1.がんばれ! 小人のトゥーリちゃん
寡黙な小人の女の子トゥーリの使命は、いたずら大好き小熊の妖精ヌーッティの犯行を止めること。おやつのつまみ食いから、人間の友だちのアキという男の子へのいたずらまで、そのすべてを阻止するのである。
とある金曜日の夜のこと。
ヌーッティは、トゥーリと分け合って食べていたおやつ最後の一つを狙っていた。二人の大好物、アキの作ったクッキーである。
どちらも譲れない。だからこそ、トゥーリはヌーッティに提案した。ジャンケンで勝ったほうが食べる権利を有するというのはどうかと。ヌーッティは、その提案を受け容れた——はずであった。
「そんな約束ヌーがするわけないヌー!」
ジャンケンのポーズをとっていたトゥーリを無視し、ヌーッティはおやつへ猛ダッシュ。
トゥーリは、おやつの前に立つと、ヌーッティを迎え撃つため身構えた。
ヌーッティは走る速度を落とさず、トゥーリに襲いかかる。
トゥーリは不敵な笑みを浮かべると、ヌーッティの駆けてきた勢いを利用し、そのまま一気にぶん投げる。そのままポケットからたこ糸を取り出すと、捕縛する。
タイミングよく、アキが部屋に入ってきた。
任務を完遂したと思い込んでいるトゥーリは、アキへ向かって満面の笑顔を向ける。
まるで、「どうだった? ちゃんとヌーッティのいたずらを止めたよ! 褒めて!」と言わんばかりの笑顔を。
アキは、デスクの上で伏せっているヌーッティを見て、それからトゥーリに視線を移した。そして、溜め息をひとつ。
「ふたりとも、明日のおやつはなし!」
トゥーリの身体は硬直し、顔から喜びの色が消え失せた。
——なんで?
トゥーリの頭の中を、アキに怒られた言葉がぐるぐると回った。
翌々日の日曜の朝。
デスクの上に置かれているアキのスマホを、ヌーッティはまじまじと見つめていた。トゥーリはその様子を、ベッドの上に座りながら監視していた。
トゥーリは嫌な予感がした。
昨晩、ヌーッティとアキと三人で、スマホである動画を視聴していた。
その動画はスマホの広告動画であった。うたい文句は「このスマホはこの上に座っても壊れません」というもので、象が片足をスマホに乗せていた。
そんなことを思い出している途中であった。
ヌーッティが跳躍し、勢いよくアキのスマホの上に尻から乗ったのは。
ばきっと大きなガラスが割れるような音がした。
ヌーッティがスマホの上から降りると、スマホの画面に幾本もの亀裂が走っていた。
トゥーリは「出動だ!」と心の中で独り言つと、スマホの画面を壊し、それを隠蔽しようとしているヌーッティに向かって、魔術を放つ。
「Satakaa nuolet salamoiden! ——降り注げ! 私の雷光の矢よ!」
身を潜めよと右往左往しているヌーッティと、画面がばっきばきに割れたアキのスマホの上に、無数の小さな光の矢が降り注ぐ。
ヌーッティはスマホを傘のようにして、光の矢を防いだ。当然、それでスマホは壊れた。
部屋のドアが開き、アキが入ってきた。デスクの上の状況を見たアキは呆然とし、
「……え?」
間の抜けた言葉しか出てこなかった。
その後、アキから、トゥーリとヌーッティに言い渡されたのは「一週間おやつなし」という無慈悲な判決であった。
その言葉を聞いたトゥーリは、ヌーッティのいたずらを止めたにもかかわらず、大好きなアキに怒られたことで、ぽろぽろと涙をこぼし始めた。対して、ヌーッティはアキに猛抗議した。
そんな傍若無人かつ超絶わがままなヌーッティの言葉を聞いているうちに、トゥーリの心に怒りの感情が湧き起こってきた。
——ヌーッティが、あんなことしたのに! ヌーッティのいたずらを懲らしめたのに!
トゥーリは隣に座っているヌーッティを睨みつけ、すっと立ち上がる。
ヌーッティに背を向けると、ぷんすか怒っているヌーッティと一定の距離をとる。
やや離れたとことでトゥーリは立ち止まり、反転。
ヌーッティめがけて走り出す。
一気に距離を縮め、空中へ飛ぶと、トゥーリから離れるべく逃げ出しているヌーッティに回し蹴りを決める。
吹き飛ばされたヌーッティは、アキの顔面にぶち当たる。
「ふごっ?!」
アキが言葉にならない声を上げた。
同時に、トゥーリは意識を失った。
「痛ったぁ……。なんだ?」
そのアキの声でトゥーリの意識は戻った。
ぼんやりとした寝ぼけ眼でトゥーリは、きょろきょろと辺りを見回す。
すると、顔面にヌーッティが貼り付いているアキの姿がトゥーリの瞳に映った。
トゥーリは完全に目が覚めた。
「アキ!」
滅多に喋らないトゥーリがアキの名を呼んだ。
アキは、顔にくっついてなお眠っているヌーッティを片手で引きはがすと、枕元に立っているトゥーリを見た。
「あ、おはよう。トゥーリ」
アキは両目を人差し指で、片方ずつ拭いながら、トゥーリに挨拶をした。
「アキ! 怒ってない?! おやつはいらないから嫌いにならないで!」
言いながら泣き出したトゥーリはアキに迫った。
驚いた表情を湛えたアキは、優しくトゥーリの頭を撫でながら、
「怒ってないよ。起こしてくれてありがと、トゥーリ」
穏やかな笑みをトゥーリへと向けた。
それでもトゥーリは不安な表情を湛え、
「ほんと? ほんとに怒ってない?」
上目遣いで、トゥーリ自身より大きな身体のアキの瞳を見つめ尋ねる。
「ほんとだよ。どうしたんだよ、トゥーリ?」
怪訝な顔になったアキに、トゥーリは首を横に振って、
「なんでもないの。だいじょうぶ」
笑顔を浮かべて、そう答えた。
アキはまたトゥーリの頭を撫でる。
「それじゃあ、起きなきゃな。学校に間に合わなくなるし」
ベッドから降り、身支度を整えているアキを、トゥーリはベッドに腰掛け眺めていた。
淡い水色の薄手のカーテンの隙間から、柔らかな朝陽が差し込んできている。
トゥーリはベッドに転がって、いまだに起きないヌーッティを、ちらっと見た。
「じゃあ、行ってくるな。もう少ししたら、ヌーッティを起こして」
アキは、そうトゥーリに頼むと、部屋のドアを開け、出て行った。
トゥーリがすくっと立ち上がったときだった。
ドアが少し開き、ひょこっとアキが顔を出した。
「あんまり、力技で起こしちゃだめだからな、トゥーリ」
ひとこと言うと、アキはドアをパタンと閉めた。
少し頬を膨らませたトゥーリであったが、一応は友だちのヌーッティである。
そうそう乱暴な起こし方はしたことはない——と、トゥーリ自身は思っていた。
——さて、どうやって起こそうかな。
小人のトゥーリは腕まくりをしながら、うつ伏せで眠ってるヌーッティへ歩み寄る。
その後、アキの部屋からヌーッティの絶叫が聞こえたのは言うまでもないことである。