1.ヨウルトントゥのリスト
ヨウルプッキ(Joulupukki)とはフィンランド語でサンタクロースの呼称である。「Joulu」が「クリスマス」を、「Pukki」が「雄山羊」を意味している。直訳すると「クリスマスの山羊」となるのだけれども、キリスト教が入ってくる以前のフィンランドの冬至の習慣が、キリスト教伝来という社会的文化的変容の紆余曲折を経て、現在のヨウルプッキ=サンタクロースになったのである。
さて、世界的有名人のこのサンタクロース、もといヨウルプッキは、フィンランドの北東部にあるコルバトゥントゥリという丘陵に住んでいて、ロヴァニエミという大きな街の近郊にあるサンタクロース村で仕事をしている。そのヨウルプッキの手伝いをする小人のことをヨウルトントゥと呼ぶ。彼らは基本的におじいさんの姿をしていて赤い洋服を身に纏っている。他の小人同様に目敏く耳敏い。どこの誰が何をしたのか、良いことも悪いことも、そのすべてを調査しヨウルプッキに報告する。その膨大な情報を基にヨウルプッキは、毎年、プレゼントを贈る人を決めていくのである。もちろん、悪いことをした人々はプレゼントを貰えないのはお約束。
さて、12月も半ばに差しかかった頃、ヌーッティはトゥーリと一緒にアキのスマホでヨウルプッキのサンタクロース村からのライブ動画を観ていた。アキはというと祖母の手伝いで祖母の書斎に行っていた。
2人が観ているライブ動画は、ヨウルプッキの「今年も良い子のみんなに会えるのを楽しみにしているよ」という締めの挨拶で終わった。
観終えてトゥーリはアプリを閉じてスマホをスリープ状態にした。
ヌーッティがトゥーリの肩をぽんぽん叩くと、
「ヌーッティは今年いっぱい良いことをしたから、いっぱいプレゼントがもらえるヌー。うらやましいヌー?」
トゥーリは首を傾げる。
「何言ってるの? ヌーッティは今年貰えないよ」
ヌーッティは不可思議な物でも見たかのような表情を浮かべる。
「そんなにうらやましいがらなくてもいいヌー。ヌーッティのプレゼントをすこーーーーしだけあげてもいいヌー」
嫌味っぽい言い方のヌーッティに対して、トゥーリは片手をひらひらと振ってみせる。
「はっきり言うけど、ヌーッティは今年ヨウルプッキからプレゼントを貰えないんだよ。悪い子ランキングで断トツの1位だったんだから」
ヌーッティは吹き出すよに笑った。
「それはトゥーリのことだヌー。そもそもそのランキングなんなんだヌー。ぷぷぷ」
その様子を見たトゥーリは溜め息を零した。
「ヌーッティも妖精なんだから小人や精霊、妖精たちの情報くらい収集できるでしょ? ヨウルトントゥから聞いた話だと、ヌーッティは真っ先に悪い子リストに入ったんだって」
小人や精霊そして妖精の情報と聞いたヌーッティは笑うのを止めた。ヌーッティの中で徐々に疑念が湧き起こる。
「ヨウルトントゥ? ほんとにヨウルトントゥから聞いた話ヌー?」
トゥーリは首肯した。
今までの余裕しゃくしゃくの態度はどこへやら、ヌーッティは焦り始める。
それもそのはず、小人であるトゥーリは小人の情報に詳しい。どの小人が、いつ、何を話していたのかなどを知ることはトゥーリにとって造作もないことであった。当然、その小人情報網にはヨウルトントゥの言動も含まれている。
「確認してみる? 知り合いにヨウルプッキのところで働いているヨウルトントゥいるけど」
「聞いてほしいヌー!」
ヌーッティはトゥーリに懇願した。
「ちょっと待ってね」
トゥーリはそう言うと、アキのスマホを再び手に取り、パスコードを入力してロックを解除する。それからアドレス帳を開いて「Kati」と入力し検索をかける。
「……トゥーリ、アキのスマホに知り合いの小人の連絡先を入れてるヌー?」
トゥーリは手を休めることなく、
