3月の雪だるま 28年前のこと
私が、かつて住んでいた町でのこと。
私は、今58歳になっている。
普通に中年オヤジだ。数年前に、視覚障害を患い、目に入る情報は限られている。
そんな私だが、58割る2=29、そう丁度半分の29年前に、私はある女性と出会った。
その当時住んでいた町で、看護師をしている人だった。
私より2つ下、ショートカットで丸顔、小柄で、笑顔が可愛い女性だった。
私は、一目惚れした。出会いは、知り合いのおじさんの奥さんの紹介だった。
何とか、彼女とお付き合いをしたい。そう強く思った。
私の希望が叶い、彼女との付き合いが始まった。
私の人生の中で、唯一輝いていた季節だった。気象的な季節は、冬に向かっていたが、
私にとっては、暑い夏という感じだった。
その時は、平成4年の冬であった。
まだ、パソコン、インターネット、携帯電話などが、一般的に普及していない時代だった。
彼女とのデートは、手探りで計画を立てた。地域情報誌と地図が頼りだった。
彼女に連絡する手段は、一つしかない。固定電話だ。
彼女の両親が出ない時間帯、彼女の都合が良さそうな時間帯を考えて、電話する必要があった。
今は、勝手に連絡をいれておくことが出来る。
しかし、その不自由さが、苦にはならなかった。その当時は。
私は一生懸命に彼女に接した。そして、彼女にプロポーズをしていた。
彼女の誕生日、11月27日の夜、彼女を送って行った車の中で、彼女に申し込んだ。
彼女も、手編みのセーターを作ってくれるなど、私に向き合ってくれていた。
年が明け、平成5年の春、3月になったが、住んでいる町に雪が降った。
夜勤明けのその日、早朝に外に出ると、一面雪景色だった。私の車にも雪が積もっていた。
体調は良くなかったが、雪払いの動作で、車の上に小さな雪だるまを作った。
その日の夜、私の人生が急降下することになった。
体調のすぐれなかった私は、彼女との待ち合わせ後に、大きな失敗をおかしてしまった。
私は、かけがえのない人を失ってしまった。
その日の行いが、今も私を苦しめている。
あの雪だるまを作った日に戻れたら、いや戻りたい。
雪だるまという言葉を聞くと、その時のことが切なく思い出される。
(完)