再生
すっと静かに投げ入れられた白い封筒を、赤い炎が舐め上げ黒く焦がしていく。
一通、二通、三通。片割れの手によって次々と暖炉へと放られていく手紙を見て、彼は声をかけた。
「何をしている」
「見ての通り、手紙を燃やしている」
そう告げてくる間にもまたひとつ、ひらりと眩い白が炎に飲み込まれていく。
「それは見ればわかる」
彼が眉根を寄せれば、ふふっと楽しげに笑う。質問の意図を理解している癖に、まるで会話を楽しむように幾度か余計な言葉を挟むのだ。以前には見られなかったやり取りは、それでも存外悪いものではない。そうであるから、彼自身、己のその心持ちに渋面するのだ。
「ただのラブレターだ、友よ」
ひらり、ひらり。投げ込まれていくただ白さだけを主張する封筒。飾り気もないその手紙の正体を、今これはなんと告げたのか。
「エル」
「うん、ラブレターだが?」
何かおかしいかな、と首を傾げる片割れの言葉を今一度脳内で繰り返し、彼は訊ねた。
「誰からだ?」
誠に当然の事ながら、ルカの片割れたるこの少年は人の目をよく惹き付ける。見目が良いことだけではなく、光そのもののような片割れの存在感がそうさせるのだろう。共に学び舎へ通う中で、今まで告白などしてくるような愚か者はいなかったが、彼の知らぬところで呼び出されでもしたか。
そもそもこれは他者からのものを蔑ろにするような存在ではない。ならばこれを寄越した相手はよほど腹に据え兼ねることをしでかしたか。とはいえ、片割れのことであるのだから、どうせ放置をするだけで済ませたに違いない。さてどう制裁を加えてやるかと、片割れの抱える多量の手紙を見て、その言葉を待っていれば。
「私から」
思いもよらぬ事を口にした。
「お前から?」
「ああ、私からだ」
「誰に宛てたものだ」
「君にだな」
当然だ。それ以外の答えなどあるはずもない。
答えをわかりながら訊けば、事も無げに返してきた片割れが、再び手紙を暖炉へと投げ込もうとするので彼は咄嗟にその手を掴んでいた。
「渡された覚えはないが」
「渡した覚えがないからな」
「エル」
呆れて名前を呼べば、やはり楽しそうに笑みを零す。
「うん。でもこれは今の君には必要のないものだから」
「――ああ」
そこで彼は片割れの意図を理解し、ますます深い溜め息を吐いた。
彼と片割れには、以前の生の記憶がある。思い出したのは互いに十の誕生日を迎えた時であったが、記憶が甦ったところで何も変わることなどなく、ただそれまで通り共に生きる時間が続いている。
それでも時折、片割れはこうして昔のことを話題にあげることがあった。そういう日の片割れは妙に感傷的になる。原因は、必ず。
「夢を見たのだ」
片割れがぽつりと零す。彼が黙っていれば、そのままぽつりぽつりと続きを口にする。
「手紙を書いていた。君がいなくなった後で」
幾通も、幾通も。書いた手紙を彼の部屋へ運んだ。まるで死者へ手向ける花のように、宛もなく積み上げて。
それを思い出して、気づけばこうして綴っていたのだという。
「燃やす必要もなかろう」
彼の言葉に首を振り、片割れは再び持っていた手紙を暖炉へ放り込む。彼は強いて止めることをしなかった。
「手紙は、燃やすと過去に届くらしい」
それはこの地域に伝わる伝承で、故人へと届けるための方法だと聞いたことがある。別の地域では、ガラス瓶に手紙を入れて海に流すこともあるのだとか。
片割れとてそんな迷信を信じているわけではないのだろう。それでも、そうせざるを得ないほど、夢の余韻に晒されたのだ。
「私から、君へ宛てたものだったのだ」
もう届くことはないもの。
もう、届く意味のないもの。
ちろりと炎が宙へ上がり、最後の封筒が飲み込まれていく。
それを見届けた片割れは、うん、と満足そうに頷いて暖炉から彼へと視線を移した。
「お昼にしようか」
「そうだな。エル」
「うん?」
呼びかけて、なにかな、と首を傾げる片割れの頬に手を添える。意図を察して目を瞑る相手の唇を己のものと重ねる。ゆるりゆるりと擦り合わせ、溶けるような錯覚と共に互いの熱を絡め合う。
「ルカ」
ふっと離した唇から、雪のような静けさで言の葉を散らす。抜けるような蒼さを湛える瞳をすっと細めて、長い腕が彼の背へ回る。
「君は、ここにいる」
「ああ」
すりっと犬猫のごとく頬をすり寄せてきた片割れを、彼からも抱きしめ返して頷いた。
そばにいる。共にいる。片割れが望む限り、彼はそれを違えない。
共に生まれて共に生き、過ごした時間をもってそう決めたのだ。ただそれだけの話だ。
「お前も、ここにいるだろう」
「ああ」
温かさに満ちた声で肯定し、片割れはそっと体を離した。そろそろ準備をしないとな、と微笑みながら台所へ向かう。
彼も共に向かおうとして、ふと一枚だけ取り残された便箋に気付いた。先程片割れが投げ込んでいた手紙に封はされていなかった。何かの拍子で落ちたのだろう。
床に寝そべるそれを拾い上げ、そこに書かれた文字を目にして、彼はふと口元を綻ばせた。
「友? どうかしたか?」
先に出ていった片割れが、後を追ってこない彼に気付き、扉の向こうから顔を覗かせる。
「いや、なにもない。すぐに行くから待っていろ」
「うん、待っている」
頷いて、再び扉の向こうへと姿を消す。彼は手にしていた便箋を暖炉へと放り、すぐに片割れの後を追った。
赤々と燃える火が、すぐに白い紙を飲み込み灰へと変えていった。
『もしも、また出会うことがあるのなら、どうか君と共に』