「風の精霊や妖精伝いに連絡取るより、こっちのほうが便利なんだもん」
返答を聞いたヌーッティは恐る恐るトゥーリに尋ねる。
「このことアキは知ってるヌー?」
「気づいてないと思う。消されたアドレスはいくつかあったかなぁ?」
ヌーッティは何も言えず押し黙った。
「あった! まだ消されてなかった!」
トゥーリは確認し終えると、その連絡先を無料通話アプリに登録した。そして、電話マークをタップした。
数回目のコールで相手に繋がった。トゥーリはスピーカーモードにすると受話口の相手へ呼びかける。
「モイ! カティ? ひさしぶり」
「モイ! トゥーリ元気? ってこの前も話したばかりだよね」
スピーカーから闊達そうな女の子の声が聞こえてきた。
「元気だよ。今、ヌーッティも一緒なんだけど、ヌーッティが今年ヨウルプッキからプレゼント貰えるって言い張ってて。カティってヨウルプッキのプレゼント贈呈リストの管理をしてるでしょ? だから、カティからだったら、ヌーッティも貰えないことを信じるかなって」
受話口から乾いた笑い声がした。
「トゥーリも大変だね。ヌーッティ、いる?」
「いるヌー!」
カティに呼ばれてヌーッティは返事をした。
「残念だけど今年は貰えないよ。結構やらかしたんだって? トゥーリから話は聞いてるよ。1番面白かったのは団子を喉に詰まらせたのとティーポットから出られなくなった話かな。まあ、来年は良い子にすることだね」
「ま、待つヌー! そのことを誰情報で知ったヌー⁈」
焦りふためくヌーッティはカティに尋ねた。
「トゥーリ発信の風の精霊……えっとアレクシだっけ? 経由で私のところに来たよ」
聞くや否やヌーッティはトゥーリを見やる。トゥーリは顔をぷいっとヌーッティから背ける。
「ひどいヌー! ヌーッティを裏切ったヌー!」
「ヌーッティが悪いことしたのがいけないんでしょ。私のせいじゃないもん」
ヌーッティは再び受話口の向こうのカティへ呼びかける。
「ヌーッティはヨウルプッキからプレゼントを貰いたいヌー! どうしたらいいヌー⁈」
「リストはもう完成してるし、製造部門もそれで動いてるしなぁ」
しばらく間があり、やがてカティは、
「提案なんだけどさ、今年、何人かのヨウルトントゥが病気と怪我で仕事できなくて人手不足なんだよね。手伝ってくれるならヨウルプッキに私からお願いしてもいいけど……」
「お手伝いするヌー!」
カティの話にヌーッティは速攻で乗った。
「でも条件が一つ」
トゥーリは嫌な予感がした。
「お手伝いはトゥーリも一緒にすること!」
「わかったヌー!」
トゥーリはスマホに身を乗り出しているヌーッティを手で押しやると、
「どうして私もなの⁈ ヌーッティだけでいいじゃん!」
お手伝いの拒否を示した。
「だってヌーッティだけじゃ心配でしょ? それに、ひさしぶりにトゥーリに会いたいし。どう?」
トゥーリはカティの言葉に納得する部分もあった。確かにヌーッティだけでは不安である。だが、トゥーリとしては他の小人たちに会いたくないのである。それが例えカティであろうとも。けれども、ヌーッティは瞳を潤ませトゥーリの腕をがっしりと掴み離そうとしないでいる。この状況をどうにかするためには、もはやこう答えるしかトゥーリには選択肢がなかった。
「一緒に行くよ」
トゥーリの返答を聞いたヌーッティは大喜びし、カティも嬉しそうに「ありがとう」とトゥーリに伝えた。
「それで、いつどこに行けばいいの?」
3者の中で1番冷静なトゥーリがカティに尋ねた。
「明日のお昼にロヴァニエミのサンタクロース村の……北極圏の境界線の柱の上で」
それから必要な持ち物などをカティに教えてもらってから、トゥーリはそっと通話を切った。
こうしてトゥーリとヌーッティは、ヌーッティのプレゼントを賭けた旅へと、ロヴァニエミへと出発するのであった。




