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6. ブロッコリーは20秒くらいで火が通る

「須埜原! 感想戦しよっ!」


 放課後になったとたんに前の席の白石が僕の方をばっと振り向いて言った。瞬速で荷物を鞄に詰め終えた僕はのけぞって後ろの机に頭をぶつけそうになった。


「え、な、か、かん……?」


「感想戦! せっかく同じラーメン食べたんだし須埜原がどう思ったか聞きたい!」


「なんでっ、い、いや、あのっ」


 だからそうやって何度も気軽に話しかけるな!

 おまえは三階層も上なの!

 ダンゴムシはお日様に近づくと死ぬの!


「どしたのーまりさぽ」


「今日うちら部活休みだしどっか行こうよ」


 クシャトリア仲間の渡良瀬咲子&葉山なぎさが寄ってくる。


「あーごめんちょっと先行ってて! わたし須埜原とラーメントークするから」


 なんでこいつが? という感じの視線が投げつけられて僕はびくっとなる。


「またラーメンかぁ」


「ラーメンのことになるとまりさぽ意味わからんくらい熱くなるからな」


「んじゃ六組でだべってる」


「須埜原ごめんねぇ、こんなしつっこいやつの相手させて」


 渡良瀬さんと葉山さんは手を振って教室を出ていった。

 ……僕にも手を振ったように見えたけど返礼をすべきだったか?

 いやいやいや下層民側からはコンタクトしちゃだめだ。


「須埜原はあの店どこで知ったの? あれ千葉の有名店で修行した人が暖簾分けで出したお店でさ、業界ではオープン前からけっこう話題になってて。わたしはインスタでラーメン情報めっちゃあげてる人をフォローしてるんだけどもう師匠店との食べ比べレポとか出てて食べたくなりすぎて今日勢いで行っちゃって」


 は?

 インスタみたいなきらきら人種専用SNSでラーメンなんて扱わないでくれる?


「……いや、ぉ、ぼ、お、僕は、地域コミュサイトで……新しくできたってのを見て……ていうか二郎系とか書いてあったけどガセだったし……」


 ラーメン屋だから行ったわけではなく、学校の近辺でひとりで過ごしていてもだれにも変に思われないようなスポットを見つけておくのに余念がないだけなのだが、そんなことを正直に話したらどん引きされるので黙っている。


「そっかぁ、でもめっちゃ美味しかったよね!」


 そこはまあ、全面同意だけれども。


「東京風の鶏ガラ透明醤油スープってなんか甘めにする店がけっこうあってわたしそういうのに当たるとほんともう丸一日落ち込むんだけどあの店はパンチ利いててザクザクの魚介出汁で、たぶんアゴだと思うんだけど――」


 すごい早口で語られた。出汁の中身なんてよくわかるな。


 というか。


「……ほんとにガチでラーメン好きだったんだ? 自己紹介で言ってたけど」


「え? そうだよ? 嘘だと思ってたの?」


「え……あ、いや……なんかほら、ネタ言って笑わせないと、みたいな空気になってたから、それで」


「えーっ。ほんとに好きなものはネタになんかしないよ!」


 ああ、それはわかる。こないだの打ち切り漫画とか。


「須埜原もそうでしょ?」


 いきなり言われるので僕はびっくりする。おまえが僕のなにを知ってるんだ? と反発したくなる。たったいま心の中で深く同意したばっかりだけど。


「将来はぜったいに自分のラーメン屋出すって決めてるから。あちこち勉強してんの! 週末なんていつも家でスープ作ってるし」


「……はあ。将来の話も本気だったのか……」


「今の仕事で開店資金稼ぐの! ついでになるべく有名になっとく。ほら元アイドルがラーメン屋始めてけっこう話題になってたでしょ。あんな感じで。もちろん美味しくなきゃいけないのは大前提なんだけどさ、スタートダッシュで使えるものはなんでも使わないとだし」


 白石を、正視できなかった。


 今回はクシャトリアの黄金オーラのせいではない。


 ちゃんと将来のことを真剣に考えて高二の現時点ですでに行動に移しているという、なんというかその――ダンゴムシな僕に比べて圧倒的に――


 正視できないでいる間も、白石はまだラーメン屋開業についての具体的な計画を語り続けていたけれど、まったく頭に入ってこなかった。ていうか教室で二人で顔突き合わせてかなり長時間喋ってしまっているわけだがクラスメイトに見られてるよな? どうしよう? と不安になって周囲をそれとなくうかがうと、すでに僕ら以外いなかった。


 ……よかった。


 みんな部活とかで忙しいからいつまでも教室に居残っていたりはしないのか。


 いや全然よくないが?

 白石と二人きりなんだが?

