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歌物語

白露

作者: 夢のもつれ

目が覚めたときに何か夢を見たけれど、なんだったか思い出せなかった。


そんなことを考えられるのも一週間でいちばんのんびりできる土曜日だからこそだけど、ついでに(でもないんだけど)最近は彼の夢を見ないなって思った。


冷蔵庫の中を見てもミルク以外には何もないので、食パンをトーストしながらコーヒーを淹れて、ミルクを半分くらいとぽとぽと混ぜる。


独り暮らしを始める時にお母さんが朝ごはんだけは食べなさいって言ったので、パン一枚とかシリアルだけでも食べる。…ようにしている。


そんな朝食はあっという間に済んでしまって、顔を洗って歯を磨いていると、ふと思い出したことがある。


高校の古文の授業で、平安時代の人は恋人が夢に現れなくなるのは、相手が思ってくれなくなったからだと考えてたと習った。


その時のあたしは、今のあたしたちが夢を自分の潜在的な欲求の現われと思うのと逆で、ロマンティックだったんだって思った。


でも、鏡の中の自分をぼんやり眺めながら、昔の人の考えの方が正しいような気がしてきた。


最近は、眠ってるとき以外は何かと彼のこと、これからのあたしたちの関係のことを考えている。


『お互いリモートで仕事するのが多くなるけど、おれたちの関係はリモートにならないようにしような』って春先に言い交したカップルのどれくらいが続いているんだろうか。


鏡から目を背けて、このデンタル・ペーストはちょっと辛すぎるって、吐き出した。


     *


ちょうどいいくらいに人出の戻った(誰がちょうどいいって判断できるんだろう)表参道で、涙がこぼれてしまうなんて冗談じゃない。


みっともない、あたし泣いてるって意識してしまうと、感情がよけいに乱れてしまう。


冷静な自分がいるものの、それはあたしから離れてただ傍観しているだけ。


何の手助けもしてくれない。


彼は困ったような顔をして表情を引き締めていたけれど、それは笑っているように見られて事態が更に悪化するのを警戒してるんだろう。


悪気はない。


それはわかってる。


「スタバでも行こうか?」


仕事の打ち合わせじゃあるまいしって気はしたけれど、かすかにうなずく。


こういうことって前にもあった?


風が頬を撫でる。


涙がもう秋だって教えてくれる。


スタバの中は半袖じゃあ寒いくらい。


彼が『誤解があるといけないから、改めて説明するけど』と言いにくそうに始めた話は二重否定が多くてよくわからない。


前から薄っすらとは思っていたけど、彼の上司は大変だろうなって実感した。


浮気じゃないって言いたいんだろうけど、それが浮気よ。


悪い予感は当たるもの。


いい予感なんてあったためしがない。


それがいつも要領いいねって言われるあたしの実体。


最近どうもまずいなあって思っていたとおりだった。


     *


歩いてきた後を振り返る。


坂道を登りつめたこの辺りで、家々の灯りを見るのがくせになっていて、暖かいような切ないような気持ちになるのが好きだった。


でも、今日みたいな日は自分一人が除け者になっているって感じてしまう。


灯りがゆれて見える。



  秋風は 吹きむすべども 白露の


  みだれて置かぬ 草の葉ぞなき



             大弐三位・新古今和歌集


この和歌をググると次のような解説にわりとすぐにたどり着くと思います。


  ことばの遊びを優雅に楽しんでいる歌である。秋風は「むすび」白露は「みだれ」対照的であると興じたのである。この世界はまさに平安朝のよき時代であったのだろう。しかし、新古今の時代としては、少し古風だったろうと推測できる。


この歌の鑑賞として、動詞の対照だけでいいのかなと思います。白露とくれば涙の象徴なのは常識で、秋風に翻弄されているわけで、全体を「秋風=言い寄ろうとする男」、「白露=身の置き所のない女」といった感じで読むんじゃないでしょうか。

それと大弐三位をいつの時代の人だと思っているのでしょうか。彼女は紫式部の娘で平安中期の女性<長保元年(999年)頃? -永保2年(1082年)頃?>ですから、1210年前後に完成した新古今和歌集とは大幅に時代が違います。

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