1.リュリュのため息
「お待たせ」
数分後、アキは焦茶色のティーポットとカップ、銀色のティーストレーナーをトレーに乗せて健のテーブルへとやって来る。
「あれ? 今日はセルフじゃないんだ」
読んでいた本にしおりを挟んで健はアキの顔を見た。いつもなら、カウンターでトレーを受け渡すのだが、今日に限ってはアキがテーブルまで運んで来たのであった。
健は手にしていた本をテーブルに置くと、
「ありがとな、アキ」
顔を上げて、側に立つアキへ感謝を述べた。
「あとは任せた。武運を祈る」
アキはそう言い置いて健のテーブルから離れた。
何を言っているのか意味が取れなかった健は、ぽかんとした表情でアキを見ていた。やがて、
「まあ、いいや」
そう独り言つと、ティーポットの取手に手をかけた。その時であった。
「じゃじゃーん! 魔法のティーポットの妖精ヌーッティだヌー!」
ティーポットの蓋がかちゃりと持ち上がり、中からヌーッティが出てきた。
蓋を両手で持ち上げ、上半身だけポットから出てきたヌーッティを見るや否や、健はアキへ視線を移す。
「俺、こういうサプライズを頼んだ覚えはないんだけど?」
「特別なお茶だよ。ヌーッティという名の」
健はアキからヌーッティへ顔を向ける。ヌーッティの瞳はきらきらと輝き、健を真っ直ぐに見つめていた。
「ヌーッティは魔法のティーポットの妖精さんだヌー! さあ、ヌーッティの願い事を叶えるヌー!」
「逆でしょ?」
アキと健は同時に突っ込んだ。
「逆じゃないヌー。ポットの持ち主が妖精さんの願いを全部叶えるんだヌー。トゥーリと一緒に観た動画では魔法のティーポットの妖精さんがそう言ってたヌー」
アキはカウンターに腰掛けて3人の様子を観ていたトゥーリを見た。
トゥーリは首を横に振った。
「違うよ。魔法のティーポットの妖精がポットを持っている人の願いを叶えるんだよ。そう言ってた」
アキは、またいつものヌーッティの勘違いか、とそう内心独り言ちた。
「ヌーッティはどうでもいいからお茶早くちょーだい」
健がアキにお茶を催促する。
「その前に5ヶ月分のコーヒーのツケ払えよ」
アキの返答に健は照れるように笑った。今日も回収は難しいなぁと内心言ちるアキは健のテーブルへ戻る。
「もういいよ、ヌーッティ。カップから出ておいで。健の紅茶淹れなくちゃだから」
アキはひょいっとヌーッティが両手で持ち上げている蓋を取った。
「しかたないヌー。今日のとことはかんべんしてあげるヌー」
ヌーッティはティーポットの縁に手を置き、出ようとした。だが、するりと出られなかった。そこでお腹が邪魔をして出にくいとヌーッティは考えた。ヌーッティはお腹を引っ込ませ出ようとした。しかし、それでも出られなかった。ヌーッティは、今度はお尻が邪魔をしていると考えた。ポットの中に隠れているお尻を腰をよじってもぞもぞ動かす。けれども、ティーポットから抜け出ることはできなかった。
「ヌーッティ? ティーポット使いたいんだけど、まだ?」
訝るアキを懇願の瞳で見つめるヌーッティ。ヌーッティの顔は青ざめ、額には幾粒もの冷や汗が浮かんでいた。
それを見たアキの表情が強張った。
「……で、出られないヌー」
ヌーッティの声は震えている上にとてもか細いものであった。
それを聞いたアキの顔からさっと血の気が引いたのは言うまでもない。健はぐふっと笑い声を立てた。トゥーリは重い溜め息を一つ吐いた。