 まずい、また脳が煮え始めた。落ち着け。静まれ。


「――っぱりある程度はルール必要だと思うんだよね、須埜原、聞いてる?」


「え? あ、はいっ?」


 腕をつねられて我に返る。なんでこう気軽に触ってくんの? アンタッチャブルだって言ってるだろうが?(言っていない)


「わたし店側が色々ルールやかましいの好きじゃないんだけど、ほら最低限てのがあるから自分で出す店にはやっぱり注意書きとか必要かなって。他の客は撮るな、とか」


「え、お、おぅ?」


 唐突だったので変な返しになってしまった。

 白石はくくっと笑う。


「須埜原、すごい必死でガードしてて。ごめんね、ありがと。ほんとはわたしがびしっと言ってやらなきゃだめだったよね」


 気づかれていた。

 そりゃ気づくか。あからさまに無理があったもんな。うわもう恥ずかしすぎて死にたい。


「なんかね、勝手に写真撮られるのしょっちゅうだから、もうめんどくさくなっちゃって」


「……い、いや、待て。ぼっ、僕がガードしたのはな? 特定の個人ではなくてな? 肖像権という人類共通の資産であって」


 見苦しすぎて輪をかけて恥ずかしくなった。白石がにこにこしながら聞いてくれているのが一層いたたまれなかった。


       * * *


 その週、家庭科の授業で調理実習があった。


 出席番号順で五人ずつの六班に分けられていたので、白石(11番)と僕(12番)は同じ班のメンバーとなって調理台を囲むことになる。

 あとの女子二人、曾根崎(13番)さんと竹中(14番)さんはどちらも平民で、普段から仲が良い。

 15番が二階級特進クシャトリアの津田島くんなのが僕にとってはかろうじて救いではあった。今は社会階層の高い壁に隔てられているとはいえ一応喋ったことのある仲なので他のやつよりは気まずさが軽減される。

 しかし二階級特進って僕の心の中でそう呼んでるだけなんだけどちょっと失礼だな? 死んだみたいじゃないか。

 転生しないと別階層に移れないってことは死んだようなものなのかもしれないが。


 実習のメニューはハンバーグだった。


 僕は付け合わせのニンジンとブロッコリーを担当。切って塩ゆでするだけだ。

 津田島くんはソース作りを任される。かなり出来映えを左右する重要パート。僕じゃなくて助かった。

 曾根崎さんがタマネギを刻んで炒め、竹中さんが挽肉と一緒にこねて楕円形にまとめ、最後に白石が焼くという役割分担になった。


 たぶんいちばん責任が重いのは白石だと思うが――


「白石さん、だいじょぶ? できそう?」


 体型的にも雰囲気的にもクラスのおっかさん的な曾根崎さんが、心配そうに訊ねる。たしか一年生のときも白石と同じクラスだったんだっけ。階層はちがえどまあまあ喋っているところを見かける。


「う、うん。まかせて!」


 白石はいくぶん緊張気味の面持ちで言って、それから僕をちらと見た。


 なんの視線だ?

 まさか「代わってくれ」じゃないよな、僕だって料理は全然できないぞ。だいたい毎週末ラーメン作ってるんだから料理は得意だろ?


 僕は野菜を切って鍋に放り込むだけでおしまいなので楽ちん。

 それでもブロッコリーがだいぶへたってしまった。そうか、ニンジンと同時に入れちゃだめなんだな。


 隣のコンロでは津田島くんの操るフライパンからたいへん美味しそうなホワイトソースのにおいが立ちのぼっている。


「津田島うっま! 料理できるんだ!」


 白石が向こう隣で声を弾ませる。


「親が両方いない日しょっちゅうだったからね。弟も妹も小さいし」


 苦労人で面倒見が良い……。

 やばいぞ、お婿さんにしたい男ランキングを津田島くんが駆け上がっていくのがわかる。背負った黄色オーラも心なしか白石の黄金色に近づきつつある。


 いやいや。

 なんで僕がもやもやしなきゃいけないんだ。

 クシャトリア同士の会話なんてどうでもいいだろ。

 白石がだれを褒め称えようが僕には関係ないわけだし。

 こちとら付け合わせの茹ですぎたブロッコリーみたいな人生だからな。なるべく目につかないようにニンジンの陰に隠れるように盛り付けしておこう。


「せっかくだから星形とかにしようか」と挽肉を練りながら竹中さんが言う。


「ハート型にしよう!」と白石が食いつく。

 竹中さんの方ともけっこう遠慮なく喋るんだな。

 というか、他の班をそれとなく見回してみても、カースト関係なしにみんなけっこうコミュニケーションをとっている。もちろん分担調理しているわけだから必要なやりとりではあるのだけれど、こうしてみると強制的な班分けというのはスクールカーストを(ごくごく一時的にとはいえ)麻痺させる効果があることになる。オーラが見えてなかった頃はこんなの気にしたこともなかった。


 そんな中、僕はひとりアンタッチャブルを貫くぜ! カースト外、孤高の存在だからな!


