。リュリュは手を止め、顔を上げてアキを見る。

 リュリュはじっとアキを見つめた。やや間を置いて、はっとした表情になったリュリュは、

「あなたがわたくしの恋敵(ライバル)アキですね! 決闘の申し出ならば、いつでも受けて立ちます!」

 威風堂々、リュリュは言い放った。

 アキの口から溜め息がこぼれ落ちる。思い込みが激しそうなリュリュに、アキは、一つ一つ丁寧にトゥーリとヌーッティとアキ自身のことを話し始めた。話を聞いたリュリュは、アキを恋敵として認識しなくなった。けれども、この家に住むということは譲れないと言い張った。

 頑ななまでのリュリュに対し、アキは、いたずらをしない、物を破いたりしないなどの条件をいくつか示して、それらが守れるのであれば居住してもよいと提案した。

 もちろん、リュリュは二つ返事で了承した。アレクシもリュリュ同様、快諾した。その顔には、リュリュと共に住めるならば、という下心が如実に表れていた。

 こうして、アキが住まう祖父母の家に新たな居候が二名追加されたのであった。

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