 ……最下層だから孤《高》はおかしいか。孤低?


 くだらないことを考えている間に肉がまとまり、バットの上に五つのハートマークが並んだ。

 いよいよ白石に託される。


「えっ白石さん火強すぎじゃないの」


「油もっとなじませないと」


「間あけて、くっついちゃう!」


「なんかすごい煙出てきた」


「あっだめ、まだ中が生焼け!」


「ああああああ油に引火したよ!」


 ……大惨事だった。


 他の班からもめっちゃ注目されていた。フライパンからもうもうと黒煙があがっているのだから見るなという方が無理だ。

 先生もあわてて飛んでくるが、遅きに失していた。

 肉はフライパンの中で真っ黒に変わっていた。


 白石はうなだれる。


 僕は思わずつぶやいていた。


「……毎週ラーメン作ってんだろ? 料理得意なんじゃなかったのか」


「ラーメンは料理じゃなくて科学実験なの! いくら作っても料理は上手くならないの!」


 涙を浮かべて言い返された。なんかすみません……。


「でも、でも、津田島くんのソースかければなんとかなるんじゃないかな?」


 曾根崎おっかさんがけなげなフォローを入れてくれる。


 白石はべそをかきながら黒焦げのみじめな肉塊をフライ返しですくって皿に移していった。ハート型なのがいっそう哀れを誘う。ひとつだけやや大きめのやつがあり、それは見事にばっくりと割れていた。ブロークンハート。


 津田島くんがソースをかける。

 ホワイトソースなので肉の色が完全に隠蔽されてまあまあの見た目になるが、割れたやつだけはみじめさを隠せていない。


「それじゃ実食しましょう!」


 先生がことさら明るい声で言った。

 クラスメイトたちはやれやれとエプロンや三角巾を外して席に着く。


 皿を各人に配ろうとする津田島くんを、「ちょっと待って!」と白石が阻んだ。


「これは須埜原のだから」


 割れたハートのやつがわざわざ白石の手によって僕の前に置かれた。


 は?

 なんで?

 白石は無理してるんだか照れてるんだかよくわからないぎこちない笑みを浮かべている。


 ……ひょっとして嫌がらせか?

 ハートがブレイクといえばつまり失恋のことだがそういうキモい性的な目で見るなってこと?

 いやいやいや見てませんよ?

 全然――かというとそうでもなくもなくもないが――こんなこと考えてる時点ですでにキモいが……


「じゃ、じゃあ、食べようか」


 竹中さんがためらいがちに言って箸を配った。

 いただきますの後も、うちの班員はだれも食べずに僕の様子をうかがっている。


 なんだよ。最下層民が毒味しろってか。


 しかたなく、先んじて一口食べた。


 意外にも、悪くない。

 外側はがっちがちで焦げているが、その中はほどよく肉汁も残っていてちゃんとハンバーグになっている。


「……うん。……美味しいよ。焦げてるの外側だけで、中は美味しい」


「ほんとっ?」


 白石がぱあっと顔を輝かせた。


 僕の毒味でみんな安心したのか箸をつけた。

 しかし一口食べた竹中さんも曾根崎さんも津田島くんも青ざめて硬直した。


「……これは」


「うん……」


「ちょっと焼きすぎだね……」


 え? だめだった?

 僕の味覚がおかしいのか? と思って津田島くんの皿を見たら、たしかにハンバーグの断面は中まで黒ずんでいる。


 ああそうか、僕のだけちょっとでかかったから火の通りが悪くて結果的にましな焼き加減になったわけか。


 ん?


 僕ははっとして白石を見た。


 白石もなぜかこっちをガン見していたが視線が合うとあわてて自分のハンバーグに取りかかった。

 一口目からいかにも苦そうに顔をしかめている。


 ひとつだけましだとわかってるやつを僕に回したのか?


 ……いやいや。そんなわけないな。 白石がそんなことする理由がないし。いやがらせだろう。でも美味しいのはたしかだし完食してやるけどな。ざまあみろ。津田島謹製ホワイトソースうめえな!

 ニンジンはまあニンジンの味しかしないな。

 ブロッコリーは……


 白石の引き起こした大惨事のせいで目立っていなかったが、僕の担当したブロッコリーもだいぶやばかった。ふさふさの部分が溶けかかっていて、茎の部分はねちょっとしていて、食べられたものじゃない。

 申し訳ないがこれはちょっと残すか……。


 ところが白石だけはなぜかブロッコリーまで全部口に押し込んでいた。

 そこまで好物なのか? いや不味いんだろ、まだちょっと涙浮かべてるし! 食わなくていいから!

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[良い点] 学園もの面白くて大好きだー [一言] 楽しみにしてます。
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